小説
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あの後暫く綱手の怒号を背に里内を逃げ回った我愛羅であったが、このままだとまともに話が出来んなと、結局火影邸の屋根に落ち着いた。

「我愛羅…お前サクラに手を出しおったな…」
「悪いが火影、この仕事を頼む前からサクラは俺のだ。諦めろ」

佇む二人の緊迫した空気に、サクラは身を縮こまらせ我愛羅の袖を掴む。

「が、我愛羅くん、まずはその、ちゃんと話し合うことが大切だと思うの」

睨む綱手の顔は般若のようで、幼い頃の修行の日々を思い出し冷や汗が流れる。
そんなサクラに、我愛羅もそうしたいのはやまやまなんだがな、と肩を竦める。

「お前あの火影を止められる自信があるのか?」

バキバキと拳を鳴らす綱手の恐ろしさはサクラが一番よく知っているはずだと問えば、サクラは青い顔を更に青くする。
しかし置いてきた三影は大丈夫だろうか、ナルトが面倒を見てくれているといいのだが。
そんなことをぼんやり思っていると、我愛羅!と叫ぶように名を呼ばれ意識を戻す。

「貴様いつからサクラに手を出していた」
「いつから…いつからだろうな…」

初めのアレはカウントに入れるべきか?
首を傾けサクラに問えば、サクラが間髪入れずに今年で四年目です!と答える。
ということは夏の終わりから数えたらしい。
まぁ妥当か。

「よ、四年…四年も前からお前ら付き合ってたのか…?」
「ああ、そうなるな」

四年もたったのに相も変わらず自分はサクラに惚れている。
というよりも日々を重ねるごとに好きになっている気がする。
困ったものだと腕を組めば、何故言わなかった!と綱手がサクラに吠える。

「そんなに私が怖いか?!信用がならんのか?!」

ええ?!
睨んでくる綱手は般若も裸足で逃げ出すほどの形相だ。
これじゃあ独り身なのも納得だと失礼なことを考えつつ、我愛羅は綱手を呼ぶ。

「言っておくがご両親にはもう挨拶済みだ」
「何?!お前いつの間に…」

何時の間に、と聞かれたら正直昨日なんだがそれを正直に言うのは何となく不味い気がしたので黙っていた。
綱手はぶつぶつと何事か呟いた後、再びサクラに向き直り今度はいつも通りの声音でサクラを呼ぶ。

「お前この仕事を引き受けた時、邪な気持ちがあって引き受けたわけじゃないだろうな」
「違います!砂隠の人たちの力になることもそうですが、これが木の葉と砂隠を繋ぐ一つの懸け橋になればいいと思う心に嘘はありません!」

我愛羅の袖を離し、凛とした姿で言い切るサクラに綱手は腕を組む。

「…お前ら」
「はい」

綱手は睨むように二人を見やった後、一応聞くがと続けてから何故か口を閉ざす。
一体何なのかと黙る綱手を見やれば、子はできてないだろうな?と問われ目を開く。

「で、出来てません!一人も出来てません!!」

顔を赤くし否定するサクラを横目に、我愛羅は子供か…欲しいなぁ…と思考を飛ばす。
女の子でも男の子でもいいが、自分に似ると多分性格に問題が出るのでサクラに似ればいい。
でも女の子だったら嫁に出したくないなと既にキザシの言っていた言葉の意味を深く噛みしめていると、今度は我愛羅が名を呼ばれる。
何かと思い視線と思考を戻せば、本気なんだろうなと問われ勿論だと頷く。

「俺が遊びでこんな面倒な女に手を出すか」
「ちょっと!面倒ってどういう意味よ?!」

凄い剣幕で詰め寄られるが、おかしなことを言っただろうかと首を傾ける。

「面倒に決まっているだろうが。お前の周りにいる奴らを考えてみろ」
「え?周り?」

キョトンとするサクラに、まずナルトだろう、と指を折る。

「それからサスケにサイにロック・リー、それからご両親とそこにいる火影、後は山中にテンテンにシズネ殿にあとカカシもだろう…数えてたらキリがないぞ」

説得するのにどれだけ苦労すると思っていると言えば、サスケに殴られた箇所がじくりと疼く。
あれは地味に効いたなと思いつつ、どうだと見返せばサクラはそう言う意味かと頭を抱える。
それ以外に何か意味があったのだろうかと思うが、女心が分からん俺では多分理解できないのだろう。
案の定サクラはもういいわ…と呟き俯く。
そうして綱手もお前…と呆れた視線を向けてくる。

「サクラ、お前本当にこんな男がいいのか?」

失礼な物言いだとは思ったが、今は口を噤んでおく。
問われたサクラは俯けていた顔を上げると、まっすぐとした瞳で綱手を見返し、はいと頷く。

「この人がいいんです。本当、時々どうしようもない人ですけど」

からかうサクラに肩を竦め、対する綱手に視線を戻せば腕を組む。

「我愛羅」
「何だ」

もう殴らんからこっちに来いと手招きされ、サクラに見送られつつ向かい合う。

「この間のことは忘れてないだろうな」
「ああ。あの件については自身の戒めにもなった」

夏の事を問われ頷けば、綱手は手を伸ばし我愛羅の額をパチンと弾く。
チャクラの込められていないデコピンは吹っ飛ぶ威力はないもの、それなりに痛い。

「っ、」

思わず額を押さえた我愛羅に綱手は口の端を上げると、ふんとふんぞり返る。

「本当は盛大に反対してやりたいところではあるが、サクラもいい歳だ。自分のことは自分で決めればいい」

その割には随分な剣幕で追いかけまわされた二人ではあるが、それには目を瞑り顔を上げる。

「不安がないと言えば嘘になる。だがナルトの反応からしてお前はもう話をつけているんだろう?」
「ああ」

ナルトもサスケも、サクラの両親や友人数名にも、意図せずバレたところもあるがちゃんと話をつけたと答えれば、ならばいいと頷かれる。

「サクラの周りに居る奴らは手強いからな。そいつらがお前を認めたなら私はもう何も言わん」
「そうか」

だが、と綱手は腰に手を当てると、強い瞳で我愛羅を射抜いてくる。
その視線をまっすぐと受け止めれば、死ぬのは許さん、と告げられる。

「何があっても生きろ。腕を落とされようが足が無くなろうが、首が繋がっている間はサクラと共に生きろ」
「ああ、無論そのつもりだ」

恋人を亡くした綱手だからこそそう思うのであろう。
サクラはぐっと拳を握ると、師匠と声をかける。

「例え我愛羅くんが怪我をしても、どんな病気にかかっても、私が治してみせます」

綱手から引き継いだ術で、学んだ知識で、そしてこれから切り開いていく未来の中で、何があっても隣に並ぶと決めた。
その愛弟子の凛とした強い瞳を受け止めながら、綱手は盛大に吐息を吐きだしまったく、と首を振る。

「知らんところで男を作りおって」

しかも相手が我愛羅とは…気付かんかったぞ。
嘆く綱手に我愛羅は口の端を上げ、忍だからなと答えれば生意気言うなと睨まれる。

「しかも何だ、最終的にはお前投げ出しただろう」
「投げ出したんじゃない。いい機会だと思ったんだ。他里に文を出す必要もなくなるしな」

ずぼらな奴だな。
諌める綱手から視線を逸らし、サクラを見やれば苦笑いされる。

「で?」
「ん?」

再び綱手に視線を戻し促せば何だと返される。

「嫁に貰うと言っただろう」
「ああ。聞いたな」

頷く綱手にものは相談なんだが、と呟く。

「このまま連れ帰ってもいいか?」
「…は?!」

格好を崩し素っ頓狂な声をあげる綱手に、近づいてきたサクラがどうかしたのかと視線を向ける。

「正直面倒だろう。夏場で仕事を終え、一度木の葉に帰ってからまた砂隠に来るなど二度手間だ」
「おま…馬鹿者!女が嫁ぎに行くのにどれだけの用意が必要だと…!」

拳を握る綱手に、今なら人手は足りてるぞ、と自身の護衛についてきた数名を思い出しつつ答えれば、そう言う意味ではないわバカたれ、と怒られる。

「とにかく、サクラがお前を選んだのなら反対はせんと言っただけだ!嫁ぐなどまだ早い!」
「何を言う。障害がないなら俺はもうさっさと嫁に欲しい。異論は認めんと言っただろうが」
「勝手を言うなこの若造め!」

火影邸の屋根の上でぎゃあぎゃあと言葉を交わす二人の影に、迎えに来たナルトはおーい、と声をかける。

「ばあちゃーん?話終わったー?」
「おいナルトォ!!お前本当にサクラがこんなやつに取られてもいいのか?!」

こんな奴、と言われた我愛羅の方へと視線を向け、ナルトは笑う。

「しょーがねえじゃん!サクラちゃんが決めたんなら、俺反対できねーもーん!!」
「根性みせんかバカたれー!!」

吠える綱手にナルトは笑い、我愛羅も肩を竦めサクラを見やる。

「お前は?」
「え?」

突然話を振られ慌てて首を巡らすサクラに、どうすると問う。

「俺はいつでもお前を嫁に迎える準備はできてるが」
「…うーん…そうねぇ…」

自分たちの隣では綱手がナルトと口論を交わしており、徐々に周囲が何事かと集まり始めてきている。
そして綱手の隣に立つ我愛羅とサクラを見上げては、何あれ、と首を傾ける。

「プロポーズ、してくれる?」

今ここで。
笑うサクラに我愛羅は暫し瞬くと、しょうがないかと肩を竦める。

「女はもっとロマンチックなのが好きなんじゃなかったのか?」
「いいのよ別に。あなたにそんなの求めてないから」

だって女心なんて分かんないでしょ?
からかうサクラにそれもそうかと頷いて、それじゃあといつかのように片膝を突き手を取る。

「サクラ、お前を愛してる。結婚してくれ」

そう言って取った甲に口付れば、下から色んな叫び声が聞こえ始める。
綱手が目を丸くし振り返れば、サクラは満面の笑みを浮かべ頷いた。

「はい、喜んで!」

その返事に頬を緩め、立ち上がった我愛羅にサクラは抱き着く。

「お、おま、お前ら…!!」

ぱくぱくと口を開けては閉じてを繰り返す綱手に、我愛羅は口の端を上げる。

「悪いがサクラは貰っていく。言っただろう。異論は認めん、とな」
「ば、おま、ちょっ、待たんかバカたれ!!」

伸ばされた腕から逃げるように身を翻し、サクラを横抱きにし地に降り立つ。
笑うナルトに背を叩かれ、そのまま視線を交わしてから綱手から逃げるように地を駆ける。

「こ、この…待たんか我愛羅ー!!」

叫ぶ綱手の怒号を背に走る我愛羅の腕の中、サクラは楽しげに笑い声を上げる。
道行く人は何事かと目を見開くが、楽しげな二人に顔を見合わせ問題はなさそうだと踵を返す。
そんな中、店先から顔を出したいのがサクラ!と呼びかける。

「ってちょ…あんた達一体なにやってんの?!」

何堂々といちゃついてんのよ!?
目を見開き驚くいのに、サクラは満面の笑みを浮かべるといの!と叫ぶ。

「私結婚するわ!!」
「はあ?!」

驚くいのの耳に、綱手の怒号が聞こえてくる。
ちょっとやばいんじゃないの、と二人を見ればじゃあな、と楽しげな翡翠の瞳に見つめられ吐息を零す。
どうやら奪っていく気らしい。
とんでもない男だわと頬杖をつきながらその背を見送っていると、鬼のような形相で綱手がその後を追う。

「あーあ。結局ああなっちゃったか」

笑いながら綱手の後を追っていたテンテンの零した言葉に、いのもそうねと苦笑いする。

「つかよー、俺ら初耳なんだけど。お前ら知ってたのか?」
「サクラと我愛羅って以外だよね」

面倒くさそうな体でテンテンに追いついたシカマルが頭を掻きながら顔を顰め、ついてきたチョウジがいのを見上げる。
それに対し男は知らなくて当然よ、と返したところでナルトとリーが追いついてくる。

「ばあちゃんは?」
「あっちに行ったわよ」

いのが指差せば、すげーはえーんだもんなぁ、とぼやき、見えない姿を探す。
ナルトの隣に並んだリーは、そういえばナルトくんは知ってたんですか?と問いかければナルトは頷く。

「サクラちゃんが単身赴任に行く前に我愛羅から聞いた」
「へぇ〜。じゃあ割とそこらへんきっちり片付けてからサクラのこと迎えに来たんだ、我愛羅」

案外ちゃんとしてんのねぇ、とテンテンがからかう様に呟いたところで、遥か前方でドゴン、と地面を揺らす音がする。

「おー、あっちかー」
「よし!じゃあ追いかけてくっか!そろそろ止めねえとマジでばあちゃん里壊しちまうからよ!」

じゃあないのー!
駆けるナルトに続き、リーとシカマルたちも走り出す。
これは大変なことになりそうだといのが苦笑いし、テンテンもじゃあねと手を振り男たちの後を追う。

「…ま、いっか」

サクラが幸せなら。
響く怒号を聞きながら、いのは今年は忘れられない正月になりそうだわ、と微笑んだ。




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