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年の瀬は砂隠も忙しい。
年内行事は全て終わったものの、会議や会食や接待やらと我愛羅はあちらこちらへと足を運ぶ。
サクラも忙しかったが我愛羅程ではない。
最近では家に帰ってくるのも深夜になることが多く、すれ違いの日々が続いている。
案の定今朝も顔を合わせることが出来ず作られた朝食と行ってくる、と書かれた書置きだけが我愛羅が家にいたことを示しており、思わずため息が出る。
「…今日で十日目か…」
我愛羅と仕事以外での会話や触れ合いがないまま十日が過ぎた。
欲求不満ではないが少々寂しく思う。
だが嘆いていてもしょうがないかと食器を片づけ鞄を持ち、今日も職場へと足を向けた。
「サクラ、ちょっといいかい?」
昼の休憩時間、現れたテマリに名を呼ばれ席を立つ。
何かあったのかと尋ねれば、あんたにだよと文を渡され宛名に視線を落とす。
「師匠とお母さんからだわ」
「じゃあ悪いけど私は行くよ。仕事が終わってなくてね」
疲れたように肩を竦めるテマリに、ならばわざわざ届けてもらわずとも自分で取りに行ったのに、と言えば外の空気を吸える理由を奪わないでくれと返され苦笑いする。
「じゃあね」
「はい。ありがとうございました」
去り行くテマリの背を見つめ、綱手とメブキから送られてきた文を開ける。
「えーと…」
綱手からは先日送った近況報告に対する返答と、不自由はないかと問うてくる旨でいつもと変わりはない。
追伸として書かれた内容はナルトが教師としていかに奮闘しているかを綴っており、頑張っているんだなと目を細める。
だが時には生徒共々バカをやっては周囲に怒られているらしく、これではどちらが子供か分かったもんじゃないと書かれており思わず苦笑いする。
そうして母から送られた手紙を開けば、体を壊してないか、不自由はないか、しっかりやれているか等の心配事がつらつらと書き記されており思わず肩を竦める。
相変わらず心配性だ。
医療忍者として名を馳せているサクラであっても、母親の前では頼りない子供のままなのかもしれない。
何だかなぁ、と思いつつ読み進めていると、今年の正月は帰ってくるのかそちらで過ごすのか返答をくれ、と書かれており数度瞬く。
「そっか…お正月…」
年末があるのだから年始がある。
新年をどこで迎えるかなどまったく考えていなかった。
「我愛羅くんと相談できればいいんだけど…」
冬場では毒草も咲かない。
温室で育てているプランターも休眠期に入っておりこれといった成長は見られないし、解析も青年の資料が役立ち予定より早く進められている。
新年は向こうで過ごす事もできるだろう。
だが我愛羅はどうだろうか。
大名たちに挨拶回りに行くのかもしれないし、上役との接待があるかもしれない。
詳しくは知らないがもしそうなると疲れた我愛羅を一人放っておくのも気が引ける。
どうしたものか。
悩むサクラに声をかける者はおらず、冬の冷たい風だけが傍を走り抜けた。
「別に帰っても構わんぞ」
「ぅえ?」
ようやく完成した新薬の報告に執務室を訪れ、ざっくりとした説明の後に年末年始の件を相談すれば、存外あっさりと承諾され面食らう。
最近ではまともに寝ることも叶わず疲れた顔をしているのに何を言っているのかと詰め寄れば、帰りたいんじゃないのか?と返されはあ?と口を開く。
「別に帰りたいなんて言ってないじゃない」
「俺にはそう聞こえたが」
違うのか?
首を傾ける我愛羅に違うわよ、と返す。誰もそんな話をしているわけではない。
自分は我愛羅を一人放って里には帰れないと言っているのだ。
確かに我愛羅が帰ってもいいというなら帰ろうかとも思ったが“帰りたい”とは言っていない。
だが我愛羅にその説明は通じず、挙句には好きにしろと返されカチンとくる。
「ちょっと、忙しくて苛々してるのかもしれないけどちゃんと聞きなさいよ」
「別に苛々なんぞしていない。それはお前の方だろう」
何故久々に顔を合わせて喧嘩をしなくてはいけないのか。
ぐつぐつと腹の底で煮えたぎる思いをどうにか沈め、一度深く深呼吸して保留よ、と呟く。
「この話は保留。こんないい加減な状態で決めたくないわ」
「勝手を言うな。俺だっていつまともに帰れるのか分からんのだ。ご両親が心配しているんだろう。さっさと帰って帰郷する準備でもしていろ」
「はあぁ?!」
流石に今のは腹が立った。
ブルブルと震える拳を握りしめ、ダン!と机に叩きつけてから分かったわよ!と叫ぶ。
「お心遣いありがたくいただくわ!早速帰らせていただきます!」
「ああ、ご苦労だったな」
戸締りはちゃんとしていけよ。
怒るサクラに対し全く意に介さない我愛羅にサクラはべーっと舌を出してから執務室を飛び出す。
(何よ今の言い方!すっごいムカつく!!)
ずんずんと怒りのオーラを纏いつつ歩くサクラに他の忍たちが道を開けていく。
砂隠に来てからあれほどまでに怒るサクラなど見たことのなかった面々は、思わず先程サクラが出てきたばかりの執務室の方へと視線を向ける。
風影様と喧嘩でもなさったんだろうか…
忍たちの不安は二人に届くはずもなく、サクラはその日荷物を纏めると早速帰郷する段取りを取り決めた。
「我愛羅、お前もう少し言い方ってもんがあったんじゃないのか?」
「…うるさい、放っておけ」
サクラが立ち去る前、たまたま通りがかったテマリは二人のやりとりを聞いていた。
弟の余りにも酷い言い様に流石に一言言っておこうと顔を出したのだが、机に突っ伏す姿を見て思わず目を瞬かせた。
「だからって自分の言葉で自分が傷ついてどうする」
「うるさい黙れ。口を出してくるな鬱陶しい」
苛々しているのはテマリにも分かっていた。
里のため、サクラのため、これから先の未来ある生徒のため、休む間もなく駆け回る我愛羅の顔色は悪い。
疲れも溜まっているうえ愛する女性とまともに顔を合わせることもできず、更には喧嘩までしてしまったのならへこむのもよく分かる。
幾ら当人たちの問題だとはいえ、サクラは将来自分の家族になるかもしれないのだ。
可愛い義妹をこんなことで失いたくはない。
「そーいえば、新しい仕事の話なんだがな」
仕事の話ならまともに聞くだろうとテマリは腰に手を当てる。
ぴくりと動いた肩は起きていることを示しており、テマリは手にしていた書類に目を落とす。
「新年早々悪いとは思うが一月二日に五影の会議がある。各里の新年行事が控えているせいでこんな日程になってしまったが、まぁ問題ないだろう。場所は木の葉だ。護衛は私とカンクロウを含め上忍で固める。いいな?」
「…了解した」
どっちにしろ木の葉に行くことになるのか。
先程喧嘩別れしたサクラの姿を脳裏に浮かべ気が重くなる。
あんな冷たい態度を取ってしまったが、そもそも我愛羅はサクラが帰郷することについては何の異論もなかった。
(そもそも俺には親がいないから分からんしな)
両親がサクラを思う気持ちも、サクラが親を軽視する気持ちも心の底ではちゃんと理解できない。
母の愛で守られてはいるが、それも父親に教えられるまで分からなかった。
だからこそどんな反応をすればいいか分からず、あんな投げやりな態度になってしまったのだ。
(…怒らせたな…どうしたものか…)
死んだように突っ伏す我愛羅にテマリは重い吐息を一つ零すと、十分だけだぞと告げ執務室を出て行く。
十分。十分間でサクラに対する心構えを決めろと言うことだ。
ゴリゴリと机に頭を押し付けながら、我愛羅は憤怒の表情で己を見ていた彼女を思い出す。
「…殴られたら死ぬな…」
困った。
どう謝ればいいのか、そもそも謝って許してもらえるのか。
というよりも木の葉に行き彼女を迎えに行くなら実家の方だろうか。それとも一人暮らしのアパートの方なのだろうか。
帰すならばどちらに滞在するかだけでも聞いておけばよかったと、それすらも気づかなかった自分に嫌気がさす。
「…サクラ…」
何故自分は彼女を相手にするとこうも周りが見えなくなるのか。
頭の働かない自分に益々嫌気がさし、目頭を押さえながらどうしたものかと考える。
それにもし彼女が実家に帰ったとすると、図らずしも彼女の両親と会うことになる。
(…両親?)
そこまで考えハッと目を開く。
「て、テマリ!!」
珍しく声を荒げる我愛羅の声が執務室から聞こえ、少し離れた場所でカンクロウと護衛の人選をしていたテマリは慌てて駆けつける。
「どうした我愛羅?!」
刺客か?!
カンクロウと共に執務室に入ったテマリは、青ざめる我愛羅の一言に思わず呆けた。
「ご、ご両親への挨拶はどうすればいいのだろうか…」
何故そうなった。
テマリはぽかんと口を開け、カンクロウは吹き出し肩を震わせ笑うのを堪えていた。
相変わらず弟の思考回路がさっぱり分からん。
「分からん…全く分からん…」
頭を抱え突っ伏す我愛羅に、頭を抱えたいのはこっちの方だとテマリは大きく息を吐く。
「我愛羅…あたしは女だ。聞くならカンクロウに聞きな」
突っ伏す我愛羅にしょうがなく教えてやれば、そういえばそうかと我愛羅は顔を上げた。
姉の性別を忘れるぐらいに動揺していたらしい。
まったく、と腰に手を当て呆れるテマリは後ろで笑いを堪えるカンクロウを見やる。
「粗相がないようにな」
「くく…ま、任せるじゃん…」
一人は肩を震わせ笑い続け、一人は頭を抱え唸り続ける。
手のかかる弟たちに本気でサクラが妹に欲しいとテマリは天井を見上げた。
どちらか一方だけでも任せたかった。
(サクラ…頼むから早く帰ってきておくれ…)
そもそもこの一年も仕事で来ていたはずだったのだが、テマリはもう既に我愛羅の嫁に来ているような感覚で物を考えていた。
「三十手前で情けない…」
撃沈する弟はどんよりと暗く、ようやく笑いが収まったカンクロウはまずは手土産だな、と早速レクチャーを始める。
そもそも風影が自宅に顔を出すことに対する説明から始めなければいけないはずなのだが、二人ともそれが完全に抜け落ちている。
テマリはもう一度吐息を零すと、まずはご両親に対し説明するところからだろうと突っ込む。
結局は自分も参加せねばならないのかと、頼りにならない弟二人にテマリは再度頭を抱えた。
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