- ナノ -

熱帯夜に惑う竜

みんなだいすきらっきーすけべ。
※R-18ではありません。
※ちょっと下ネタっぽく感じるかもしれません。ご注意ください。


 竜は今、人生最大の窮地に立たされている気がしてならなかった。

 ドクドクと高鳴る心臓は引っ付いているベルに聞かれるんじゃないかと怖くなるほど煩く、全身は熱暴走を始めた機械のように熱い。せめてもの救いは肌が黒いおかげで顔色が正確に分からないことだろうか。
 竜は、竜のオリジンである恵は、グイッと熱を持った頬をベッドの中で擦りながら小さく「ベル――」と呟くのだった。


***


 とある夏の日。旧校舎の一室で鈴は素っ頓狂な声を上げていた。

「なにこれ。水着?!」
「そ。夏だからちょっと作ってみた」
「作ってみた、って……!」

 ベルの衣装を用意するのは弘香の楽しみの一つである。様々なデザイナーとコラボしたドレスから普段着まで。多種多様なスタイルが用意されている衣装は増える一方だ。
 更に言えば、増えるのは衣服だけではない。ヘッドアクセサリーからネックレス、指輪といった装飾品。そして何より鈴の度肝を抜いたのは――

「だ、だからって、水着もだけど、下着まで……!」
「いーじゃん。ベルはスタイルいいんだしさっ。しかも有名企業とのタイアップ! ベルのエキゾチックな美貌を生かす華やかなデザイン! かと思えば清楚感溢れるシンプルで大人なデザインまで! 幅広く用意してくれたんだから感謝しないと」
「で、でも! 人に見せるわけじゃないのに何でこんなもの……!」
「確かに。タレントじゃないからCMに出るわけじゃないけど、ベルとのコラボ。ってだけで商品は売れるわけよ」
「うぅ……販売マーケティング的な?」
「そ。マーケティング的なアレで。儲かるんだなぁ〜、コレが」

 弘香の言う通り、実際にベルがその下着を着用してCMに出るわけではない。だがベルを元にデザインした。あるいはベルと共にデザインした。となれば話は変わる。
 例えベルがモデルとして着用していなくとも、ベルに憧れる女性たちは『ベルと同じものを着けられるチャンス!』と考える。あるいは『ベルにはなれないけど、ベルに憧れている気持ちを少しでも満たす』という狙いがあるのだ。
 元より様々な外見、様々な人種が集う『U』の中でもベルはずば抜けた美女である。勿論人型Azは多々いる。実際にCMに出ている美女や美男子Azたちはいる。
 だが世界中の人間に注目され、また知られているAzは少ない。そのうちの一人が“Bell”なのだ。彼女とコラボレーションすることは企業にとっても最大の追い風となる。

「勿論利益はチャリティーやら慈善団体やらに突っ込むから、心配しなくていいよ」
「それに関してはいつも感謝してるけど……」

 よっぽど恥ずかしいのだろう。首まで赤くしている鈴に、弘香は「初心な奴め」とため息交じりの息を吐きだす。

「別にそのままでいればいいんだって。ベルがどっかでパンチラする予定があるなら宣伝も兼て着て欲しいけど」
「ヒロちゃん!!」
「ごめん」

 鈴にしては珍しく本気で声を荒げる。流石に今のはセクハラ発言だったか。と弘香も素直に両手を合わせて謝罪すれば、鈴はどっと疲れたように肩を落とす。

「まあ、どこで何が起きるか分からないから、一応データがあることは覚えててよ」
「う……。着る時がこないことを祈ってる……」
「とか言ってるとフラグになるから気を付けな〜」
「ふぇええぇぇ……」

 と会話をしたのが数日前。
 現在ベルは遊びに来ていた竜の城で呆然と立ち竦んでいた。

「と、知くん……? ここは……?」
「プール! 暑いから、作った!」

 暑いから作ったって……。と呟くベルの前では、ぱちゃぱちゃと天使が気持ちよさそうに水浴びをしている。
 プールと言われたが、学校にあるような長方形の無骨なスタイルではない。城の内装に合わせて設えられた浴室に、お湯代わりに水を張っただけの水風呂である。
 オブジェクトである竜の銅像から水が流れて来ることもく、拭いきれない『浴室』感にベルは苦笑いする。

「知くん、気持ちいい?」
「うん。ひんやりする」

 背泳ぎのような体で水面を滑る天使に、ベルは観念したような笑みを浮かべる。

「恵くんも知くんも、色々作れてすごいね」
「作るのは、楽しい。ベルも入ろう?」

 ふよふよと水から出て来た天使に誘われ、ベルは一瞬迷う。
 本日身に纏っているのはドレスではないが、水着でもない。しかし幾ら仮想の、電子で出来た世界とはいえ全裸になるわけにもいかない。
 悩むベルの頭にふと数日前の会話が蘇った。

「知くん、着替える所ってあるかな?」
「あるよ。あっち」

 天使が指さした先には脱衣所と思わしき空間がある。そこにそっと近づき扉を押し開ければ、幾つかの棚と籠が用意されていた。

「じゃあ、ちょっと着替えて来るね」
「うん! いってらっしゃい」

 手を振る天使に見送られ、ベルは早速衣装データの中から水着を探し出す。几帳面な弘香がデータを整理しているおかげですぐに見つけられた。しかし思ったより水着のデザインが多く、ベルは一瞬真顔になってしまう。

「なんでこんなに種類が……。ヒロちゃん、ベルをどうしたいんだろう……」

 ハイネックビキニに、バンドゥビキニ、タンキニ、ワンショルダータイプやオフショルダータイプに、フリルビキニ、ワンピースビキニと各種用意されている。
 そのあまりにも用意周到な品ぞろえにベルは眩暈を覚えるが、逆に言えば選り取り見取りということだ。一つしか用意されていなければ、露出度や色柄の好み関係なしにそれを着なければいけない。
 そう考えるとこの品揃えはある意味弘香なりの優しさなのかもしれない。と複雑な気持ちになりながらも水着を選び、纏っていたワンピースを脱いだ時だった。

「知くん、ここにいる――――え?」
「え?」

 浴室兼プールからここが扉続きになっているように、廊下からも当然脱衣所に来ることが出来る。まさかベルがいるとは思っていなかったのだろう。ノックをすることも忘れて竜が扉を開ければ――竜と共に、彼の背後にいたAIたちまでもが口をあんぐりと開けてベルと見つめ合った。

「「「ご主人様!!!」」」

「わあああああ!!! ご、ごめ、ごめんベル、っていったああ!!」
「え?! え、ちょ、大丈夫?!」

 ガゴン、ガツンッ、と勢いよく扉を閉めた後に聞こえてきた大きな音に咄嗟にベルが閉じられたばかりの扉を開ければ、床に置いていたブロック型の何かに足を思い切りぶつけたらしい。
 竜が震えながら蹲っていた。

「だ、大丈夫?」
「だ、だいじょうぶだから……そのカッコウで、出てこないで……」

 震える竜はベルの方を向いているわけではない。だが飛びだしてきたタイミングからしてベルが未だに下着姿であろうと予測したのだろう。
 実際ベルは「へ?」とキョトンとした後、自身の格好を見遣り――

「わあああああ!!!」

 まるで先程の竜のように叫んだかと思うと脱衣所へと逃げ込んでいく。その間にAIたちはベルの傍に行けばいいのか、足を強打した主人の傍にいればいいのか分からず狼狽える。

「ご、ご主人様、大丈夫ですか……?」
「だい、だいじょうぶ……あしは……」

 足は。とAIたちが頭の中で一斉に復唱する。
 つまり精神的には強打した足以上にダメージを受けたと言うことだ。AIたちは互いに視線を交わし、半分がベルの元へ。半分が竜の元に残ることを決めた。

 そうして僅かに開けた隙間から脱衣所へと乗り込めば、全身を赤く染めた下着姿のベルが蹲って唸っていた。

「まるでご主人様がもう一人いるみたい……」
「でも、どうしてここにベルが……?」

 首を傾けるAIたちの疑問に答えるかのように、天使姿の知が「どうしたの?」と声を掛けながら脱衣所に入ってくる。それにギョッとしたのはAIたちだ。
 すぐさま天使に向かって「もう一人のご主人様!」と声を掛ける。

「女性の更衣室に入ってはいけません!」
「おかげでご主人様の足が……!」
「え? 竜の足が、どうしたの?」
「いいから早く出ましょう……!」

 AIたちに押されるようにして天使が脱衣所から姿を消す。そんな天使には片や脱衣所の中で蹲ったまま動かず、片や廊下で放心していたなど、悪気のなったため分かるはずがなかった。

 その後AIたちの必死の説得により竜はフラフラと立ち上がり、うっかり見てしまったベルのあられもない姿を記憶から消そうと壁に頭を打ち付ける。勿論AIたちが必死に止めようとしたが、その声すら耳に入っていなかった。

 もう一方でベルもようやくショックから立ち直り、ボタニカル柄のショートパンツに、白のハイネックビキニへと着替える。その足は生まれたての小鹿の如くプルプルと震えていた。

「だ、大丈夫ですか……?」
「ダイジョバナイ……」

 全身を真っ赤に染め、震えるベルがよろよろと脱衣所の扉を開ける。そこでは浴場に水を張った臨時プールの中で遊ぶ天使がいた。

「ベル、なにかあった?」
「あ、あった……ねえ……」

 思い出した途端、更にベルの顔が赤くなる。そして一度ログアウトして夜空を眺めていた恵こと竜も、もう一度ベルに謝った方がいいよね……。と判断し戻って来た。

「べ、ベル……その……さ、さっきは……」
「い、いいよっ。わざとじゃないのは、わかってるし……」

 わざとであってたまるか。と内なる恵が一瞬叫びそうになったが、グッと堪えて首を横に振る。幾らベルが仮想世界のアバターとはいえ、十四歳の少年に美女の下着姿は刺激が強すぎた。

「ごめん……! 本当に、ごめん……!」
「い、いいよ、大丈夫だから……。わたしこそ、その、ごめん……。まさか男性用の脱衣所だとは思ってなくて……」

 よくよく考えてみれば男の子である知が示したのだから、男性用か女性用か確認すべきだった。そう言って反省する竜を励まそうとしたベルではあったが、ここに来て天使が「あ」と声を上げた。

「更衣室は、男と女、二ついる!」
「「知くん!!!?」」

 この発言には二人も驚きである。まさかまさかの、一つしか用意していなかったパターンだとは思っていなかったのだ。
 唖然とする二人に、知は「だって……」とすまなそうに声のトーンを落とす。

「ボクたちのまわり、男しかいなかったから……」
「あ」

 ここでベルは口元に手を当てる。思い返せば二人も自分と同じで母親がいないのだ。そのうえこの城でもベルが来るまでは二人で暮らしていた。ならば「女性用」と銘打つものを作り忘れていても無理はない。
 何せ知はまだ子供で、プロの設計士でも何でもないのだから。

「じゃあ、今から作ってくる」
「今から?!」

 くるりと背を向け、早速改造しようとする竜にベルが慌てて声を掛ける。何せうっかりで見てはいけない姿を見てしまった竜である。何かしていないとそればかり思い出しそうで気が気でなかったのだ。
 だがベルこと鈴は、こういう時こそ『頭を冷やすべき!』と、こちらはこちらで微妙に検討違いのことを考えていた。

「りゅ、竜も一緒にプール(?)に入ろう!」
「え?!」
「ほ、ほら! 冷たい水に浸かれば、頭も冷えるかもよ?!」

 本当に何を言っているのだろうか。
 鈴はベッドの中で頭を抱えるが、言われた竜はそれどころではない。よくよく考えずとも、この城の中にはベルと知しかいないのだ。更に言えば――大変今更ではあるが――ベルはドレスではなく水着を纏っている。
 竜は途端に思考回路が熱暴走を初め、グルグルと目の前が回り始める。

「ぷ、ぷーる? みず?」
「そ、そう! 水につかれば、頭も冷える!!」
「そう……か?」

 もうお互いダメである。
 竜も目を回しているが、ベルも青い瞳の奥はグルグルと渦が巻いており、自分が何を言っているのかよく理解していない。
 そんなダメな年上二人を交互に見遣った後、一人だけ冷静なのに噛み合っていない天使だけが嬉しそうに「いっしょに、あそぼう!」と喜んでいた。


***



「………………」
「………………」

 ぱちゃぱちゃと、天使が水を弾く音だけが響いている。
 臨時プールに浸かった竜とベルは、今更ながらに何をどうすればいいのか分からず硬直していた。

(これ、今更だけどプールっていうより水風呂だよね?! 知くんは小さいから泳ぐのにも申し分ないとは思うけど、わたしと竜が泳ぐにしてはちょっと面積が心許ないっていうか……!)

 元より広い川で水遊びするのが地元民の嗜みである。だからこそベルこと鈴にとってこの臨時プールは水遊びをするには小さすぎて『泳ぐ』以外の遊び方が何も思い浮かんでこない。
 対する竜はどうなのかと言えば、ぼーっと天井を見上げていた。完全に心ここにあらずである。

「りゅ、竜……?」

 意を決してベルが隣にいる竜へと声を掛けるが、竜はぼーっと口をあけたまま瞬きすらしない。
 コミカルな漫画であれば今頃竜の口から魂が抜け出ていたことだろう。
 それほどまでにぼんやりとしている竜の元に、背泳ぎをしていた天使が近付く。

「竜。竜も、泳ごう?」
「……え? な、なに?」
「泳ごう」

 ぺちぺちと天使に鼻先を叩かれ、その感触と冷たさにようやく意識が戻ったらしい。竜が驚いたように瞬きしながら天使を見遣る。
 どうやら二人とも動かないから退屈らしい。天使が再度「泳ごうよ」と誘うが、竜は軽く浴場を見回し、首を振る。

「知くん。僕には小さすぎるよ」
「そう?」
「うん。泳いだら水がなくなるから、僕はいいよ。ベルと遊んでおいで」

 マントやシャツを脱いではいても、流石に下は脱げなかった竜である。幾ら仮想世界とはいえ、女性の前で恥を晒すわけにはいかない。
 そんな竜の葛藤など端から頭になかったベルは天使に誘われるままおずおずと泳ぎだす。川遊びに慣れている鈴からしてみれば小さく見える浴場プールも、普通の浴場と比べれば圧倒的広さである。
 それに天使と共に軽く水の中に潜り、壁を蹴った勢いに任せて浮けば次第に心が落ち着いてくる。

「ベル、楽しい?」
「うん。それに、気持ちいい」
「げっほ」

 ベルの心からの感想に、何故か竜が噎せる。どうかしたのかとベルが水から体を起こせば、すぐさま「なんでもない」と言わんばかりに片手を振られる。

「恵くん、大丈夫? カゼ?」
「ううん。違うから。大丈夫だから。知くんは遊んでて」
「わかった」

 ふよふよと竜に近付いた天使だが、いつもと変わらぬ竜の返事にすぐに頷いてベルの元に戻って来る。
 その間にAIたちがビニール製のボールを作り出し、ベルと天使はAIと一緒にビーチバレーのようにボールを跳ね上げて遊びだす。

「えいっ」
「やあ!」
「みんな上手だね! はい、パス!」

 ぽん、ぽん、声を掛け合いながらボールを回す。途中落としても誰も咎めることはせず、再びボールを上げて遊ぶ。
 そんな穏やかな光景に次第に竜も冷静さを取り戻しつつあった。

(そうだ。ベルが意識してないなら、僕が過剰に意識するのは失礼だ。自意識過剰とも言うし、ちょっと神経質になりすぎてたのかも)

 ベルも知も知らないことではあったが、実のところ恵の学校ではタイムリーな話題でもあった。何せとある学年の男子学生が女子更衣室を覗いた。という話が出回っていたからだ。
 小学生の頃と比べ、少しずつ異性を意識し始める年頃である。早ければ精通を終わらせている子も既にいる。恵としてもまだ何も知らない知には黙っておきたい世界の話でもある。墓穴を掘るわけにはいかなかった。

「竜もあそぼうよ! 楽しいよ!」
「うん! 竜も一緒に遊ぼう!」

 先程のショッキングな出来事などすっかり忘れているのだろう。ベルが楽しそうに両手で掴んでいたボールを投げて来る。とはいえ、竜の両手は鋭い爪で覆われている。幾らデータで出来たボールとはいえ、破損する可能性がないとはいえない。
 そのため竜は普通の人間では出来ない方法でボールを返すことにした。

「ん」
「竜、あしかみたい!」
「あははっ! 竜、そんなこと出来るの?!」

 ぽーん、と飛んで来たボールに対し軽く首を上げ、鼻先でボールを押し返す。まさしく水族館のアシカだ。悪名に反しその姿は滑稽ではあったが、どうせこの場には身内とベルしかいないのだ。今更取り繕う気も起きない。

「はい、知くん!」
「えいっ」
「よっ」
「竜、どうやってコントロールしてるの?」
「勘。かな」

 ぽん、ぽん、とAIたちにもボールを回しながらラリーを繋いでいく。だがずっと遊んでいて疲れたのだろう。知が投げたボールが思わぬ位置へと飛び、ベルは咄嗟に身を乗り出してボールを取ろうと上体を投げ出した。

「危ないっ!」
「わっ!」

 ザバン! と大きな音を立ててボールをキャッチしたベルの体が水の中に沈み込む。だがその体は大きな体躯に抱き留められており、どこかに体を打つようなことにはならなかった。

「ぷはっ! ご、ごめん、竜……! 大丈夫?!」
「僕は平気……。それより、ベルは大丈夫? 怪我、してない?」
「うん。大丈夫」

 ボールを頭上に掲げ、眉を八の字に下げて笑うベルに竜はほっと息をつく。が、すぐさま自身の体とベルの体が隙間なく密着していることに気付き、グンッと体温が急上昇した。

「べ、ベル、その……」
「あ。ごめん。重かったよね」
「そんなことはないけど……」

 それ以外のことが大問題で。とは口が裂けても言えない。元より裂けて見えるほどに大きな口だろうと言えない。
 Azの向こう側で竜のオリジンである恵が顔を赤くしているなど思ってもいないのだろう。ベルはするりと浮力を借りて竜から離れる。

「疲れた」
「ずっと遊んでたもんね。今日はもう休もうか」
「うん。ベル。また遊ぼう」
「うん。また遊ぼうね」

 弟を可愛がる姉のように微笑むベルに、天使は嬉しそうに頷く。そうしてぷるぷると水を払うように体を動かすと、そのままログアウトした。
 そして残されたのは二人だけ――。

「…………ベルも、もうあがった方がいいんじゃない?」
「あ。そ、そうだね。じゃあ、き、着替えてくるね」

 着替える。という単語で先程の件がフラッシュバックしたのだろう。ベルの白い肌が赤く染まる。だが今はその姿は水で濡れており、非情に――言葉としては最低だが、扇情的で欲望を覚えずにはいられなかった。

「あああああ!」
「りゅ、竜?! どうしたの?! どこか痛いの?! 苦しいの?!」
「な、なんでもない……なんでもないから……!」

 ブンブンと突然頭を振り乱した竜に咄嗟にベルが手を伸ばすが、竜は水浴びを嫌がる犬のように浴室を飛びだし、そのまま駆けて行く。
 そうしてガン、とかゴン、とかガッシャーンと、様々なものにぶつかりながら破壊しながら、竜はどこかへと行ってしまった。

「…………ええ…………」

 一人取り残されたベルはぽかんと、様子のおかしかった竜を見送るが、ここにずっと残っていても仕方ない。
 腑に落ちないと思いながらも脱衣所へと赴き、AIが用意してくれていたタオルで水気を拭きとってからワンピースを纏った。

「ああああうううう…………」

 ベルが着替えを済ませた後に城を去り、そのままログアウトしたことも知らぬまま恵はベッドの中で一人頭を抱えていた。
 ちなみに知は既に眠っており、夢の中だ。

 恵は抑えられない呻き声を枕に吸い込ませながら頭から布団を被り、どうにもならない熱暴走に一晩中悩まされる羽目になるのだった。



終わり



 鈴は時々竜に下着姿を見られたことを思い出しては恥ずかしくなるけど、恵に比べたら思い出す頻度が少ないのでそこまでショックを引きずってはいないです。
 恵くんは……。ごめんね、頑張って。って感じ。



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