小説
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ゴーン、ゴーン。
実家に戻って数日。
除夜の鐘が鳴る中サクラはぼんやりと炬燵に潜ったまま天井を見上げていた。
いの達から初詣に行かないかと誘われてはいたが、どうにも気が向かず断っていたのだ。

(だからって代わりに行かなくてもいいと思うんだけど…)

誘いを断ったサクラにじゃあ私たちが行ってくるわ、と笑って父の腕を取った母を思い出し、何だかなぁと顔を顰める。
仲がいいことは結構だが、久しぶりに帰った娘を一人置いて行くとはいい度胸だ。
心配しているのかしていないのか。
よく分からない親のことを思い出しつつ目を閉じていれば、つけっぱなしのテレビからカウントダウンが聞こえ始める。

「…もう新年か…」

今頃我愛羅はどうしているのだろうか。
仕事に勤しんでいるのか、それとも一人で家にいるのか。
キーコと共にベッドに入り眠っているかもしれない。

「…我愛羅くん…」

やはり残っておくべきだったかもしれない。
もしこの時間我愛羅が自宅に帰っていたとすると、彼は一人で年を越すわけだ。
職場にいるなら別だが、それでも気の持ちようが違うだろう。

一緒にいたかったな。
思いながらもウトウトとまどろみ始め、テレビを消そうとリモコンを探すが見当たらない。
まぁ親が帰ってくればそのうち消すかとそのまま意識を落とそうとしたところで、呼び鈴が鳴り響き思わず目を開ける。

(こんな時間に誰かしら…)

勧誘ならお断りだと思いつつ無視するが、もう一度呼び鈴を鳴らされ顔を顰める。

(うるさいなぁ…年末に何やってんのよ。失礼な奴ね)

悪戯だろうが仕事だろうが、年明け早々何をしているのかと苛々していれば、今度は窓が叩かれはあ?と瞼を開ける。
一体誰かと警戒しつつ、もしナルトであれば殴ってやろうと護身用のクナイを忍ばせカーテンを開ければ、頬を染めて肩を震わせる人物が目に入りすぐさま窓を開ける。

「我愛羅くん?!何やってんの?!」

マフラーをぐるぐる巻きにし、降り注ぐ雪を肩に乗せた我愛羅はくしゃみを一つ零すと寒いと呟く。
先程呼び鈴を押したのは我愛羅だったのかと思うとどうして素直に出てやらなかったのかと後悔するが、とにかく中に入ってと冷たい手を取る。

「こ、木の葉は思ったよりも寒いな…」
「今日は寒波の影響で特に寒くて…ってほら炬燵に入ってあったまって。すぐ飲み物入れてくるから」
「すまない…」

震える我愛羅の近くにストーブを持って来てやり、炬燵に入れてやるとすぐさま台所に赴き薬缶に火をかける。
甘いものが苦手だから生姜湯でも淹れてやろうと冷蔵庫を開けたところで、キィと高い声が聞こえ思わず振り返る。

「え、キーコ?!」
「キィ」

我愛羅の服の中からひょっこり顔を出した愛猫を見つめれば、我愛羅がついてきたんだと答える。

「置いて行こうにも抵抗が激しくてな。しょうがなしに服の中に突っ込んで連れてきた」
「…何だかあなた益々キーコに対して甘くなっていくわね」

呆れつつも家の中を興味深げに見回すキーコに、暴れちゃダメよと釘を刺してから生姜をすりおろす。
そうして沸いた湯をマグカップに注ぎ、ある程度カップを温めた後湯を捨て、すりおろした生姜と蜂蜜に湯を注ぎながら溶かしていく。

「はい。あったまるわよ」
「ありがとう…」

真っ赤に染まった指先でカップを受け取り、湯を冷ましながらゆっくり口に含んでいく姿を眺める。
キーコは我愛羅の服の中から鼻をひくつかせ、生姜湯の匂いに興味津々な様子である。

「キィ」
「あなたはダメよ。水で我慢しなさい」

濡れた鼻先をちょんと突いてやれば、くしゅとくしゃみを零すので主にそっくりだと笑ってしまう。
我愛羅も体が温まったのか、ほっと息をつくとマグカップを両手に指先をあたためている。
聞きたいことは山ほどあるが、とにかく先にこの間のことを謝ろうと背を正したところで、すまんと謝罪する声が聞こえ目を見張る。

「…お前を怒らせるつもりはなかった」

いつもはまっすぐとした背を丸め、俯く我愛羅の首筋にキーコが顔を寄せる。
そのあまりにも寂しい姿にサクラは吹き出すと、もう怒ってないわよ、とその背を擦る。

「私こそごめんなさい。あなたが忙しいって分かってたのに我儘言って」
「いや、俺がちゃんと話を聞けばよかった。お前に甘えていたんだ」

額を抑える我愛羅の頬はまだ赤く、思わず手を馳せてからぎょっとする。

「え、ちょっと我愛羅くん!あなた熱あるんじゃないの?!」
「…熱?体温ならあるぞ」

まだ生きてる。
訳の分からない言葉を零す我愛羅にサクラはおバカと叫び、すぐさまキーコを引きずり出し首元に手を当てる。

「脈が速い…もう!なんで熱があるのに来たのよ!」
「仕事…あと、お前を…」

ぐったりと目を細め体を伏せていく我愛羅に耳を寄せれば、そっと頭に手を置かれ撫でられる。

「お前を一人にするのかと思うと…待ってなどいられなくてな…」

でもこれは情けないなと手を落とし、蹲る我愛羅にバカ、と呟く。

「すぐに薬用意するからね、謝るならちゃんと元気になってからにしてよ」
「おぉ…」

血流がよくなったことでまともに頭が働かないのだろう。
サクラはすぐさま我愛羅を寝かせると、軽く診察してから風邪薬を用意する。

「薬、飲める?」
「ああ…」

上体を起こした我愛羅に湯と薬を渡し、飲み干した我愛羅を再び寝かせてから濡れタオルと冷却パックを用意する。

「忙しくて寝てなかったんでしょ?」
「…少しは寝た」

ということは一日二、三時間程度しか寝てないと言うことだ。最悪一時間か。
まったくもう、と吐息を吐きだしてから冷却パックを首の裏に敷き、額に濡れタオルを乗せてやる。

「…?」

ぼんやりとした視線で見上げてくる我愛羅に、首の裏を冷やしたほうがいいのよと答えてやればそうかと頷き目を閉じる。

「キィ」

力ない主人が不安なのか、ちょろちょろと我愛羅の周りを歩き回るキーコに大丈夫よ、と答えてやる。

「心配なら傍にいてあげて」

その言葉にキーコは顔を上げると、我愛羅の顔のすぐそばに寝転がり頭を摺り寄せる。
その姿に少しばかり頬を緩め、今毛布持ってくるからね、と告げてから寝室へと足を運ぶ。
ここがアパートなら何の心配もなかったが、両親が帰ってきたらどう言い訳しようか考えながら来客用毛布を引っ張り出す。
確認のため鼻を寄せ匂いを嗅いでみれば、やはり少々臭う。

「…しょうがないか」

サクラは吐息を一つ零すと、自室へと足を向け干していた毛布を取ってくる。
ふわふわと膨らんだその感触が懐かしく、お気に入りなのになぁと思いながらも我愛羅に掛けてやる。

「本当にもう、世話が焼けるんだから」
「…すまん」

ゆっくり瞬く我愛羅をからかいつつ、それでも笑みを向けてやれば我愛羅の体がもぞもぞと動いた後に安堵の吐息を漏らす。

「サクラ…」
「うん?」

のろのろと伸ばされた手を握ってやれば、力ない指先がぎゅっと握り返してくる。
だがそのままそこで力尽きたのか、我愛羅は浅い吐息を忙しなく繰り返しながら眠りに落ちる。
まったく、どうしてここまで我慢していたのか。

(…我慢しなきゃいけないほど、忙しかったってことかしら)

もし自分の知らぬところで、今までもこうして一人倒れていたのかと思うとゾッとする。
弱音を吐かぬ男だからこそ、ちゃんと見てやればよかった。

「ごめんね、我愛羅くん」

浅く上下する体を眺めながら、そっと反対の手で熱い頬を撫で浮かんだ汗を拭ってやる。
弱々しく握られた手を離すことはできず、サクラはそのまま我愛羅の横に体を横たえた。

「傍にいるからね」

何があっても。どんなことがあっても、ずっと一緒に。

寄ってきたキーコを我愛羅との間に横たわらせ、柔らかな毛を撫でながら少し苦しげな寝顔を眺める。
今度からはもっとちゃんと彼のことを見ていよう。
そう思いつつ手を握りしめていれば、いつしかサクラの瞼も落ち、二人と一匹で並んで寝入っていた。



「…これはどういうことかしらね…」
「さあ…」

メブキとキザシは目の前に広がる光景にただ瞠目していた。
見知らぬ男、きっと患者であろう男が愛娘と手を取り眠っている。
しかも見知らぬ男の傍には見知らぬ猫までいる。
一体どういうことなのか。

訳が分からず首を傾ける二人ではあったが、サクラの寝顔は穏やかで握った手を離すのは気が引ける。
きっと患者が不安だからと伸ばした手を握りしめてやったのだろう。
優しい娘に育ってよかったよとうっすら涙を浮かべるキザシに、メブキはうーん、と唸る。

「でもなーんかこの人の顔見たことあるのよねぇ…」

どこだったかしら…
呟くメブキに、とにかく今は寝かせてやろうとキザシは笑う。
本当ならば愛娘の傍に男を寝かせたくはなかったが、患者ならば別だ。
これには一旦目を瞑ろうとサクラの体に毛布を掛けてやろうと近づけば、二人の間で眠っていたキーコの耳が動きパッと顔あげる。

「キィ!!」

警戒心が強いキーコは見慣れぬ男に飛び起き毛を逆立てる。
その姿にキザシは少々面食らったが、にっこりと微笑むと何もせんよと告げる。

「ただこのままだとサクラが風邪を引いてしまうからね、許しておくれ」

フーッ、と毛を逆立てるキーコを刺激しないよう、そっと足元からゆっくりとサクラの体に毛布を掛けてやればキーコは警戒心を持ちながらも膨らませた毛を落ち着けていく。

「お前はいい子だね、ご主人を守っているのかい?」

問いかけるキザシの声は優しく、メブキは賢い子だねぇと穏やかに紡ぐ。

「だったらサクラのことも守ってくれないか?お前になら任せてもよさそうだ」

穏やかな笑みにキーコは徐々に警戒を解くと、キィ、と一声鳴いてから二人の間に戻り座り込む。

どうやらまだ心の底から信頼してくれたわけではないようだが、それでも手を出してくる気はなさそうだ。
キザシはほっと息をつくと、とにかく今はこの子たちをそっとしておいてやろうとメブキに笑いかける。
だがそこでメブキはようやくあ!と声を上げ軽く手を合わす。

「ちょっとアンタ…!この人あの人だよあの人!」

声を潜めつつも興奮するメブキに何なのかと目を向ければ、部屋の隅に置かれた瓢箪を指差しメブキは小声で叫ぶ。

「この人あれだよ!風影!」

メブキの言葉にキザシは数度瞬くと、いやいやいやと首を横に振る。
幾らなんでも風影がこんな名もない家に来るわけがないと笑うが、メブキはおバカと夫の肩を叩く。

「サクラは今砂隠にお世話になってるんだから会いに来たのかもしれないじゃない。それかうちの子が何か忘れ物してわざわざ届けに来てくれたとか」
「それこそないだろう。何で風影がわざわざサクラに届け物なんて持ってくるんだ?使いの人で十分だろう」

談義される内容はあちらこちらに飛ぶが、結局答えなど出るはずもなく二人は吐息を零す。

「とにかく明日この子たちが起きてから話を聞きましょう。私たちが何を言ってもしょうがないわ」
「それもそうだな。さっき神様に“サクラにいい人を連れて来ておくれ〜”と頼んだんだが、まさか風影が来るとはなぁ〜」

からからと笑うキザシに、メブキはバカねぇと笑う。

「私は“いい人”じゃなくて“玉の輿!”って頼んだわよ?」
「お前…あんまり罰当たりなこと頼むんじゃないよ」
「いーじゃない別に。お賽銭奮発したんだからちょっとぐらい貪欲になっても」
「お前なぁ…」

除夜の鐘が何のために鳴ってるか知ってるだろう?
くだらないやり取りを交わしながら夫婦はつけられたままのテレビを消し、電気を落としてから寝室へと足を運ぶ。
その姿を見送ったキーコはどちらも間違いではないことを知っていたが、今は二人の主人を見守ることに徹する。

「キィ」

サクラの肩に毛布が僅かにかかっていないことに気づき、口で銜え毛布を引っ張り上げ、どうにか肩を覆ってやると二人の間に横たわり体を丸める。
今は自分がこの二人を守らねば。
警戒心も強いが、愛情深い砂漠猫は目を閉じつつも耳を傍立てる。
どんな些細な音も聞き洩らしてはいけないと、朝日が昇るまでキーコはずっと二人の間でただ目を閉じていた。



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