小説
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両親公認となった二人は元旦ということもあり改めて新年の挨拶を終え、おせちを突いた後のんびりと炬燵に潜っていた。

「はい我愛羅くん、みかん食べな。ほら、サクラも」
「ありがとうございます」
「あ、我愛羅くんあんまり食べちゃダメよ?みかんはお腹緩くなっちゃうから」
「分かった」
「あいた、母さん足を蹴らんでくれよ」
「やだこれお父さんの足だったの?ごめんなさいね」
「キィ」

四人と一匹で小さな炬燵に足をいれ、つけたテレビをBGMにのんびりと会話を交わす。
熱は無事下がった我愛羅ではあったが、明日の会議のため今日はサクラの実家で養生することになった。

「そういえば今日はテマリさんとカンクロウさんは?」

二人には何と言って出てきたのかと問えば、サクラに謝りに行くと正直に告げて出てきたらしい。
もっと格好つける言い方もできただろうに、それをしないあたりが我愛羅の正直な所だと苦笑いする。

「でも心配しない?年明け早々行方不明だなんて」
「問題ないだろう。二人なら分かってくれてる」

膝の上に乗り上げたキーコの喉を撫でながら言葉を返す我愛羅に、サクラはそうと頷く。
頷きながらも視線を愛猫へと移せば、我愛羅の指使いに心地よさげに目を細めくつろいでいる。
その姿を何となしに眺めつつ、そう言えばと言葉を続ける。

「キーコ、あなたのことすごい心配してたのよ」

思い出し、くすりと笑みを浮かべながら教えるサクラにメブキもそうそうと頷く。

「お父さんがサクラに毛布掛けようとしたらすごい剣幕で威嚇されちゃって」
「すみません」
「謝ることはないよ。噛みつかれたりもしなかったし、物も引っ掻かない」

それに二人を守ろうとしてたんだから本当にいい子だね、とキザシが笑う。
その優しい笑みに対し我愛羅も頬を緩めると、この子には何度も助けられていますと目を伏せる。

「私もこの子に助けてもらってるしね」
「あらそうなの?」

尋ねてくるメブキに流石に誘拐されたことは情けないので伏せたが、敵に捕まった際飛びかかってくれたのだと話す。
それを聞いた二人は小さいのにすごい子だねぇとうとうとと微睡むキーコに視線を移す。

「よく躾けてんだね」
「いえ…躾けは特に。普段外に出してますから」

それに必ず毎日帰ってくるわけじゃない。
キーコには砂漠の中に巣があり、そこで普段過ごしている。
我愛羅の家には遊びに来る、という感じだ。

「狩りもしますし、爪とぎやトイレも外で済ませてくるのであまり躾けはしてないですね」

ただブラッシングや動物病院での定期検査はしてますが、と砂色の毛を撫でてやれば、小さな顔に似合わぬ大あくびをするキーコに四人は頬を緩める。

「可愛いねぇ」

穏やかに微笑むキザシにキーコは顔を向けると、キィと軽く鳴いてから我愛羅の肩に上る。
警戒されているのかされてないのかよく分からないその態度にキザシが肩を落とすので、我愛羅は大丈夫ですよと答える。

「逃げ出さないので、お義父さんのことを怖がっているわけではありません」
「へぇ〜。でも撫でさせてはくれないだろう?」

ふわふわとした砂の毛並みを撫でたくてうずうずするキザシに軽く頬を緩めると、我愛羅はキーコの名を呼び腕をかざす。

「おいで」

我愛羅の催促に素直に従い腕に飛び乗るキーコに、キザシだけでなくメブキもおお、と感嘆する。
その声に軽く頬を緩め、顔を向けてきた愛猫の瞳を見つめながらいい子にするんだぞと呟き、二人の前に腕を持っていく。

「どうぞ」

いい子にしてろと言われたキーコは言いつけを守るように我愛羅の腕にだらりと寝そべり、目を閉じる。
その好きにしろと言わんばかりの体にキザシは嬉しそうに頬を緩め、そっと小さな頭に人差し指を乗せ優しく掻いてやる。

「おぉ…ふわふわ…ふわふわだぞ母さん…」

可愛いなぁ。
でれでれと頬を緩める夫にメブキはまったく、と呟くが、自身もキーコの背に掌を乗せれば、その触り心地の良さにまあと呟く。

「本当ふわふわねぇ、それにじっとしてて本当いい子だわ」

すっかりキーコに夢中になる両親にサクラは苦笑いするが、我愛羅が楽しそうなのでまぁいいかと思う。

「ねぇ」
「うん?」

呼べば振り返ってくる眼差しに、楽しい?と聞けばああ、と頷かれる。

「楽しいし、嬉しいよ」

キーコを前にきゃっきゃとはしゃぐ二人を穏やかな眼差しで見つめながら、頬を緩める我愛羅に目を細める。
我愛羅に家族を作ってあげたいと思ったが、こうして自分の家族の一員になる彼も悪くないと思う。
こうして人の繋がりが今に生きているのだと思うと、この関係がとても尊いものだと思えた。

「我愛羅くん」
「何だ?」
「…私も、帰ったらお墓参りに連れて行ってもらってもいいかな」

ちゃんと御挨拶したいの。
サクラの申し出に我愛羅は目を見張ると、嬉しそうに目を細めああ、と頷く。
我愛羅の両親に面と向かっては言えないが、それでも我愛羅を産んでくれてありがとうと伝えたかった。

「キーコちゃん、目、目ぇ開けて!」
「プリティーキーコ!」

すっかりキーコに夢中になる両親に、二人は目を見合わせ笑いあう。
本当に帰ってきてよかったと、現金ながらもサクラは思い直した。


そうして影の功労者であるキーコは二人に好き放題撫でまわされ構い倒され、ぐったりとした体で体を丸め寝入っていた。

「本当、キーコには助けてもらってばっかりね」
「そうだな」

眠るキーコの反対側では、キザシものんびりと横になり寝息を立てている。
メブキは新年の挨拶にとご近所さんのところに出かけていた。

「…不思議ね」

自分の実家に我愛羅がいる。
そうしてそれが当たり前だと言わんばかりに父親が無防備に寝顔を晒し、母親は夫と娘を置いて出て行った。
その妙に信頼されている状態が不思議だと笑いかければ、我愛羅も本当だな、と吐息で笑う。

「…俺に、母や父と呼べる人が出来たことが…本当に不思議で…」
「…うん」

胸を押さえる我愛羅は、少しばかり眉間に皺を寄せるとどう言えばいいか分からない、と続ける。

「嬉しくて、有難くて、幸せで…だがこういう気持ちを何と言うのか、俺には分からない」

初めてなんだ。
そう呟く我愛羅の頬に手を馳せ、サクラはうーん、と声を上げる。

「別にわざわざ形にしなくてもいいんじゃない?」

嬉しいも幸せも、そう思うならわざわざ何かの形に収める必要はないんじゃないかと思った。

「そういうの全部ひっくるめて、もう“ありがとう”でいいんじゃないかな?」
「…ありがとう…で、いいのか?」

瞬く我愛羅にうん、と頷く。

「だって嬉しい時も感謝してる時も、絶対にありがとう、って言うじゃない」
「まぁ…そうだが」

だったらそれでいいのよ。
そう言って微笑めば、我愛羅はそうか、と呟いた後まっすぐと視線を向けてくる。

「サクラ」
「なあに?」
「…ありがとう」

続けられた言葉に暫し瞬き、どういたしましてと笑みを返す。

「じゃあ私も我愛羅くんにありがとうだね」
「何故だ?」

俺は何もしていない。
答える我愛羅にうふふと笑い、知らなくていいのよと肩に頭を預ける。

「それに私が言いたいだけなんだから、受け取ってくれればそれでいいの」
「…そうなのか?」

預けた頭に頬を寄せ、髪を梳いてくる我愛羅にうんと頷く。

「我愛羅くん」
「何だ?」
「ありがとう」

それから、大好きよ。
そう言って微笑めば、我愛羅は今のは卑怯だと軽く笑う。

「んふふ、いいのよ別に。言いたい時に言えば」

声にすればするだけ言葉は意味を持つ。
時に重く、時に枷となることもあるが、それでこの男が己の傍に居続けるならそれでよかった。

「好きだから好きっていうの。あなたのことも、皆のことも。私は大好きよ」

でも面と向かって言うのはあなたにだけよ。
それは伏せて笑みを向ければ、我愛羅はそうかと頷き目を閉じる。
ゆっくりと時間が流れる穏やかな時の中、二人はのんびり会話を交わしながら横になる。
始め我愛羅は抵抗があったようだが、いいから寝なさいと腕を伸ばせば素直に従った。

「昔はいのとね、よくこうしてお泊り会したのよ」
「楽しかったか?」
「うん、すっごく」

自分が木の葉でどんな風に過ごしていたか、どんな人たちとどんな話をして、どんなことを思ったか。
いのに手を引かれながら初めて入った駄菓子屋で買ったお菓子は何であったか、初めて持った忍具は何であったか、そんな話を寝物語に聞かせてやれば我愛羅は楽しそうに目を細め、穏やかに相槌を返してくれる。
最近では仕事の話ばかりだったので、何でもないくだらない事を話せるのが楽しいと笑えば俺も楽しいと優しい声が返ってくる。

「山中は、本当にお前のことを大切にしてるんだな」
「うん。自慢の親友よ」

羨ましいでしょ。
自慢しながら笑いかければ、ああと素直な返事が返ってくる。

「帰る前にさ、いののところで何か買って帰ろうよ。砂漠でも育ちそうな植物の種をさ」
「そうだな。庭にまだ空きスペースがあったから、そこに蒔いて育てよう」

我愛羅の腕に頭を乗せながら、寄せた体を更に近づけ目を閉じる。
実家の匂いと我愛羅の匂いに安心しながら、どんな花がいいかなぁ…と呟く。

「きっといいものを見繕ってくれるだろう」

山中はお前に甘いからな。
からかうような我愛羅の言葉に頬を緩め、二人で育てようねと言葉を紡ぐ。
そうだなと答えつつ、優しく髪を梳いてくる指が心地好い。
聞こえる心音は規則的で、その音に安堵すれば徐々に意識が落ちていく。

「…サクラ…ありがとう」

俺に沢山の世界を、繋がりをくれて。
本当に、ありがとう。

聞こえてくる声に頬を緩め、うんと頷き意識を手放す。
どうしようもない幸福が体を包み、本当にこの男を愛してよかったと心から感謝した。




そうしてサクラが眠りにつき、静かな空間には二人と一匹の寝息が優しく木霊する。
穏やかであたたかで、初めて味わう空間に感嘆の吐息を零す。

「母様…父様…」

幼い頃、誰にも愛されていないと全てを憎んだはずなのに、今ではこんなにも沢山の幸福と愛に包まれ生きている。
一方的に嫌い、邪険にしていた姉兄とも軽口をたたきあえるようになった。
守鶴を持つ人柱力としてではなく、里長として人々に認められ、頼ってもらえるようになった。

沢山の人を傷つけた。
沢山の命を奪ってきた。
そんな自分がこれから先、未来を切り開いて行こうとしている。
愛する女性を見つけ、その手を取り未来を共にしようと誓い合っている。

不思議だった。
あれほどまでに誰かの不幸を望み、全てを憎んだ自分はもうどこにもいない。
ナルトと出会って生まれ変わり、サクラを愛することでまた新しい自分と出会うことができた。

世界がこんなにも沢山のもので溢れているのだと、サクラが教えてくれた。

そしてその繋がりが如何に尊いか、如何に優しいか、初めて本当の意味で理解できた気がした。
これから先サクラと共に過ごすことで何度もこうした思いに駆られるだろう。
その度に自分は感謝し、緩む視界を何とか誤魔化しながら彼女に言うのだ。

ありがとう、と。
俺と出会い、俺の手を取り、歪な過去を受け入れ、未来を共にすると誓ってくれて、本当に、ありがとう、と。

(幸せすぎて…死んでしまいそうだな…)

それから、母様と父様にも。
何度も母に会いたくては痛む胸を押さえた。
何度も父に殺されそうになり恐れつつも怨んだ。

けれど、今は。

(俺を産んでくれて、本当にありがとう…)

二人が出逢ってくれたこと、そうしてテマリとカンクロウを産んでくれたこと。
夜叉丸に出会わせてくれたこと、守鶴を通し、友を連れてきてくれたこと。
そのすべてが今はただ有難く、尊いことだと思える。
サクラを通して、見て、学んだからこそ心からそう思うことが出来る。

(母様、父様。世界はこうして繋がっていくんだな)

両親が繋げた世界の先に今自分がいるのだと思うと、唯々感謝の気持ちしか沸かなかった。

これから先再びこうして喧嘩をすることがあるだろう。
時には泣かせ、時には困らせ、時には実家に帰ると怒られることもあるだろう。
けれど自分はこの唯一無二の女性と共に生きたい。
彼女の両親と、愛猫と、里に住まうすべての人とも共に。

そのためにはまず明日の会議から頑張ろう。
忙しくとも彼女に言われる前にちゃんと睡眠も食事もとろう。
そうしてどんなに暇がなくても、二人で話す時間は設けよう。

もう二度と、あんな寂しい気持ちを味わわないように。

ゆっくりと瞼を閉じれば穏やかな暗闇がある。
息を吸えば嗅ぎ慣れない彼女の実家の匂いがする。
けれど人の営みが溢れるこの空間が、不思議な程愛おしい。

「…サクラ…」

腕の中の愛しい存在の名を呼ぶ。
いつか皆の前でこの愛しい名を呼びながら、己の女だと自慢しながら、本当の意味で彼女にプロポーズできるように、今は眠ろう。

「愛してる…サクラ…愛してる…」

言葉は口にすればするだけ重くなる。
ならば今は己の溢れんばかりの愛を口にしておこう。
如何に自分がお前を愛しているか。
それを存分に聞かせてやろう。

「サクラ…」

彼女の名を呼びつつ微睡むのは心地好く、気付けば意識を手放していた。
それはあまりにも幸福な、穏やかな時間であった。




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