小説
- ナノ -


雪の夜






降りしきる雪の中、一人酒で火照った体を冷ます様に外を歩く。
家路とは違うその道を、私は一人会えない人を想って歩く。
時折ふと薄暗い路地に目を通しては、そこからぬっと出て来やしないかと、そんな神出鬼没な彼を思い出しては立ち止まる。
いるはずのない姿を探しては落胆して、落胆するたびに愚かな自分を自嘲する。
酔っていたはずの頭は既に醒め、空しい想いだけが心を満たしていた。

「…寒いなぁ…」

吹きすさぶ風の冷たさに肩の傷がじくりと痛む。
痛みに慣れている身とはいえ、古傷の痛みはやはり苦手だ。
思い出さなくてもいいものまで思い出してしまうから。

(…我愛羅くん)

口には出せない名を喉の奥に仕舞いこんで、止めていた足を動かす。

もう帰ろう。

誰もいない寂しい部屋ではあるけれど、そこが私の帰る場所なのだからしょうがない。
明日も仕事があるし、明後日も同じだ。
例え豪雪になろうと台風が来ようとも、私は職場への道を辿らねばならない。

ああ、でも。
あの砂漠の地でこんな風に雪が降ったならば、彼は一体どんな顔をするのだろうか。

子供のように目を輝かせるのだろうか。
それともいつもと変わらぬ仏頂面で、雪の冷たさに感じ入るのだろうか。
見た目と言動からは想像できない意外と情緒的な彼だから、積もった雪にすら慈しみを感じるのかもしれない。

その瞳の中に、少しでも私が写っていればいいのに。

「…まだ酔ってるわね…私…」

酒はダメだ。
寂しさを紛らわすために飲む酒はもっとダメだ。

飲んだところで何も変わらない。
変わるのは翌朝の自分のコンディションだけだ。
膨れた顔と開かない瞼、普段より数倍不機嫌な顔と鈍く痛む頭。本当にいいことなど何もない。
だが結局のところ飲まないとやっていけないのだ。私という人間は。

本当に、バカみたい。

けれどもし彼が此処にいたならば、私の一人酒に付き合ってくれただろうか。
私が知る中で一番の酒豪である彼ならば、延々と酒を煽る私に付き合ってくれたかもしれない。
そして酔ったとしたら、あるいは私が酔う前に、何処かに連れ出してはくれないだろうか。
彼と二人でいれるなら、そこがどこであろうと私はきっと幸せなのに。

「…風邪、ひいてないといいなぁ」

彼は忙しい身だから、食事を疎かにしてはいないだろうか。
テマリさんやカンクロウさんがいるから大丈夫だとは思うが、睡眠とか、休憩とか、ちゃんと取っているのだろうか。
昔みたいに寝れない様子ではなかったから、少しは仮眠を取っていればいいのだけど。

「会いたいなぁ…」

彼を探して路地を見つめる癖は治らないし、そこからぬっと出てくるかもしれないという幻想も捨てきれないけれど、全部ひっくるめて彼に恋をしているという証拠なのだから、捨てきれないままでいいかなぁと思う。

(今度会えたら聞いてみよう)

砂漠の地に雪は降るのか。
降った時はどれほどなのか。
もし降らなかったならば、初めて雪を見たのはどこだったのか。
そしてその時何を思ったか。

聞きたいことも、話したいことも後から後から湧いて出て、きりがないなぁと苦笑いする。
でも結局、会った瞬間に全て吹き飛んでしまうのだ。
だって彼に会えた喜び以上に、伝えたい言葉などこの体の何処を探しても存在しないのだから。

(辛いも寂しいも、好きも嫌いも言えない仲なんだもの。伝えられるものなんて少ししかないわ)

でも、肩の傷はばれたくないと思う。
ばれてしまえばきっと彼は傷つくだろうから。
自分のせいじゃないと分かっていても、自分を責めてしまう人だから。

「…我愛羅くん」

ぽつりと誰にも気付かれぬよう囁くように紡いだ名は、誰の耳にも届かぬまま私の中だけで広がり消えて行く。
あなたの名残だけが、今の私を慰める。

「…寂しいなぁ…」

人肌恋しい季節とはよく言ったものだ。
だが誰でもいいわけではない。
この体を埋めるのは彼だけでいい。

言えぬ想いだけが体を満たして、苦しさだけが私の傍に立つ。
罪な人。
少しだけ冷やかして、零れそうになる何かを抑えるためにぐっと顔を上げて空を仰いだ。

曇天だけが満たすその暗闇に、月も星も、街灯の光すらも届きはしなかった。




【雪の夜】了



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