小説
- ナノ -






一方サクラは最後の仕事を終えた後、引き継ぎを頼み木の葉へと向かっていた。

(まったくもう…!本当失礼しちゃうわ!)

行きは我愛羅の砂に乗ったため早く砂隠についたが、そもそも砂隠から木の葉まで三日はかかる。
その間一人で行くのは少々危険だと思ったサクラであったが、護衛を頼むのも気が引ける。
どうしたものかと思っていたところで、ちょうど任務に来ていた木の葉丸たちに出会ったのだった。

「ふーん。じゃあサクラ姉ちゃんをずっと見なかったのはこっちにいたからなんだな、コレ」
「皆不思議がってたんですよ〜」
「でもサクラお姉さんすごいですよね!木の葉の代表じゃないですか!」
「そ、そうかな…」

褒めまくるモエギに苦笑いを返せば、エビスもその通りです!と眼鏡を上げる。

「サクラさんは木の葉にとって必要不可欠な優秀なくノ一です。胸を張りなさい」
「は、はぁ…どうも…」

必要不可欠。
言われて悪い気はしないが、そう思われているとますます里を出て行き辛い。
思った以上に前途多難かもしれない。
思いつつも砂隠を発ち三日後、無事に木の葉へと辿り着いた。

「わぁ〜…半年見てなかっただけなのに凄く懐かしいわ…」

木の葉の大門を見上げ呟くサクラに、木の葉丸は腕を組みながら歯を見せ笑う。

「サクラ姉ちゃんも後半年でこっちに戻ってくるんだから、今のうちに砂隠を楽しめばいいんだぞコレ!」
「そ、そうね」

向けられる無邪気な笑顔が心に痛い。
我愛羅と付き合っていることなど一部の人間にしかバレていないからこそ尚心苦しい。
サクラは久方ぶりに感じる良心の呵責に苛まれながらも、エビス班の面々と分かれ実家の呼び鈴を押した。

「あらサクラ!帰ってきたのね!!」
「うん、ただいま」

出てきたメブキは驚いたように目を見開いた後、久しぶりねぇ、と感動の声を上げながらサクラを抱きしめる。

「やだアンタ、何かちょっと綺麗になったんじゃないの?」

口元に手を当て興奮気味に喋る母親に苦笑いすると、サボテンの効果かしらと呟いた。
現にあちらではよく食卓に上るサボテンにはビタミンCや食物繊維が豊富で、美肌効果や便秘改善、生活習慣病に対する効果が高い。
実際あれほどの激務でありながらも肌の衰えを感じることがなく、むくみにも悩むことがなかった。
だからこそテマリやマツリも肌が綺麗だったんだなとどうでもいいことを思い出しつつ、感嘆する母の声を背に玄関を潜る。

「あれ?お父さんは?」

確か今日は休日だったはず、と父の姿を探せば今買い物に行ってもらってるのよとメブキが笑う。

「あんたが帰ってくるって言うから美味しいご飯作って待ってようかと思ってたんだけど、まさかこんなに早いとは思ってなくて」
「ちょうど木の葉丸たちと会ったから、ちょっと急ぎで戻ってきたのよ」

久方ぶりに交わす会話は穏やかで、砂隠ではどんな生活をしているのだとか、親しい人はできたのかなど会話は尽きない。

「それで我愛羅くんがその相手を捕まえって終わったってわけよ」
「へぇ〜しっかりとしたお方なのね、風影様って」

淹れてもらった茶を啜りながら砂隠での出来事を語っていれば、メブキはところであんた、と口を開く。

「やけに親しげだけど、向こうの方たちに怒られたりとかしてないの?相手は風影でしょ?」
「え?え、えぇ…まぁ…でも昔からの知り合いだし…」

メブキの至極当然な言い分に思わず肩を跳ねさせ、つい二人の関係を黙っていたことを忘れ我愛羅の話をしていたことに冷や汗をかく。
それに砂隠での単身赴任の話はしていても、我愛羅の家に世話になっていることも黙っていた。
木の葉の数人にはバレてしまったが、それでも皆口を噤み二人の仲を見守ってくれいてる。
なのに両親に黙っていたということを今更思い出し、苦い思いを茶で流す。

「あんまり粗相のないようにしなさいよ?綱手様の顔に泥を塗るようなことは許しませんからね」
「だ、大丈夫よ!これでも木の葉の代表として向こうに行ってるんだから、ちゃんとしてるわ」

ただ喧嘩はしてきちゃったけど。
疲労が溜まった我愛羅の顔を思い出し、少々言い過ぎたかなと僅かに反省する。
だが何もあそこまで投げやりな態度を取らなくてもいいではないかと思っていたところで、ただいま〜と呑気な声が聞こえ顔を上げる。

「おかえり、お父さん!」
「サクラ!帰ってきたのか!」

久しぶりだなぁ〜、元気にしてたか?
笑うキザシの穏やかな顔に懐かしさが込み上げ、自然と頬が緩む。
買ってきた物を冷蔵庫に仕舞いながら三人で会話を広げれば、リビングに朗らかな笑い声が広がる。
最近ではずっと一人で家にいたため、部屋の中に笑い声が響くことが懐かしい。
どうでもいい話も、些細なことも、こうして誰かと共有することが如何に楽しいことか忘れていた。

「それで奥さんがそこですっころんじゃってねぇ」
「あははは!相変わらず足元がお留守な人だなぁ」

笑顔の絶えない二人につられて笑う。
そういえばこうして声を上げて笑うことも最近では少なかった。
忙しい我愛羅とはまともに言葉を交わすこともできず、愚痴を聞くことも甘やかすこともしてやれなかった。

(そうか…私、ちゃんと彼のこと見てればよかったんだわ…)

里のために身を粉にする我愛羅がいかに疲れているかは分かっていた。
それなのに自分の話を第一に聞けと言った己の浅はかさに気づき罪悪感が込み上げてくる。
愛しているからこそ貪欲になり、一番になりたいからこそ苛立ってしまう。
もっと我愛羅のことを考えてやればよかったと思っていたところでメブキに名を呼ばれる。

「そう言えばアンタ、綱手様のところに顔は出したの?」
「え?あ、あぁ…荷物を置いてから行こうと思ってたの忘れてたわ」
「アンタねぇ…」

呆れる母に苦笑いし、身なりを整えてから家を飛び出る。
砂隠とは違う、骨の芯まで冷えるような風の冷たさに思わず身を震わせる。

(そう言えば木の葉の冬は寒かったわね…砂隠は日中あったかいから忘れてたわ…)

たった半年いなかっただけなのに、もう木の葉での暮らし方を忘れかけている。
どれだけ自分にとってあちらの生活が主体であったかを認識し、再び苦い思いが込み上げてくる。

(ごめんね我愛羅くん…私もっとあなたの立場を考慮してあげればよかったわ)

寝る間も惜しみ書類を捌き、嫌いな始末書も接待も会議も決して蔑にはしない。
いつだって真面目に職務に勤しむ我愛羅の止まり木になってやればよかったのに、甘えていた。

(私が支えてあげなくちゃ)

幾ら我愛羅が独り立ちした男であったとしても、愛しているなら求めるだけでなく与え、時には支えてやらねばならない。
特に弱音などあまり吐かない男であるからこそ、その背をしっかり支えてやらねばならなかった。

「…帰ったらいっぱい甘えさせてあげよう」

触り心地のいい茜の髪を梳きながら、母に甘える子のように身を寄せる男を抱きしめてやろう。
胸の間に頭を押し付け密かに心臓の音を聞く心配性の男に沢山口付け、少しだけからかってやろう。
この先ずっと、何があっても共に生きると約束したのだから。

燻っていた気持ちは晴れやかに、腹の底で煮えていた思いは鎮まり足取りは軽い。
駆ける気持ちをそのまま足に乗せ、サクラは火影邸の門を潜り綱手のいる執務室の扉を叩いた。

「入れ」
「お久しぶりです、綱手様」

開けた扉の隙間から顔を出し、笑うサクラに綱手は目を開くとサクラ!と名を呼び破顔する。

「帰ってきてたのか!」
「はい。先程着きました」

笑う綱手の熱い抱擁を受け、弾力のある胸に苦しくなりながらも破顔する。

「あの男の下で暮らして本当に大丈夫なのかと不安であったが、元気そうで何よりだ」
「ええ?そんなに信用ないですか?我愛羅くん」

綱手の言葉に苦笑いすれば、実力と生意気さは認めてるがな、と綱手は肩を竦める。

「ただ如何せん女の匂いがせんからな。そんな男のところにお前をやるのかと思うと気が重かったんだ」

渋い顔を作る綱手に、実はこの仕事を受ける前から既に手を出されていた事など言えはしない。
多分我愛羅が一番説得に苦労するのはナルトでもサスケでもサイでもなく、綱手だろう。

そんな綱手は腕を組みながら男が好きなら別だがそういう気配もないし、等とぶちぶち呟いており少々我愛羅が不憫になってくる。
カンクロウもそうであったが、妙にそんな気配を感じさせるのだろうか彼は。
自分は思っていないが、戻った際に遠回しに忠告してやろうと思ったところで綱手様、とシズネが文を片手に入ってくる。

「我愛羅から返書が届きました、ってアレ?サクラ?」

あなた帰ってきたの?
目を丸くするシズネにはいと頷けば、久しぶりねぇと笑みを浮かべ近寄ってくる。

「って…何か綺麗になった?」

首を傾けるシズネに、気のせいじゃないですかと笑い返せば、綱手が肩に手を置きサクラの体を反転させる。

「何?!よく顔を見せてみろ!まさか男じゃないだろうな?!」

賭け事には働かないくせにこういう勘だけはやけに鋭い。
思わず視線を逸らしそうになるが、あえてまっすぐ見つめ返せば綱手はぐっと眉間に皺を寄せる。

「…男の匂いがする…」

その呟きに背に冷や汗が浮かぶが、我愛羅くんの家に居たからではないでしょうかと首を傾ければ、ううむと唸りながら腕を組む。

「それもあるだろうがな、女は男を愛すると顔つきが変わるものだ」
「顔つき、ですか」

少し前、いの達が砂隠に来た際変わったと言われた。
それは内面だけでなく、外面のこともあったのだろうかと思案する。
だが綱手は唸るだけで、深くは聞いてこない。
大丈夫だろうかと視線を上げたところで、シズネがあの、と口を開く。

「綱手様?サクラが心配なのも分かりますが我愛羅からの返書を受け取ってください」
「ん?あ、あぁ。すまんな」

苦笑いするシズネから文を受け取ると、綱手はさらりとそれに目を通しうむと頷く。

「我愛羅も問題ないそうだ」
「では会場を手配してきます」
「頼んだぞ」

我愛羅、会場の手配。
それだけで会議の話だと分かる。
ということはこの数日の間に我愛羅が木の葉に来ると言うことだ。
迎えに行ってあげようかなと思っていると、綱手に名を呼ばれ思考を戻す。

「はい。何でしょう」
「すまんが私は正月早々会議に参加せねばならんのでな。その準備に出ねばならん」

つまりは無駄話をする暇はないということだ。
サクラは一つ頷くと、お気をつけてと背を見送る。
それからサクラも執務室を後にし、雪が舞い始めた空を見上げた。

「…あ。いつ会議か聞けばよかった」

これじゃあ迎えに行くこともできないわ、と間抜けな自分に嘆息した。


「ふ〜ん…それでそのまま喧嘩別れしてきたと」
「そうなのよねぇ…」

火影邸を出た後、サクラは山中花店へと顔を出した。
案の定店番をしていたいのは驚きつつもサクラを招き入れ、花束につけるリボンを作りながら会話に乗じる。

「まぁ我愛羅くんって日頃から忙しそうだし。まともに時間が取れないのは事実かもね」
「うん…前もそういうことがあったんだけど、今回は時間があんまりないからって焦ってたのかも」

二人で暮らしていてもすれ違う日は多い。
特に行事が控えていれば尚のことで、我愛羅が家を空けることも、数日里を出ることもあった。
けれどそれが一段落すれば必ず家に戻り、サクラの話に耳を傾けてくれたのだ。

「…甘えてばっかりなのよね、私。情けないわ」

支えてやらねばとは思うのだが、どうにも自分は我愛羅に甘えている節がある。
末っ子の癖にやたらと面倒見がいいのが問題なのか、それともサクラを甘やかすことが好きなのか、とにかく我愛羅は頼るよりも頼られる方が好きではあった。

「別にいいんじゃない?それであの人が満足なら甘えてあげれば」
「えぇ?でもあっちも忙しいのよ?私ばっかり甘えてたらそれこそ苛々しない?」

自分なら確実にキレる自信があると続けるサクラに、いのはだってねぇ、と苦笑いする。

「甘やかしてるつもりでも、あの人はそれでサクラに甘えてるんじゃない?」
「どういう意味よ?」

甘やかしてるのに甘えている。
矛盾している言葉に眉を寄せれば、だから、といのは作り終えたリボンを仕舞うと、余ったリボンを巻いていく。

「サクラを甘やかすってことは、サクラがあの人に甘えてるってことでしょ?」
「うん」
「それってサクラとコミュニケーション取れる理由になるじゃない」
「…うん?」

コミュニケーション?
首を傾けるサクラに、あの人不器用そうだしといのは笑う。

「だから、甘えてもらうことでサクラに触れられる、話ができる、サクラのことをもっと沢山知ることが出来るってことだから、サクラが甘えてくれるのを待ってるのよ」
「え…えぇぇ?そうかなぁ…」

確かに我愛羅は抱き着く、抱きしめるという行為以外ではあまり甘えてこない。
むしろサクラがお願い、と頼むと過剰なほどに愛情表現をしてくれるが。

「…言われてみればそうかも」

ぎゅっとして、と言えば長いこと抱きしめられる。
機嫌よくすり寄れば、強請らずとも頬や頭を撫で、髪を梳き、顔中に優しい口付けの雨を降らせてくる。
上目で見上げれば唇を重ね、笑みを向ければ慈しみの海に連れて行ってくれる。

「…そうかも…」

徐々に赤くなる頬を見られたくなくてカウンターに突っ伏せば、はいはいごちそうさまでした、とからかわれる。

「まったく。無意識に惚気んの止めなさいよねー。お腹いっぱいだっての」
「ち、違うわよ!これでも本気で悩んでたんだから!」

笑ういのに慌てて弁解するが、はいはいと流され取りつく島もない。
むう、と唸ったところでやっほー!とテンテンが顔を出してくる。

「あ、やっぱりサクラ此処にいたわね」
「どうしたの?私に何か用?」

朗らかに微笑みながら店に入ってくるテンテンに首を傾ければ、木の葉丸が教えてくれたのよ、と言いつつ隣に掛けてくる。

「“サクラ姉ちゃんに会ったんだけど、何かちょっと綺麗になっててビックリしたんだなコレ!”って言ってたわよ」
「何それ」

そんなこと私には一言も言わなかったくせに。
少しおかしくて吹き出せば、テンテンは穏やかな眼差しでサクラを見つめる。

「“でも何だか元気がなかったから、話聞いてやってほしいんだなコレ”とも言われたわけよ」
「…木の葉丸に?」

意外と人のことをよく見ている青年になった男の顔を思い出していると、テンテンはあいつも男ねーと笑う。

「“ナルト兄ちゃんが惚れたのもなんか分かったかもしれないぞコレ!”って叫んでてモエギに殴られてたわ」
「やっぱり成長してないわね、あの子」

その姿が安易に想像でき、三人で声を上げて笑う。

「あ、そうそう。お正月はこっちで過ごすっていうのも聞いたんだけど、本当?」

その問いに頷けば、いのがでもこの子ったら我愛羅くんと喧嘩別れしてきちゃったのよ?とバラし、ちょっと、と叫ぶ。

「えぇ、何で!?あんなにラブラブだったのに」
「いや、ちょっと…ラブラブって…」

からかっているつもりはないのだろう。
本気で驚く顔に頬を染めれば、でも単なる惚気だったわー、と茶化す声が入り拳を握る。

「ちょっといの!ふざけないでよ!」
「ふざけてないわよデコリーンちゃん。それとも茹蛸ちゃんの方がよかったかしらー?」

広いおでこまで真っ赤よ?
揶揄され思わず額を押さえれば、テンテンが朗らかに笑いだす。

「ま、何はともあれ早く仲直りしなさいよ?我愛羅あんなだけど、サクラのこと大事にしてるのは本当だし」
「…まぁ…」

久しぶりの喧嘩にヒートアップしてしまった己を反省しつつ頷けば、テンテンはよしと呟いた後立ち上がる。

「じゃあ木の葉丸との約束も果たしたし、私も仕事に戻るわね」
「わざわざごめんね、ありがとう」

仕事の合間を縫ってサクラを探してくれたのだろう。
律儀なテンテンに礼を言えば、もう喧嘩して実家に帰ってきちゃダメよ?とからかわれ益々頬が赤くなる。

「じゃあまたねー!」

手を振るテンテンに二人で手を振り返し、自分もそろそろ戻るかと掛け時計を見上げる。

「帰る?」
「うん。今日は家族でご飯食べるから」

その言葉にいのは楽しんできなよ、と微笑み、それに頷き返してから店を出る。

「…我愛羅くん、ちゃんとご飯食べてるかな…」

一人で寂しくないかな。それともテマリさんやカンクロウさんと一緒かな。
最悪キーコでも傍にいればいいのだけれど。

「…家族、か…」

幼い頃に親を失い、三人で過ごしていた家で一人になり、そこに二人で過ごしてからまた一人の夜を過ごす。
きっと自分なら食欲がわかず、寂しい夜に顔を顰めただろう。
そう考えたところでふと思う。
我愛羅が家に帰りたいのではないかと問うて理由が何となくわかった気がしたのだ。

「…バカね、私寂しくなんてなかったのに」

我愛羅の少しばかりズレた気遣いに少しだけ笑い、サクラはのんびりと帰路を辿る。

(いつか私も、あの人に家族をつくってあげたいな)

もう二度とあの家で彼が一人にならないように。
我が家のようにあたたかで、笑顔の絶えない家庭にしたい。
そうして我愛羅の口から、幸せだと言ってもらえるように。

「…会いたいなぁ…」

閉じた瞼の裏に見える姿に、どうしようもできない想いばかりが溢れてきてしょうがなかった。



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