小説
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日中、沢山の人を巻き込んだ追いかけごっこを展開した二人ではあるが今は落ち着いてサクラの実家で夕餉を囲んでいた。

「それにしても凄かったわねぇ、綱手様」

笑うメブキにキザシもまったくだ、と苦笑いし茶を啜る。
あの後ナルトたちに強制的に止められた綱手は、暫く烈火の如く怒っていたが時間が経つごとに落ち着きを取り戻した。
それでも我愛羅の強引なやり口には納得できないようで、そう簡単に嫁にやるかと顔を背けたところで我愛羅は切り札を取り出した。

「でもまさか我愛羅くんにあんな人脈があるとは思わなかったわ」
「といっても伝手の伝手だがな」

メブキ手製の味噌汁に舌鼓をうちながら、我愛羅は昼間のことを思い出す。
それは例の大名の娘から譲り受けたとある賭博場の招待券であった。

「どうやら賭博好きには有名な場所らしくてな。俺は興味なかったが、いざとなった時に仕えるだろうと思って頂戴しておいた」

しかもその招待券には一文無しになっても宿と食事がついてくるVIP用で、手に入れるには相当な金額を出して購入するか、地位ある者との交流がなければ手に入れられないものであった。
勿論それを知らぬ綱手ではなく、その招待券をちらつかせれば思わず目が泳いだ。

「でもよかったの?師匠は本気でお金使いこんじゃうタイプよ?」

だがそれだけだと押しが弱いだろうと思い、我愛羅は自身の金を崩しそれを使えばいいと言ったのだ。
幾らコツコツと貯金を溜めていたとはいえ、そんなことに使う必要はないのではないかとサクラが問えば我愛羅はしたりと笑む。

「バカを言うな。あれが本当に俺の金なわけあるか」
「え?じゃあ誰のよ」

尋ねるサクラに、賭博場と答える。

「は?え?どういうこと?」

意味が分からないと答えるサクラに、我愛羅は教えてやる。

「以前サイが俺と女が密会していたと告げたことがあっただろう」
「あ…ああ、あの話」

そう言えば忘れてたわと答えれば、実はあの日貿易の話の前にその金を受け取っていたのだと言う。

「賭博にも種類があるだろう」
「うん」
「そのうちの一つに賭博場から金を借り、それをやりくりして一攫千金を狙えるものがある」

代わりに儲けた一部に利子をつけて返さねばならんがと答えれば、そんなものがあるのかとサクラは感嘆の声を上げる。

「と言ってもそれは一部の人間しか参加できない特別条件がある賭けでな。生憎火影は参加できんが俺は伝手で参加させてもらった」
「ふーん、それで儲けたお金なのね」

ならば事実我愛羅は一銭も使っていないことになる。
何と言う運の持ち主だと思いつつ何両稼いだのか聞けば、あっさりとした声で二千万両と返され思わず茶を吹きだしそうになる。

「え?!に、二千万…?!」
「驚いたろう。正直俺も驚いた」

その割には平然とした声音で話されサクラは肩を竦める。
我愛羅は儲けた金額に見合った利子を乗せ賭博場に返金し、儲けた金の一部を崩し綱手にこの話を持ちかけたのだ。

「…あなた結構腹黒いわね」

本当に狸だと目を細めれば、ようは頭の使い様だと返され呆れる。

「ああ、因みにその伝手の女とは昔話した大名の娘だ。覚えてるか?」
「…あ、昔話してくれた色の任務の?」

首を傾ければ、我愛羅は頷く。

「彼女が嫁いだ先は貿易会社の社長息子でな。里の交易のことも含め、その伝手で賭博場に出入りしてたんだ」
「だから二人きりで会ってたのね?」

あの騒動が片付いた後、綱手に招待券と引き換えに口出し禁止の約束を交わし五影会議を再開した。
その際残りの三影から隅に置けない男だとか、意外と肉食系だとか色々とからかわれた我愛羅であったが、会議自体は滞りなく進み陸便は木の葉を経由し、海は風の貿易会社の力を借りようということで纏まった。
他にも各里からそれぞれ技術者の支援を得られるよう話をつけ今回の会議は終わった。

「だから浮気などではなかったんだが…壁に耳あり障子に目ありだな」
「うふふ、本当ね」

笑うサクラに頷いた後、我愛羅は綺麗に平らげた皿を前にごちそうさまでしたと手を合わす。
それに対しメブキがお粗末さまでしたと返し、席を立っていたキザシが風呂沸いたぞ〜と言いつつ戻ってくる。

「どうだ我愛羅くん、男同士裸の付き合いでも!」
「はい。喜んで」
「でもまだ駄目よ。食べてから一時間はお風呂に入るの禁止です」

口を挟むサクラにキザシはじゃあ暫く待たなきゃいけないなぁ、とぼやきながら歩き回るキーコを呼び寄せる。

「キーコちゃんおいで!」

だがキーコはつーん、とそっぽを向くとどこかへと駆けて行く。

「おぉ…嫌われちゃったのかなぁ…」

突っ伏すキザシにサクラがはいはいと受け流し、メブキが構いすぎなのよと呆れる。
会話の絶えない空間に目を細めつつ、我愛羅は里に戻った時のことを考える。
まずはあの囚人の姉妹と、夏の事件の男と話しあわなければならない。

今の自分に何ができるかは分からなかったが、少しでもあの者たちの心を救えればいいと思う。

(まぁもし何かあっても、サクラが隣にいてくれれば心強いしな)

いつだって己が間違った方向に進もうとすれば道を正してくれる。
弱音を吐けばそれを受け入れ、自分ならできると励まし背を押してくれる。
そうしていつだって、その朗らかな笑顔に安らぎを覚え、頑張ろうと思えるのだ。

(…いい女だな、サクラは)

食器を片づけ、メブキと共にキッチンに立つサクラの背を見やる。
その横顔は穏やかで楽しげだ。
我愛羅の家で食事を作っている時もそうであったが、やはり愛する女が台所に立つというのはいいなと思っていると、炬燵の中に突っ込んだ足を突かれ意識を戻す。

「我愛羅くん、サクラのこと見すぎだよ」

からかってくるキザシに暫し目を瞬かせた後、カッと頬に朱を走らせ我愛羅はすみません、と謝る。
つい二人きりの空間になれていたから無意識だったと反省していると、キザシはからからと笑う。

「我愛羅くん仕事の時はポーカーフェイスなのに案外顔色変わりやすいんだねぇ」
「そ、うでしょうか…」

サクラには案外分かりやすいと言われたが、基本人からそんなことを言われることはない。
彼女の親族だからバレるのだろうかと赤い顔を伏せていると、我愛羅くん?と呼ばれ顔を上げる。

「え?やだちょっと顔真っ赤じゃない!また熱でたの?」
「いや、違う」

そうじゃない、と言おうとしたが額に手を当てられ思わず口を閉じる。

「うーん?別にそう高いとは思えないけど…」

唸るサクラから視線を逸らし、キザシを見つめれば肩を震わせ笑っている。
からかわれている。
慣れぬ状況に固まっていると、メブキがお父さん、とキザシの背を叩く。

「あんまり我愛羅くんからかっちゃダメよ」
「いや、すまんすまん。ついなぁ」

うへへへと笑う顔は茶目っ気があり、サクラはもう、と不満げに顔を顰める。

「我愛羅くんこういうのに慣れてないんだから、あんまり悪戯しないでよ」
「だからこそだろう?家族のコミュニケーションだよコミュニケーション」

うははは、と笑うキザシの口から零された家族という言葉に我愛羅はじわじわと体があたたまっていく。
どうすればいいか分からず、咄嗟に我愛羅は先程キザシにされたように炬燵の中で大きな足をちょんと突く。
それに気づいたキザシにん?と顔を向けられ、我愛羅は赤い顔のままコミュニケーションです、と答えれば目一杯笑われる。

「そうかそうか!やっぱりコミュニケーションは大事だなぁ!」

えい、とまた足を蹴られ、我愛羅は思わず笑う。
三十手前で何をやっているのかと思わないでもなかったが、こんなことで義父とコミュニケーションが取れるならそれでいいかと思った。

「まったくもう。子供じゃないんだから」

炬燵の中で遊ぶ男二人にサクラは呆れたが、嬉しそうな我愛羅の横顔を見ると穏やかに頬を緩める。
しっかり者なんだか、子供なんだか。
呆れつつも二人の間にサクラも足を割り込ませ、おじゃっまー!と二人の足を蹴る。

「あーあったかい!」

笑うサクラにキザシが乱暴だなぁと苦笑いし、我愛羅はサクラの足に自分の足を寄せる。
あたたかな足にサクラは頬を緩め、えいえいと冷えた足を我愛羅に押し付けたのだった。


その後我愛羅はキザシと裸の付き合いを終えた後、湯浴みを終えたサクラと共にベッドに腰掛けていた。

「そういえば初めて我愛羅くんと二人きりになった時もこんな感じだったわよねぇ」

鈴が二人を呼び寄せたあの夜、思い返せばもう十年近く前になるのかと思うと妙な気分であった。
それに対し我愛羅もそうだったなと目を細め、膝に乗せた愛猫の背を撫でる。

「…不思議ね」

ベッドに身を投げ出し、天井を見上げながら呟く。
体を結ぶ前から互いを知っていたはずなのに、あの日からようやく二人の縁が本当の意味で繋がった気がした。
ここまで来るのに本当に沢山の不安や切なさを覚えたけれど、今ではこんなにも幸福な思いに満たされている。
本当に不思議。
呟くサクラの横に我愛羅も倒れ、互いに顔を見合わせる。
見つめる翡翠の海はキラキラと輝いており、サクラは穏やかに目を細める。

「ねぇ」
「何だ?」
「さっきの話なんだけど、」

大名の娘の話かと頷けば、実は気になってたんだけどとサクラは楽しげに言葉を紡ぐ。

「もしかして、パレオの着付け方その人に習ったの?」
「っ!」

ビクリ、と跳ねた肩と揺れる視線にサクラはやっぱり、と笑む。
それに対し我愛羅が浮気じゃないぞ、と慌てて弁解するのでバカね、と答える。

「別に疑ってないわよ。心配性ねぇ」
「…すまん」

てっきり怒られると思ったのだろう。
視線を落とす我愛羅にくすくすと笑う。

「まぁちょっと嫉妬しちゃうけど、あなたが私のこと大好きだって知ってるし」
「……おぉ…」

照れて顔を背ける我愛羅に笑みを零しながら、そこでふと気づく。

「あれ?じゃあもしかして砂隠での会議でも私のことが特に問題にならなかったのって…」

我愛羅は上手く情報をやりくりしたと言っていたが、もしや彼女の助力あっての事かと問えば我愛羅は素直に頷く。

「彼女の口添えと、旦那さんが設けてくれた会食の席で各方面のお偉い方と顔を合わせてな」

その際に付き合いを深め上役を抑え込むのに一役買ってもらったのだと答える。
まさか我愛羅が陰でそんなことをしていたとは露知らず、一体いつからそんなことをしていたのかと問えば大分昔からだと言う。

「元々は各国との同盟後、うちの里の強みになってほしいと言うことで色々話していたんだがな」
「うん?」

元々は、ということは今は違うのかと先を促せば、今じゃ普通の飲み友達みたいになっている、と頭を抱え思わず吹き出した。

「奥様方に対する愚痴を聞いたり会社の部下の愚痴を聞いたり、時には奥様方の方から茶に誘われたり文を交わしたりとまぁ色々だな」

忍の隠れ里とは違う、国の要の人物や、各方面のお偉い方と顔見知りならば上役も強くは言えない。
国を使って重圧をかけサクラのことを承諾させたのだと思うと、この男の隠された恐ろしさが垣間見え思わず背が震える。

(…私本当にこの人の隣に立てるのかしら…)

存外やり手な男に苦い思いを味わっていたが、我愛羅はだが、と続ける。

「里だけではなくお前にも繋がったのだから、本当に人との繋がりはバカにならんものだ」

いい勉強になったと穏やかに紡ぐ我愛羅にそうね、と微笑み、湯冷めしないうちにと毛布を手繰り寄せ二人で包まる。

「他にも私に黙っていろいろしてたんでしょ」
「…さあな」

誤魔化す我愛羅の視線が左に泳ぐ。
嘘だな、と思いつつもサクラは深く問い詰めることはせずただ目を細めた。

「これからは私も一緒に頑張るからね」
「…ああ。共に生きてくれ」

お前がいれば心強い。
笑う我愛羅にサクラも頬を緩め、体を寄せ足を絡め、手を握り合い目を閉じる。
すると足元から体を潜り込ませてきたキーコが二人の間に割り込み体を丸める。
それに対し二人で顔を合わせ、仲間外れにして悪かったな、と我愛羅が笑う。
撫でる我愛羅の指先に目を細め、キィと鳴く声にサクラも微笑む。

「あったかいねぇ」
「そうだな」

ぬくぬくとした猫の体温に頬を緩め、穏やかに目を閉じる。

「我愛羅くん」
「何だ?」

返される返事に頬を緩め、電気消して、と言えばお前な、と笑われる。

「おねがーい」
「可愛くない」
「何をぉー」

笑いつつも電気を落とした後、触れるだけの口付を頭に落とされる。

「おやすみ」
「うん、おやすみなさい」

沢山のことがあった一日を振り返りながら、閉じた瞼の裏にこれからのことを思い描く。

「んふふ」

どう考えても幸せな姿しか想像できず、思わず笑えば何だと聞かれんーん、と首を横に振る。

「幸せだなぁって、思ってたのよ」

こんな未来が自分にあるとは思わなかった。
サスケ以外の男の手を取り、ナルトの手を離し、綱手の元から離れ里を出る日が来るとは思っていなかった。
けれど不思議な程に不安はない。

「我愛羅くん」
「何だ?」
「大好き」

えへへ、と笑えば強く手を握りしめられる。
そのまま顔を寄せ口付られ、サクラは笑みを深めた。

きっと今この時分、自分より幸せな者など世界に一人もいないだろうと、サクラは微笑んだ。




第九部【家族】了




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