小説
- ナノ -






翌朝、カーテンの隙間から零れる日差しに瞼を焼かれ、我愛羅はう、と声を上げながら目を覚ます。
ぼんやりと瞬きつつ定かになる視界の中で、見慣れぬ天井にここはどこだったかと考えていれば、キィと聞きなれた声が聞こえ顔を向ける。

「キーコ…」
「キィ」

頬擦りしてくる小さな頭を撫でてやれば、その奥に見える穏やかな寝顔に数度瞬き、そう言えば彼女の実家に足を運んだのだと思い出す。
だがそこから妙に記憶が覚束ない。
謝罪し許してもらえたところまでは覚えているのだが、それから何をしていたのだろうかと思っていたところで、はくしょんとくしゃみする声が聞こえ飛び起きる。

「あ、ほらあんた起きちゃったじゃないの」
「やーすまんすまん。やっぱりくしゃみは盛大にしないと気が済まなくてなぁ」

顔つきがサクラにそっくりな女性と、髪色がサクラと同じ男性を見やり徐々に青くなっていく。

(しまった…!!)

実家にいるということは、つまりこの二人はサクラの両親ということである。
青ざめ閉口する我愛羅に、キザシはよく眠れたかい?と問いかけてくる。

「いやー驚いたよ。初詣から戻ってきたらサクラが君と寝てるんだから、心臓が止まるかと思ったよ」

全くもってその通りである。
我愛羅は深々と頭を下げつつもすみません…と掠れる声で漏らす。
だが思った以上に喉が引きつれ、思わずむせればメブキにこれ飲んで、とマグカップを渡される。

「お兄さん風邪引いてんでしょ?あの子が生姜すった跡があったからね」
「す、すみません…」

ごほごほと咳を繰り返しつつ受け取ったマグカップに口をつければ、リンゴの香りがする。

「生姜湯もいいけど、やっぱり風邪引いてる時はリンゴが一番だよ」

穏やかな眼差しはサクラにそっくりで、知らず我愛羅の張っていた肩が降りていく。
それを軽く見やった後、我愛羅の背に隠れているキーコに視線を移す。

「その子飼い猫かい?」
「え?あ、あぁ…はい。キーコと言います」
「キィ」

名を呼ばれ反応する砂色の毛を撫でてやれば、その子はいいこだねぇとキザシが呟く。

「君たちをずっと守ってたんだよ」

威嚇されちゃったと笑うキザシを見やった後、キーコに視線を落とせばキィと誇らしげに鳴く。
どうやら事実らしい。
我愛羅はキーコの体を抱き上げ、ありがとうと礼を述べてから額を合わせれば嬉しそうに鳴く。
それに頬を緩め床に下せば、二人から穏やかな表情で見つめられていることに気づき少々気恥ずかしくなる。

「まぁいろいろ聞きたいことはあるんだけど、まずはこの子を起こさなきゃね」

そう言うやいなや、メブキは我愛羅の隣で寝こけるサクラの肩を揺らし声をかける。

「ほらサクラ!あんたいつまで寝てんの!子供じゃないんだからさっさと起きなさい!」

まるで雷を落とすかのような声に我愛羅とキーコの体が跳ね、キーコは思わず我愛羅の服の中に潜り込む。
我愛羅もその苛烈な起こし方に視線を泳がせ、あの、と声を掛けるがキザシは大丈夫大丈夫と笑う。

「うちではコレが普通だから」
「い、いや…ですが、」

狼狽える我愛羅の横で、サクラはうーん…と唸り始める。
ようやく起きたかと我愛羅が安堵の息をつくが、すぐさま後五分…と返ってきて頭を押さえる。
その発言にバカ言うんじゃないわよ、と怒るメブキを我愛羅は手で制す。

「その…俺に起こさせてもらえませんか」

不安げに尋ねる我愛羅にメブキは目を瞬かせた後、この子中々起きないわよ?と顔を顰める。
そんなこと重々承知だとは流石に言えず、大丈夫ですと告げてからサクラの肩に手を置き耳元に顔を寄せる。


「サクラ、パンツ見えてるぞ」

途端にサクラはがばりと起き上がり、嘘、マジ?!と叫びながら足元を抑える。
尋常じゃない慌てようにメブキとキザシは目を瞬かせ、我愛羅はおはよう、と返す。

「お、おおおおおはよう、っていうか今パンツ…!」
「はあ?あんた何言ってんの?」

訳の分からない言葉を紡ぐ娘にメブキが顔を顰めれば、キーコはようやく服の中から顔をだしキィと鳴く。

「あ、キーコおはよう。じゃなくて!」

一人百面相を繰り返すサクラに我愛羅は気持ちは分からんでもないが、と思いつつ乱れた髪を整えてやる。

「とりあえずこの状況を何とかしよう」

その言葉にようやく頭が働き始めたのか、サクラは我愛羅と両親の顔を交互に見やり、自分の状態を見やってから顔を青ざめさせていく。

「…え、えへへへ…」

苦笑いする娘にメブキは溜息を零し、キザシは苦笑いした。

「とにかく二人とも顔洗ってきなさい。話はそれからよ」

メブキの言葉に二人は頷くと、気恥ずかしそうに立ち上がり毛布を手に取る。

「ああ、いいわよ別にそのままで。先に顔洗ってらっしゃいな」
「ですが…」

律儀に畳んでいこうとする我愛羅をメブキが制し、いいから行ってきなさいとキザシが柔らかく促す。

「…すみません」

我愛羅は瞼を伏せ、頭を下げると先に洗面所に消えたサクラの後を追う。

「…性格に問題はなさそうね」
「そりゃそうだろう。風影なら尚更だ」

のんびり茶を啜るキザシは、広げた新聞の下で引っ張り出した資料に目を落としていた。

「“砂漠の我愛羅”か…」

幼い頃に母を亡くし、代わりに一尾、守鶴の人柱力となった少年。
四代目風影の次男であり現五代目風影。
その他経歴をつらつらと見やった後、キザシはふうと吐息を零す。

「いい人連れて来ておくれ、と頼んだもののまさかこれほどまでの大物を連れてくるとはなぁ〜」
「しかも玉の輿ね!」

笑う妻にキザシはおいおいと顔を顰めたが、すぐさまどうしたものかと頭を掻く。
初めは本気で患者かと思ったが、手慣れた所作でサクラを起こし、サクラもそれに対し何の疑問も抱いていないことからキザシは背に汗をかいていた。

(これじゃあ“お前に娘はやらん!”とか言えんよぉ〜!!)

憧れだったのに!
頭を抱え撃沈するキザシに、この人何やってんのかしらとメブキは呆れた目を向ける。
そうして洗面所から出てきた二人にこっちにいらっしゃい、と声をかけた。

「とりあえず、説明から始めてもらいましょうか」

戻ってきた二人を席に着かせ、メブキが早速切り出す。
その切り盛りの仕方が本当にサクラにそっくりだと思いつつ、我愛羅は頭を下げる。

「このような形で御挨拶することになり、本当に申し訳なく思っています」

顔を上げた我愛羅は、自身の紹介をした後、サクラと付き合っていることを述べる。
それに対しメブキがサクラに問えば、サクラも事実だと頷く。

「彼の立場上すぐには言えなかったの。ごめんなさい」

我愛羅と並び頭を下げるサクラに、メブキはふうと吐息を零す。

「だからあんた頑なに見合いを蹴ってたわけね」
「うん…」

視線を落とすサクラから我愛羅へと視線を向けると、それで?と続きを促す。

「何であなたが我が家にいるのかしら」

メブキに問われ明日の二日、五影の会議が開催されるので木の葉に訪れた旨を話す。
それに対しメブキはそうじゃなくて、と答える。

「あなたがうちで倒れてた理由よ。もう熱は下がったっぽいけど、自己管理できてなかったってことでしょう?」
「ちょっとお母さん!」

諌めるサクラにあんたは黙ってなさい、とメブキは跳ね除ける。
その言い方もサクラにそっくりだと思いつつ、我愛羅は返す言葉もないと頭を下げる。

「忙しくても体が資本でしょう?そんなことも分からないの?」

メブキの言葉に我愛羅は頭を下げ、サクラは思わず拳を握る。
正論ではあるが、何も我愛羅だけのせいじゃない。
何故そうまでして彼が責められなければならないのかと、つらつらとメブキの口から洩らされる嫌味の数々にサクラはついにブチ切れる。

「いい加減にしてよ!彼のこと何にも知らないくせに口出さないで!」
「何ですって!?娘のことを心配して何が悪いのよ!」

声を荒げるメブキにサクラが反論しようと口を開くが、サクラ!と我愛羅に呼ばれ口を噤む。

「ご両親の言い分が正しい。悪いのは俺だ」
「でも、」

物言いたげなサクラを視線で制すると、我愛羅はメブキの目をまっすぐと見つめる。

「お恥ずかしい話、自分には両親がいません」

だからサクラを心配するご両親の気持ちも、それを厭う彼女の気持ちも自分にはよく分からないと述べる。
その言葉にサクラは目を開くと、少しだけ浮かせていた腰を戻し、膝の上で握られている我愛羅の手を取る。

「ですから、どのようなお言葉であっても有難く頂戴したいと思います」
「我愛羅くん…」

ですが、とそこで言葉を区切ると我愛羅はメブキからキザシに視線を移し、強い眼差しでサクラの父親を見つめる。

「サクラさんを心から愛しています。それだけは、認めてください」

見つめる瞳に嘘偽りなどなく、どれほど娘を想っているかがよく分かる。
娘とはまた違う翡翠の瞳を受け止めながら、キザシは組んでいた腕を解くとダメだ、と答える。

「お父さん!」

サクラの咎めるような声にキザシはもう一度ダメだと答える。

「あんたがどれだけ娘を想っていようとも、うちの子には荷が重すぎる」
「なっ…」

あの囚人だけでなく、両親にまで相応しくないと言われる。
ぐらりと目の前が揺れる感覚に陥っていると、我愛羅は違いますと否定する。

「彼女の実力は本物です。彼女の助力を得てどれほど多くの命が救われたか…本当に、感謝しているんです」
「それとこれとは話が別だ。医者として力になることはできても、嫁となり君を支えられるとは思えない」

己の娘を卑下するキザシに、我愛羅は眉根を寄せる。

「その言葉はあなたの本心ではないでしょう」
「だからそれとこれとは話が別だ」

先程から我愛羅から視線を背け続けるキザシに、我愛羅は一緒だと答える。

「あなた方が彼女を思うように自分も彼女を思っています。形は違えど彼女を愛していることに違いなどありません」

大切だからこそ守りたい。
愛しているからこそ手離したくない。
大事な人だからこそ、危険に晒したくなどない。

他里のサクラが砂隠に嫁げば何かしら問題が起こるだろう。
それを危惧するキザシの思いは我愛羅には分かっていた。
だが、それでも自分にはサクラが必要なのだと言葉を紡ぐ。

「この数日間、彼女がいない部屋で一人になり初めて思い知りました」

いかに彼女が自分の心に大きな影響を与えていたのか。
一人暮らしをしていた時には気付かなかった。
しんとした部屋で食べる味気のない食事も、やけに広く感じる風呂場も、冷たいだけのベッドも、以前は一人で当たり前のように使っていたのだと思うと驚愕した。
仕事をしていても喧嘩別れしたサクラのことが気になり、真摯に対応しなかった己を悔いた。
夏の事件の時に学んでいたはずなのに、忙しさにかまけて彼女と話しあうことを怠っていた。
誰もいない家に帰ることがどれほど悲しいことであるか、サクラがいなくなってから初めて気がついた。

「…勝手だとは百も承知です。それでも俺には、彼女が必要なんです」

紡がれた言葉と、握り返された手の震えにこの数日間我愛羅がどんな気持であったかが分かる。
サクラがぐっと唇を噛みしめた後、キザシへと視線を移す。

「お願いお父さん、私頑張るから…この人の隣にちゃんと立てるよう、これからもずっとずっと、頑張るから」

どんなことがあっても挫けない。
何があっても跳ね返し立ち上がってみせる。
そのためならどんな努力も厭わないと紡ぐサクラに、キザシは重い吐息を零す。

「…サクラ」
「はい」

いつもは穏やかな、けれど今は鋭い父親の瞳をまっすぐ受け止めながら返事を返せば、キザシは暫し黙った後盛大な吐息を零す。

「母さん…そろそろいいんじゃないか?」

げんなりとした表情でメブキを見やるキザシに二人が目を瞬かせれば、メブキは組んでいた腕を解くと、だらしないわねぇ〜と顔を顰める。

「もうちょっと頑張んなさいよ」
「いやいやいや!お前も聞いただろう!?この子たち本気だよ!すごい頑張ってるよ!反対なんてできるわけないだろ?!」
「誰も反対しろなんて言ってないでしょ?!サクラを任せるんだからちゃんと覚悟があるかどうか聞きなさいって言っただけじゃない!」

ぎゃあぎゃあと言葉を交わす両親にサクラが目を白黒させ、我愛羅もどういうことだと困惑する。

「えぇと、だから、その、我愛羅くん?」
「はい」

キザシに名を呼ばれ背を正せば、あ、君付けって失礼なのかな?と問われ構いませんと答える。
それに対しキザシはそう、と穏やかに微笑んだ後、先程とは打って変わって優しい眼差しを向ける。

「父親からしてみればね、やはり一人娘を嫁にだすのはちょっとばかし抵抗がある」
「はい」

頷く我愛羅からサクラへと視線を移し、昔に比べ遥かに大人びた顔を見つめ破顔する。

「でもねぇ、この子が君がいいって言うんなら、反対はしないよ」
「…お父さん」

目を開くサクラを横目に見つつ、キザシは我愛羅に視線を戻し、頭を下げる。

「ちょっと乱暴な所もある子だけど、よろしく頼むよ」
「…はい」

ありがとうございます。
頭を下げる我愛羅にキザシも頬を緩め、あー緊張した!と笑いだす。

「こう本当ならね!“お前みたいなどこの馬の骨ともわからん奴に娘はやれん!”とか“一発殴らせろ!”とか言いたかったんだけどねぇ〜」

素性は分かってるし、里長は殴れんよと笑うキザシに我愛羅は頬を緩める。

「別に言って頂いても構いませんよ」
「ええ?でも殴るのはなぁ」
「大丈夫ですよ、慣れてますから」

慣れてるって、と苦笑いするキザシにメブキがじゃあ私が一発!と手を振りかざし、サクラがお母さん!と叫ぶ。

「何よ、今いい所なのに」
「何がいい所なのよ!我愛羅くんはお父さんと話してるんでしょ?首突っ込まないでよ」
「いーじゃない。この子の度胸を試すいい機会でしょ?」
「十分知ってます!この人ほど立派な人いないわよ!」

吠えるサクラに我愛羅は顔を逸らし、赤くなる頬を手の甲で必死に隠す。
そんな我愛羅にキザシは苦笑いしつつ、メブキにそろそろやめなさいと投げかける。

「まぁいいわ。娘を傷物にされたんだからきっちり責任は取ってもらわないと」

ふんぞり返るメブキにキザシとサクラは呆れるが、我愛羅は礼を述べ頭を下げる。

「でも一発殴らせて頂戴」

笑顔で平手の準備をするメブキにキザシがおい、と声をかけ、サクラがちょっと!と声を荒げる。
だが我愛羅は二人を制すと、構いませんとメブキを見つめる。

「どんな思いも、受け止めます」

まっすぐとした瞳を見返しながら、メブキは歯ぁ食いしばってなさい!と叫び手をかざす。
キザシは思わず目を反らしそうになったが、ピシャリと聞こえてきた音は軽く、目を開く。

「…うちの子、よろしくね」

かざした片手だけでなく、両手で我愛羅の頬を優しく挟みメブキは微笑む。
それに対し我愛羅は目を見開き、ゆっくりと目を細めはい、と頷き目礼する。
その素直な態度を見やった後メブキは手を離し、ああそうだと言葉を紡ぐ。

「これからあんたも家族になるんだから、私のことは“お義母さん”と呼びなさい」

お義母様でもよくってよ?
笑うメブキにサクラは呆れたが、我愛羅は暫し瞬いた後、嬉しそうにはいと頷き頬を緩める。

「じゃあ俺は“お義父さん”かぁ〜…あ!“お前にお義父さんと呼ばれる筋合いはない!”っていうのも言いたいな!」
「どうぞ、お義父さん」
「何をぉー!お前にお義父さんと呼ばれる筋合いはない!!」

わいわいと騒ぎ出す両親と、それに乗っかる我愛羅にサクラは思わず吹き出す。

「もう…何よ。心配して損したじゃない」

呆れつつも母親を見上げれば、してやったりとした顔で笑われる。

「そりゃああんた、これから砂隠で生きていくんならそれなりの覚悟がなきゃ無理でしょ?度胸試しよ度胸試し」

笑うメブキに悪趣味だわ!と返していれば、男二人は何やらヒートアップして何かを叫んでいる。

「“つまらないものですが!”はい!」
「どうぞお義父さん、つまらないものですが!」
「何をぉー!つまらんものなど持ってくるな!」

子供のようにはしゃぐ父親と、それに応えつつも楽しげな我愛羅にサクラは吐息を一つ零すと、腰に手を当て息を吸う。

「いい加減にしなさい!!」

そのぴしゃりと雷を落とすかのような声に穏やかに寝入っていたキーコが飛び起き、立てかけてあった瓢箪の裏に隠れ様子を伺う。
そうして雷を落とされた男二人は頭を押さえ、すみません、と小さく謝った。




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