小説
- ナノ -






その後暫く話をしてから三人はサクラの家を後にした。
昨日降っていた雪は影もなく、冷えた風に頬を晒しながら宿への道を辿る。

「結局自分でどうにかしちまったな、我愛羅」
「そうだな」

木の葉に訪れる前、テマリとカンクロウにあれこれとレクチャーしてもらった我愛羅であったが残念ながら全て吹っ飛んだ。
何せ起きたら隣にサクラがいて、それを両親に見られていたのだから無理もない。
いくらか寿命が縮まったかもしれないと思いつつ宿の門を潜り、遅くなったが護衛の者と挨拶を済ませてから明日の会議について話し合う。
火影から送られてきた書類を眺めつつ、今回の議題である各国との交易についての自里の要望と方向性の確認を済ませると資料を仕舞う。

「ついでに火影に言ってくればどうだ?サクラを嫁にくれ、って」

からかうテマリにカンクロウはそれは難しいだろ、と苦笑いする。

「あの人なんだかんだ言ってサクラのこと溺愛してんじゃん?それこそ一発殴らせろ!って拳握られるぜ」

その姿が安易に想像できるあたり火影も分かりやすい人物だと思うが、兎にも角にもそれはまだ早いだろうと答える。
木の葉の数名にはバレてしまったが、現状彼女の仕事が終わるまでは火影に直談判するつもりはなかった。

「まぁどの道殴られることは覚悟しているが…多分無理だろうな」

確実に防御が動く。
肩を竦める我愛羅に二人もだろうなと笑い、とにかく明日の会議で自里の今後が決まるのだから早めに休もうと頷き合う。
木の葉との交流のおかげで大分砂隠も活気を取り戻してはきたが、それでも国からの支援は薄い。
だがようやく掴んだ人脈があるので、それを大いに活用したかった。

「…上手くいけばいいのだが」

落ちた日の代わりに昇った月を見上げつつ、呟く声は吐息と共に消えて行った。


そして迎えた翌日。
地下会議室に集まった五影はそれぞれ各大名、上役からの要請要望を纏めた自論を展開しあう。

「さて…それぞれの要望が出揃ったわけだが…」
「正直上のバカ共には開いた口が塞がらんな。忍を何だと思っている」

文句を零す雷影にまったくだとそれぞれが吐息を零し、一応どうにかできそうなものから話を進めていく。

「風の国は毛織物が主だ。あまり忍里には向かないが、上に献上する物としてなら申し分ないだろう」
「成程な。雷の国は水産物が主だが…風や土まで運ぶには鮮度が持たんだろう」
「水の国は主に工芸品を主体にしているわ。各里と違った文化がうちの取り柄だから」
「土も同じじゃぜ。岩ばかりの場所だから穀物なんぞは取りにくいからな」
「ふむ…うちは広大な敷地面から取れる穀物と家畜が主で工芸品や伝統品には弱い。うちの利点はそれぞれの里からそう遠くないと言うところだな」

平和を求め手を取り合った五影同士ではあるが、見栄と立場の優劣を決めたがる上の意見に呆れても命令に逆らうことはできない。
かと言って適当に済ませるわけにも行かず、強引に奪い合うことも互いにしないと誓約してある。
どうしたものかと頭を抱える中、我愛羅が口を開く。

「…一応、貿易会社につてはある」
「何?本当か」

その言葉に綱手が反応すれば、我愛羅は頷く。

「以前から顔見知りがいてな。ここ数年どうにか取り合ってもらえないかと話を進めていた」
「…相談もなしに、か?」

雷影から鋭い視線を投げかけられるが、我愛羅は勘違いするなと返す。

「遅かれ早かれこの話が出ることは分かっていただろう。上の奴らの頭には何も詰まっていない。面倒を被るのはこちらばかりだ」
「それには同感じゃぜ」

頷く土影に水影もそうね、と同意すれば、だから早めに手を打っていたと答える。

「風の国は砂漠の地だ。火の国のように穀物も家畜も少なければ雷の国のように水産物も多く獲れるわけでもない」
「だからこそ貿易に力を入れていたと、そういうことか」

腕を組む雷影に頷けば、成程なと綱手が頷く。

「確かに風は領地が広い。そこに住まう人々を潤すにはそれしか手がないだろう」
「ああ。風の利点は海に対しその名の通り風がよく吹くことにある。砂地では嵐を呼ぶが、海は比較的穏やかで海難事故も少ない」

気候としては暑さが難点だが、船の設備はまともだから何とかなるだろうと続ければ雷影はふむと頷く。

「ならばうちの海産物を凍結し運ばせることもできるだろう。そうすれば鮮度は落ちまい」
「うちは貿易が弱いから…できれば知恵を貸してもらえると助かるんだけど、難しいかしら?」

広がる話に相槌を返しつつ、どうにか話を纏めていたところで会議室の扉が叩かれる。
こんな時に一体何だと綱手が促せば、入室したシズネが大変です、と駆けつけ綱手に耳打ちする。

「何?!あいつらは一体何をやってるんだ!」

声を荒げる綱手にどうかしたのかと視線を向ければ、悪いが少し席を外すと告げ会議室を出ていく。

「何やら怪しい雰囲気が漂ってくるな」
「全くじゃぜ」

からかうような二影の声を聞きながら残ったシズネへと視線を移せば、暫くの間ご休憩なさっていてください、と苦笑いし綱手の後を追う。
どうしたものかと我愛羅が椅子に背を預けていると、水影からところで、と話しかけられる。

「貿易会社とのつてがあるって言ってたけど、どこでそんな人脈を築いたの?」

国の要となる貿易会社となれば大きな会社だ。
そんなところに幾ら里長とはいえ忍の者が伝手を得られるとは思えないと言われ、我愛羅は色々あってな、と答える。

「昔任務で面倒を見ていた人が貿易会社の社長息子の元に嫁いだんだ。ダメもとで訪ねてみたが存外受け入れてもらってな。この話を会社に取り持ち快諾してくれた」
「ほう、成程な。お前は昔から金の卵を掴んでいたわけか」

やるな風影。
豪快に笑う雷影に、我愛羅も穏やかに目を伏せる。
十の半ばで嫁いだあの大名の娘は、見事に己の背負った責務を全うしていた。

(本当に、人の繋がりとは有り難い)

だが彼女と話しているところをサイに見られていたとは思ってもおらず、我愛羅は少々迂闊だったと額を抑えた。
この件が無事纏まればサクラに話すつもりではあったが、まさかあの場で露見されるとは思ってもみなかったのだ。
隠密行動が得意なサイに気づかなかった己は忍失格だと思ったが、自分たちをつけてきたことには気づけたのでまだマシかと思い出す。
正直あれ以上関係を引っ掻き回されるのは御免蒙るので殺気にも似た睨みを利かせたが、存外効いたので助かった。

そんなことを思い出しつつ会議とは別に自里についての論議を交わしていると、外から慌ただしい声が聞こえ始めてくる。
一体どうしたのかと顔を顰めつつテマリに目配せすれば、ちょっと見てくるよと各里の護衛を一名ずつ引き連れ会議室を出ていく。

「全く。何処へ行っても騒がしいな」

呆れる雷影に水影は苦笑いし、でも貴方のところも同じでしょう?とからかえばまあなと肩を竦める。
やはりどこの里でもそれぞれ問題は山積みらしい。
そんなことを思っていると、慌ただしく戻ってきたそれぞれの護衛たちが影たちに耳打ちし始める。
一体何事かと我愛羅もテマリに視線を移せば、どうやら抜け忍の集団が木の葉を襲ってきたらしい。
しかも各里の長が集まる今日をわざわざ狙ってきたということだから、自分たちを狙いに来た可能性もあるということだ。

「成程…では迎え撃ってやるのも一興だな」
「そろそろ隠居したいもんじゃぜ」
「うふふ、する気もないくせに言うもんじゃありませんよ」

それぞれ体を解しながら席を立ち、出迎えに行こうとするのだから全員歳は食っても相変わらず好戦的なままなようだと吐息を零す。
各いう己も変わらぬが。

「しかしタダで手を貸すのも癪だな」
「綱手姫の酒蔵から銘酒を頂戴すればいい話じゃぜ」
「お酒ねぇ…やっぱり弱いお酒より熱いお酒がいいわよねぇ」

地下会議室から地上に出れば、中々に騒がしい光景が目に入り大変だな、と呟く。

「あー…ありゃうちの若造じゃぜ」
「うちのもいるな。困った奴だ」
「まぁ大変ね。探せばうちの子もいるかもしれないけど」
「…ということは各里の抜け忍が手を組み木の葉に攻めてきたということか」

面倒だな。
思いつつも瓢箪から砂を出し、襲ってきたクナイを弾き返す。

「とにかく一旦木の葉に手を貸そう。これ以上自里の失態は見られたくないだろうからな」

自分のことも含めそう告げれば、それもそうだと頷きそれぞれの影が動き出す。
そして控えていたテマリとカンクロウも呆れた吐息を零す。

「全く、こんな騒がしい正月なんて滅多にないぞ」
「全くじゃん。我愛羅、俺たちはお前の後方支援と木の葉の援護につく。問題ねえな?」
「ああ、頼む」

騒がしく里内を駆ける木の葉の忍に交ざり、己も向けられてくる忍具を弾き返しながら交戦する。

「あ!我愛羅!」
「ナルト」

見慣れた姿に声を掛けられ、隣に並べばあけおめーと笑われ呆れる。

「もう少し危機感をもたんか…」
「いやーだってよぉ、俺とお前の他に各里の影がいるんだから、そんな焦ることもねえかなーって」

それにほら、と指差された先では雷影が既に一人忍を伸しており、本当に早い人だなと目を細める。
別の場所では作り出されたゴーレムが攻撃を防ぎ、水影が溶遁の術で敵の防具を悉く溶かしていく。

「…うむ。出番はなさそうだな」
「だろぉー?」

ま、でもやっぱ活躍するけどな!
笑いつつも印を結び、分身を作るとじゃあな、と手を上げ四方に駆けて行く。
大人になったのか子供のままなのか。
分からぬその背を見送った後手近な屋根に上り、己を追ってきた一人と向き合う。

「やけに人を追い回すのが好きなようだが、俺に何か用か」

腕を組み、駆けてきた相手を見やれば小柄な女が睨んでくる。

「あたしはアンタに恨みがあるんだよ」
「ほう」

構える女の顔にどこかで見覚えがあるなと考えていれば、女は扇子を取り出すとカマイタチの術を繰り出してくる。

「あたしの姉さんはお前に惚れてからおかしくなった!全部お前が悪いんだ!」
「姉さん?」

砂で防御しつつ、鉄扇を主軸に体術で攻めてくる女の手足を躱す。
ああ、そういえばサクラが俺に惚れてるのかとかなんとか聞いてた女囚人がいたな。
思えばよく顔が似ている。

「成程、お前はアイツの妹か」
「…あたしの唯一の家族だ、お前が奪ったんだ!」

何と言う八つ当たりだ。
我愛羅は顔を顰めつつ、そんなもの知らんと返す。

「惚れられたことも知らんし、そもそも接点がない。八つ当たりも程々にしろ」
「お前が覚えてないだけだ!!」

カマイタチの術もテマリに比べれば威力がない。
苦労せず捕えられる相手ではあるが、ここ最近事務処理でなまった体を動かすにはちょうどいい相手だろう。
暫く遊んでやるかと我愛羅は砂を指先で操る。

「もうずっとずっと前だ!お前がまだクソガキだった頃のな!」

クソガキにクソガキと言われるのはどうも腑に落ちなかったが、面倒だったのでそれで?と促す。

「着物着た女を護衛してたみたいだがな、その時滞在した貧しい村の事を覚えているか?」
「貧しい村…」

先代の女将を護衛した頃の話だろう。
古い記憶を手繰り寄せていると、確かに途中町と言うよりは村と呼ぶに相応しい場所に泊まった覚えがある。
だが何故そんなことを知っているのかと視線を戻したところで、女は私たちはそこにいたんだと答える。

「月のない夜半のことだ。山賊がうちの村を襲ったことも覚えてるだろう」
「ああ…そういえばそんなことがあったか」

みすぼらしい宿に女将を泊まらせるのはどうかと思ったが、本人は気にしないと言うことだったのでそのまま泊まった。
そしてその夜、自分たちの後をつけていた山賊が村に下り襲ってきた。

「その時殺されそうになっていた私たちを助けたのがお前だ」

その言葉に瞬きを繰り返し、はてそんなことがあっただろうかと必死に記憶を呼び起こす。
確か自分は襲ってきた賊を砂で沈めた後、悲鳴が聞こえる家々に入り込んでは適当に賊を蹴散らし、テマリとカンクロウは怪我人の介抱に走っていたはずだ。

「…結構な人数を助けたからハッキリとは覚えていないが、お前がその一人なのだと言うならそうなのだろうな」

正直全く思い出せなかった我愛羅が肩を竦めれば、その時に姉はお前に惚れたのだと言う。

「けど私たちには金がない。金を稼ぐためには裏稼業に手を出すしかなかった」
「よくある話だな」

年端もいかぬ子供が生きるためには汚い職業に手を染めるしかない。
あの囚人もそうだったのだろう。
特別不憫には思わなかったが、ロクな人生じゃなかったのだろうなとは思う。

「姉さんはお前に捕まった時本当は逃げることもできた。けどそれをしなかったのは、お前になら殺されてもいいと思ったからだ」

“あなた風遁のカマイタチの術が得意だったはずなのに、そんな形跡ないじゃない”
サクラが女をからかった言葉を脳裏に、瓢箪の砂から逃げ切るほどの俊足を思い出せば確かに難しい話ではない。
だが殺されてもいいというのは意外だった。

「…お前の姉は死にたかったのか?」

首を傾ける我愛羅にそうじゃない!と女は叫ぶ。

「お前には一生わかんねえよ!女心がわかんねえお前にはな!」

かなり昔にそれで怒られたことが蘇り、思わず渋面を作る。
最近では思い出すことも無くなってきていたのに、これでは今夜あたり夢に出てきそうではないか。

「お前のためになら死んでもいい、お前に殺されるなら本望だって思う女の気持ちが分かるかよ!」
「分からんな。俺は己のために死ぬなどと間違った覚悟をする女に惚れるつもりはない」

自分が惚れた女は己の隣を歩くと宣言した女だ。
胸を張り、堂々と風影の隣を歩けるよう励むと誓った女だ。
己のために命を投げ出すなどと、そんな短慮な決断をする女ではない。

「お前の姉の思いが俺に届かなかったのは、その覚悟の違いだ!」
「ぐっ…!」

遊ぶことを止め、細い足を掴み屋根に叩きつける。

「俺の愛した女は命を軽んじない。何があっても俺の隣に並ぶ。だからこそ俺は彼女に惚れたんだ」

お前の姉が敵うはずもないと視線を落とせば、濡れた瞳が睨みあげてくる。

「死んじまえ!お前もお前の惚れた女も、皆…みんな…!」
「死ぬなら一人で勝手にしろ。俺も彼女もお前に付き合う所以はない」

掴んだ女を掲げあげ、拘束した後手刀を落とし気絶させる。
しかし舌を噛み切られると困る。猿轡でもさせておくかと辺りを見回したところで、各方面から交戦が終わったことを告げる合図が上がる。
屋根から降り立ち後始末に走る忍の一人に女を任せ、久々に動かした体を捻っていると我愛羅くん!と名を呼ばれ首を巡らせる。

「大丈夫?怪我はない?」

駆けてきたサクラに大丈夫だと返せば、そうと穏やかに目を細める。
しかし正月から木の葉は騒々しいなとからかってやれば、本当にね、と肩を竦める。

「でも無事ならよかったわ」
「ああ」

そうして二人並んで戻ろうとしたところで、貴様!とどこからか叫ぶ声が聞こえてくる。
何かと思うよりも先に砂が動き、咄嗟にサクラを抱え込みガードを厚くする。

「チッ!」
「…もう目が覚めたのか」

忍ばせていた短刀で襲いかかってきた先程の女に目を開けば、それがお前の女か、と切っ先をサクラに向けてくる。
女の背から駆けつけてきた忍がクナイを構えるが、女は構わず睨んでくる。

「…どういうこと?」

見上げてくるサクラに何でもない、と返し、剣呑な目つきを見返す。

「無駄な抵抗はするもんじゃない。早めに捕えられた方が罰も軽くなるぞ」

諭す我愛羅に女はそんなことどうでもいい、と吐き捨てる。

「罪が怖くててめえの命狙うかよ。命なんて紙切れと同じ位軽いんだ。あたしもお前も一緒だよ」
「お前も姉も命を軽んじるところはそっくりだな」

そうは言っても己もかつては同じであったか。
構える女に手をかざし、振りかざされる短刀を叩き落としてから女の手を掴み、後ろ手に拘束し締め上げる。

「うぐっ!」
「一つ、忠告しておいてやろう」

ぎりぎりと掴む腕に力を込めながら、真綿で首を絞めていくように女の耳元に口を近づける。

「もし彼女に手を出してみろ。その時は貴様の目の前で姉の首を刎ねる」

開かれた目を冷ややかに見つめ返し、動きの止まった体を砂で固め追ってきた忍達の前に連れて行く。

「舌を噛み切らないように猿轡でもさせておけ。こいつは自殺志願者だからな」

呆然とする女に布を噛ませ、連れて行く忍の背を見送る。
ふうと吐息を零したところで、サクラがねえと声をかけてくる。

「あの子…この間の…」

悲しげな瞳に瞼を伏せ、お前が構うことはないと続ける。
だがサクラは関係なくないわ、と強い瞳を向けてくる。

「あなたの命を狙っていたにしろ、私の命を狙ったにしろ、どっちにしたって放っておいていい問題じゃないわ」
「だがもう捕まえた。後は火影が処罰を下すだろう」

俺には関係のないことだと告げればおバカと返される。
何故怒られたのか分からず首を傾ければ、パチンと額を弾かれ思わず目を瞑る。

「…っ、」
「いい?我愛羅くん。あの子に何を言われてそんなに腹を立てているかは知らないけど、人の気持ちから目を背けるべきじゃないわ」

突きつけられた言葉に目を開けば、サクラは言葉を続ける。

「例えどんな言葉であっても、自分や自分の周りに関係することなら尚のこと耳を傾けてあげて。蔑にしないで」
「…怨み言であってもか?」

己の大切な者の命を奪うかもしれない、そんな奴の言葉に耳を貸せと言うのかと顔を顰めれば、罰を下せば解決する物じゃないのよと諭される。

「どんな理由があるにせよ、それを自分の中で消化できないと人はまた同じ過ちを繰り返すわ。何度も何度も、あなたの命を狙いに来る」
「ならばその度に向かい討てばいい。驕るわけではないがそう易々とやられるほど俺は弱くない」

それはお前も知っているだろと言えば、知ってるけど違うわと首を振る。

「その人の犯した罪は消えないわ。でも、心を救ってあげることはできるのよ」
「…命ではなく心を、か?」

暫し瞬けば、サクラはあなただってそうでしょう?と口元を緩める。

「ナルトに会って、話を聞いてもらって、共感して、理解し合えたから変われたんでしょう?」
「…ああ」
「ならあの子は昔のあなたと一緒よ。あなたを怨んで、憎んで、全て壊れればいいと思ってる。違う?」

女と言葉を交わす中で、確かに自分は女と昔の自分を重ねた。
乗り越えたと思っていたが、幼い自分を目の前に俺は逃げていたということか。

「今度はあなたがあの子を救う番よ。ナルトがそうしたように、今のあなたなら出来るわ」

だから、昔の自分から逃げないで。
そう言って頬に手を這わされ、ようやく自分の体の中に渦巻いていた苛立ちに気づき吐息を零す。
やはり、サクラには敵わない。

「…知らぬ間に俺は昔の自分と重ね、同族嫌悪していたらしいな…」

歳を重ね忘れていた。
初心を忘れ力に溺れ、楽な方へと逃げていた。
だがその間違った道をこうして正してくれる者がいるのは本当にありがたい。

我愛羅は顔を上げると、サクラの手を取りありがとうと呟く。
その瞳に先程見えた昏い色はなく、いつも通り美しい海が広がっている。
サクラはうんと頷き微笑めば、うおっほん!と咳き込む声が聞こえ見つめ合う瞳を外す。

「…お前たち、一体こんなところで何をしてるんだ?ええ?」

腕を組み、額に青筋を浮かべた綱手に睨まれた二人は互いの状態に視線を落とす。
サクラの手を取りそのままになっていた二人の手は、互いの間でしっかりと重ね合わされている。

あ。
二人が思ったのも束の間、ナルトがあーあ、と屋根の上から呆れた声を投げてくる。

「我愛羅お前バッカだなー。俺のこと散々バカだの周りが見えてないだの言うけどさ、お前だって周りのこと見えてねえじゃねえかよ」

笑うナルトに瞬き、全くだなと肩を竦めサクラの手を離す。
どうしたものかと思っていると、綱手の奥から各影が顔を出してくる。

「案外あっさり騒動は収まったわね。って、あら?どうかしたの?」
「綱手姫よ、これで貸し一つじゃぜ」
「自里のことながら情けない、って何だ。何を集まっている」

それぞれ目を瞬かせる三影と、睨んでくる火影、屋根の上からは趣味悪くデバガメを決め込んだナルト。
隣ではサクラが顔を青くさせ冷や汗をかいている。
ああ、もう面倒くさい。

「火影」
「何だ」

睨んでくる剣呑な瞳を見返しつつ、固まるサクラの肩を抱き寄せる。


「サクラを嫁に貰う。異論は認めん」


固まる四影とサクラの頭上にナルトの笑い声が落ちてくる。

「ばあちゃーん!どうすんだってばよ、我愛羅サクラちゃんが欲しいんだって!」
「ふ…」

ナルトの言葉に綱手は拳を握りしめると、眉間に皺をよせ我愛羅を殺す勢いで睨む。


「ふざけるなあああああ!!!」


ドゴン、と地響きを立て地を割り、噴火する火山の如く怒り狂う綱手の拳を我愛羅の砂が受け止める。

「うわああああ師匠ごめんなさいいいい」
「すまん、サクラ」
「あなたも謝ってよおおおおお」
「貴様らそこになおれえええええ!!!」

青くなるサクラを抱きつつ逃げ惑う我愛羅を怒り狂う綱手が追いかける。
新年早々やかましいその姿に三影がぽかんと口を開け眺めていれば、ナルトがなぁなぁと話しかける。

「どっちが先に折れるか賭けねえ?」

因みに俺ばあちゃん!
指を立てるナルトに呆れた吐息を零しながら、全員が賭けにならないと答える。

「どうせあの子のことだから、口八丁で丸め込んであの女の子連れて行っちゃうんじゃないの?」
「水影の言う通りじゃぜ。最近では益々狸になってきたからな風影は」
「同感だ。それに火影に負けるようじゃあうちとの交流も打ちきりだな」
「チェ、つまんねぇーの」

見上げた先、暴れる綱手をもろともせずサクラを横抱きにしつつ逃げる我愛羅を見やり、ナルトは頬を緩める。

「…案外楽しそうでよかったってばよ」

サクラの泣き叫ぶ声が聞こえるのは少々不憫ではあるが、もうあの手を取り助けるのは自分ではない。
頼もしい友人に全て任せようと広がる青空に目を向けた。





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