- ナノ -

SSS

*今まで書いた短い話を纏めました。繋がりはないです。
(以下本文)



*竜→ベル


 キミを抱きしめたい。と言ったら、キミは恥ずかしそうにしながら――困惑しながらも腕を伸ばしてくれるだろう。
 ああ、だけど。そうじゃないんだ。
 キミの特別になりたいボクは、慈愛でも博愛の抱擁も欲していない。
 欲しいのはキミだけ。キミだけなんだ。

「……閉じ込めてしまえればいいのに」

 クジラに乗る姫君に、竜の手は届かない。


end



*恵←鈴

 鈴は自分の事を『恋多き女』だとは微塵も思っていない。それでも、最近は忍以外の男性のことばかり考えてしまう。

『――ベル』

 優しく耳朶を打つあの声と、ベルを見下ろすハチミツ色のあたたかな瞳。
 ことあるごとに大きな手で自分を守ってくれるあの腕も、鋭い爪も、尖った牙も――彼を形成するすべてが鈴の頭を占めていく。

「……会いたい、な」

 眠たくなる授業の合間、鈴はクルリとペンを回し、彼の名前をノートに綴った。


end



*付き合ってる恵鈴

 鈴は髪が長いわけでもないが、短すぎるわけでもない。入浴時には結ぶし、暑ければやっぱり結ぶ。
 だが滅多に人前では見せなかった。そのため、鈴が無意識に髪を上げた時――自分を食い入るように見つめる恵に気付いてビクリと肩を揺らした。

「え、っと……どうかした?」
「え? あ、いや! なんでもない……」

 本当にそうだろうか? 首を傾ける鈴がじっと見つめれば、年下の恋人は徐々に視線を逸らしていく。

「……ごめん。その……うなじが、いいな、って……」

 思ったより俗なことを考えていた恋人に呆気に取られたものの、鈴はすぐに笑って赤くなる恋人の目の前で髪を結んだ。


end


*薄暗い恵鈴(正直わけわからん話)


「海が見たいな」

 年齢を重ねる毎に水遊びとは縁遠くなっていく。特に鈴はこの手の遊びが苦手だった。
 そんな伴侶の珍しい呟きに、隣を歩いていた恵は目を見張る。

「海、行きたいの?」
「うん」

 初めて会った時より伸びた髪が夜風と踊る。
 今は会社の飲み会に参加した鈴を迎えに来た帰りだった。帰路を辿る足はしっかりしているものの、月を見上げる顔はどこかぼんやりとしている。

「夜の海に行きたい」
「危ないよ?」
「平気だよ。だって恵くんがいるもん」

 全幅の信頼を寄せられたことに喜びたい気持ちはあるが、過保護な面がある恵は心を鬼にして「明るい時にしようよ」と返す。
 だが鈴はクルリとその場で一回転すると、恵の手を握って駅へと続く道を進んだ。

「今から行こう」
「え?! ちょ、鈴さん?!」

 慌てる恵だが、振り返った鈴の顔を見て口を噤んだ。

「――今なら逢える気がするの」

 今にも泣きそうな顔で、無理やり作られた笑みに恵はギュッと細い体を抱きしめる。
 彼女を止める言葉も慰める言葉も、終ぞ出てこなかった。


end


『5センチメートル』をお題に三部作。恵鈴。

 1

 ヒールが高い靴を履くのは、本当は得意じゃない。
 だけど今日は久しぶりにあなたと会うから、ほんの少しだけ、背伸びがしたいの。
 初めて会った時よりうんと背が高くなった君と同じ目線に立ちたいから。君と同じ景色が見たいから。
 だけどツンと尖った高いヒールは流石に買えなくて、スニーカーより少しだけ背の高い、この靴を選んだの。
 わたしの勇気、五センチメートル。
 届くといいな。君の心まで。


 2

 慣れない靴は履くものじゃない。もしくは慣らしておけばよかった。
 君とのデートで背負われて帰るなんて、恥ずかしいにもほどがある。
 それなのに君は笑って許すから――力持ちになった腕で簡単にわたしをお姫様抱っこしてベッドまで運ぶから、ちょっと悔しくなって君に向かって靴を差し出す。

「脱がせて」
「いいよ」

 まるで王子様みたいに跪いて、恭しいまでの丁寧な手つきで踵に触れる。

「ねえ」
「うん?」
「脱がせるのは、靴だけ?」

 わたしの勇気、五センチメートル。
 驚く君の心に、ちゃんと届けばいいな。


 3

 パンが焼ける香ばしい匂いに、初めて作ったいちごジャムの甘酸っぱい香りが部屋いっぱいに広がって、ちょっといい気分。
 コンロに掛けたフライパンの中ではパチパチと音を立てて目玉焼きが焼けている。
 外は快晴。空は青くて雲は白い。
 当たり前の朝。
 だけど、今日はいつもと違ってちょっと特別。

「恵くん。朝だよ」

 勇気を出した五センチメートル。驚く君が詰めてくれた、私との距離。
 離れていても分かってたよ。本当はずっと、君もわたしを好きでいてくれたって。

「う、ん……すずさん……?」

 寝ぼけた君が眠そうな顔で見上げて来る。その距離はきっと、やっぱり、変わらない愛しさの距離。五センチメートル。


end


*フォロワーさんの竜ベル結婚イラストを見て書いた話。三次創作。


 鐘の音が聞こえたの。
 あなたと瞳が合った時。あなたの心に触れた時。あなたと、初めて想いが重なり合った時。
 きっとあの瞬間わたしは産まれたの。サナギが蝶になるように、あなたの元に行きたくて、ようやく殻に閉じこもっていたわたしは世界に羽ばたけた。

 もう怖くなんてない。今ならきっと天使にだってなれるわ。
 だってあなたに恋≠しているから。

 あの鐘の音が祝福してくれたように、これからはあなたの手をとって一緒に飛ぶわ。
 世界をぐるりと一周して、そうしてあなたの腕の中に帰ってくる。
 だからあなたも帰ってきてね。わたしはいつだって、この手を広げて待っているから。


end


*上の話の竜Ver.

 この世に本当に『奇跡』が存在するのなら、それはきっと君の形をしている。

 世界中の人たちに伝えたい。
 だってこの世で一番の『幸せ』を手に入れたから。

 運命を切り開いた女神の歌声が今夜も降り注ぐ。祝福の鐘の音と共に、クジラに乗ってやってくる。
 彼女に微笑まれたら溶けてしまう。分かっているのに手を伸ばす。
 ああ、君の背中に翼が生えたなら、きっと僕の手の届かないところまで行ってしまうだろう。
 だけど不思議なことに、僕は君が僕のところに戻ってきてくれるって、信じて疑っていないんだ。

 世界中の人たちに伝えたい。

 息が詰まるほどの眩しさを――愛を、僕は今日、手に入れたから。


end



*事後恵鈴

 ガリッ、と裸の背中に爪を立てる。途端に「いたっ」という声が零れ出て、見開かれた瞳がこちらを振り返った。

「な、なに?」
「なんでもないよ」
「じゃあなんでひっかいたの?」
「ひっかいてないよ」

 ただ、わたしという存在をあなたに刻み付けたかっただけ。

 いつだって人の視線ばかり奪ってしまう憎らしいあなたが――憎らしいのに愛おしくて、大事にしたいから傷をつけるの。
 この可愛い人はわたしのだって、彼を見つめる人たちにも分かるように。

「恵くんの心臓の音、好きだよ」
「……心臓の音だけ?」
「ふふふ」

 ほら。こんなに可愛い人だから。誰にも渡したくないの。偉い人に言われても、絶対にあげない。
 だから今夜も刻み付ける。あなたにわたしという存在を刻み付ける。そうしてこの先もずっと、わたしを傍で感じ続けて。

「好きだよ、恵くん」

 あなたの背中に名前が書けたらいいのに。
 そんなことを思いながら、拗ねたような顔をする恋人の耳に噛みついた。


end


*ちょろい竜(竜ベル)

 竜の手が君の手と同じくらいの大きさだったらよかったのに。
 そうしたら他のAsたちみたいに手を繋げたのに。今の俺は君の手のひらと指先だけしか重ねられない。
 握ることの出来ない大きすぎる手を、触れることしか出来ない指先が悲しくて口を噤めば、君はニコリと笑って口にする。

『――違いがあるから魅力的なんだよ』と。

 それにわたしはあなたの大きな手がとても好きよ。と言って微笑んでくれた君に、やはり大きな手も悪くない。そう思ってしまった自分はやはり現金なんだろう。


end


*「あなたにキスがしたい」から始まる竜ベル/恵鈴


「あなたにキスがしたい」
「え?」

 ふと会話が途切れた瞬間、脈絡もなく投げた言葉に金色の瞳がまあるく開く。猫のような瞳に映るのは、どこか楽し気に微笑む自分の顔。

「からかってるわけじゃないよ」

 スッと伸ばした指先が、拒まれることなく彼の頬に触れる。
 数多の数字で作られたポリゴンの体を飛び越えて、その向こう側にいる少年の驚きや動揺が触れた指先から伝わるようだった。

「――いつか、触れさせてね」

 一とゼロの狭間を飛び越えて、いつか本物の唇に触れてみたい。
 徐々に赤くなる竜の唇を指先で撫であげながら、そっと心の中で呟いた。


end


*唐突に浮かんだ竜ベル


「俺は醜いだろう」

 鏡の前に立つあなたは嗤う。けれどその顔は嘲笑というよりも泣き笑いのようで、思わず笑ってしまった。

「大丈夫よ。何も心配しないで」

 例えあなたの姿が人でなくても、あなたが私にとって唯一無二であることに変わりはないのだから。
 だから大丈夫。大丈夫よ。私の王子サマ。どうかそのまま、私だけの王子サマでいてね。


end


*竜にプロポーズするベル


 出会ったばかりの私たちは幼すぎて、手が触れるだけでもドキドキした。
 だけど一つ、また一つと歳を重ねていくごとに指だけじゃ足りなくなって、ある時ピョンと、二人の間に引いていた見えない線を飛び越えた。

 満点の星が光り輝く夜。月が隠れている間にシーツで体を包んで、あなたと二人、眠れない夜を過ごしたね。
 鋭く尖った爪先も、私の肌を辿る吐息も、全部震えていたのを覚えているよ。
 まるで夜を怖がる子供のようだと思ったけれど、私に触れる全てが熱くて、抱きしめられただけでも「溶けてしまいそう」と思うほどだった。

 ……うん。もし、本当に二人が溶けて混ざり合って一つになれたら、きっと、どこか満たされた気持ちになるんだろう。
 だけどやっぱり二人分かれている方が、楽しみも、悲しみも、分かち合えて素敵だよね。

 この先いつか、あなたと夜を過ごすのが「当たり前」になって、あなたと触れ合った回数が数えきれないほどに増えたとしても、今ある『非日常』が、いつか『日常』に変わったとしても。
 私はずっと、あなたを想い続けるよ。

 だから眠れない日は私を呼んで。悲しいことがあったら私に話して。嬉しいことがあったら分かち合って、苦しいと時は支え合おう。
 一人でいる寂しさに慣れないで。一人でいる悲しさを忘れずに、二人でいる楽しさを一緒に覚えよう。

「なんだかプロポーズみたいだね」
「ふふっ。竜ったら鈍いのね」

 ――だって、今私は本気であなたにプロポーズしているんだから。

 そう返した私の答えにびっくりして、器用にベッドの中で跳ね上がる大きな体に笑みを返した。


end


*ベルにプロポーズする竜


 人を恋しく思う気持ちを、キミと出会うまで僕は本当の意味で理解していなかったんだと気付かされた。

 現実から遠く離れた電子の世界で、キミの声に初めて触れた時、ビリビリと雷に打たれたような衝撃が体中に走ったことを覚えてる。

 出会い方は決していいものではなかったけれど、初めて見た時のお互いの瞳は疑念と不安でいっぱいだったけれど、キミは、諦めずに逢いに来てくれたよね。
 当時はすごく疑っていたけれど、あれは、キミにまで嫌われたくない。っていう、恐怖の裏返しだった。
 どうせ嫌われるなら、初めから裏切られると信じて疑っていなかったから、……嘲笑しに来たのかと、思っていたから。

 キミに酷いことを言って怖がらせたことを、今更だけど謝らせて欲しい。
 だけどキミは僕が予想していたよりもずっと強い人で、何度も何度も、諦めずに逢いに来てくれたよね。僕の痛みに、触れて、共感してくれた。

 嬉しかったよ。
 だけど同時に、何も返せない自分がイヤにもなった。

 キミを好きになれば好きになるほど本当の自分が情けなく思えて、この姿の時みたいに強くいられないことが悔しくなった。

 ――ベル。キミを想う時間だけが、僕の救いだった。キミの歌声を聞いている時だけが、僕に許された自由な時間だった。
 キミへの想いを自覚してからは、この胸が今までとは違った痛みに支配されて壊れてしまいそうだとも思ったけれど、だけど、やっぱりキミを思っていられる時間は幸せだったよ。

 ……ううん。今でも幸せだよ。キミが、こうして僕の腕の中にいてくれることが、なによりも嬉しい。

 ベル。キミはこの世界で沢山のひとに愛されているけれど、この世界の向こう側にいる本当のキミを、僕は抱きしめたい。例え姿が違っても、キミはキミだから。
 だから、ねえ。ベル。いつか必ず会いに行くから。それまでこの指は誰にも渡さないでいて。僕以外の人から何も受け取らないで。必ずキミに似合う指輪を用意して迎えに行くから――

「待っていて。約束だよ」

 海より碧い瞳を丸くして、それでも何度も頷いてくれた愛おしい人の左手にそっと口付けた。


end


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