- ナノ -

「俺を見るな」と竜は吠えた

タイトルだけ見るとシリアスっぽいですが、ところがどっこい。最初から最後まで頭悪いアホ話です。脳内お花畑がそのまま文章になって出て来た感じです。山も落ちも意味もないです。
お時間があるうえで、更には「何が来ても大丈夫」な方向けのおバカなお話なのでお気を付け下さい。




 日々様々な技術やコンテンツがアップデートされている『U』の世界に、試験的にあるシステムが追加された。

「リアクションシステム?」
「そ。なんでも『U』を通して喜怒哀楽を表現するエフェクト効果だって」

 午後の気だるい授業もすべて終え、弘香と共に廃校の一室で今後の活動について話し合っている時だった。『U』から告知された内容を読み上げながら弘香は胡散臭そうな顔で頬杖を付く。

「嬉しいとか、楽しいとか、そういう前向きな感情の時は花とかが舞うんだってさ。なーんかガキくさくない? 何で今更こんなシステム導入するんだか」
「まあまあ。きっと子供たちの登録数が増えたからだよ」

 ベルがアンベイルされる前。竜が世界中のヘイトを集めていた頃、子供たちが『U』にログインすることを多くの保護者が拒んだ。中にはデバイスそのものを取りあげる家庭もあり、一時期『U』の中から高校生以下の子供たちのログイン率が低下していたことがある。だが今ではそれも落ち着き、加速度的に未成年者の登録が増えているのだ。
 ネット社会である昨今では小学生であろうともスマートフォンを持ち、パソコンを駆使して授業を行う。だからこそ子供たちでも楽しめるよう『U』も試行錯誤しているのだろう。

「私たちユーザーの感情を言葉だけでなくエフェクトを加えて表現するのが目的、って言われてもねえ……」
「竜に対するネガティブな発言が多かったからね。運営としても『U』を健全な場所だ、って示したいのかも」
「まあ、ジャスティスみたいなのがまた集まって変な権力を振りかざしても問題だし、竜みたいなダークヒーローばかり増えても問題だし、運営も苦肉の策、って感じか」

 ジャスティンの行き過ぎた正義により、一時期『U』は非常に不安定な場所になった。
 淘汰する者とされる者。“正義”という名の暴力は様々な軋轢を生んだ。

 確かに竜の行いは笑って許されるようなものではなかった。だが竜を巡る一連の事件が一人の少女を全世界に晒すほどの大事件にまで発展したのだ。極秘裏に行われた竜のオリジンに対する調査もあり、運営側も鈴と恵の境遇に配慮したのだろう。
 しかしこれだけ革新的な技術を持った『U』ならばもっと他にやりようがあったのではないか。と弘香としては不服であった。
 そんな弘香の考えが理解出来るのだろう。苦笑いしながらも鈴が控えめに口を開く。

「それに、ほら。今“竜”は子供たちに人気だから」
「あー、そういえばそうだったわね」

 鈴の言葉に弘香も『U』の現状を脳裏に思い浮かべる。

 竜の正体を暴こうと一時期『U』の秩序は乱れに乱れた。その最たるものが竜を擁護する子供たちを、いい歳した大人たちがこぞって嘲笑したことだ。
 そうはいっても当時の竜の行いは褒められたものではなかった。だからヘイトが集まったのも頷ける。だが竜に対する鬱憤を子供にぶつけるのは決して許されることではない。
 他にも竜を使った売名行為も横行し、裁判沙汰にまで発展した事件もある。それを考えれば保護者たちの警戒ラインを引き下げるためにも、この『感情をよりマイルドに伝えるシステム』が導入された可能性は否めない。

「考えてみれば竜って結構な悪役顔だしね。子供たちに泣かれても困るか」
「もう、ヒロちゃんってば。悪役顔なんて失礼だよ」

 あっけらかんと毒を放つ弘香に鈴が釘をさすが、弘香の言葉はある意味的を射ている。
 ダークヒーローどころか完全な悪役だと思われていた頃の竜は誰に対しても心を開かず、孤高の存在として君臨していた。
 三百戦を超える試合数に加え、その殆どを勝利で飾った絶対的な王者。
 幼い子供たちにとって『強さ』は正しく『正義』だ。ダークヒーローだろうと強くて格好良ければそれが正義である。だからこそ竜は子供達から尊敬の眼差しを向けられていた。

 だが幾ら子供たちが尊敬の眼差しを向けようと、データの復旧が出来ようと、竜のプレイスタイルや傍若無人な振る舞いに関しては弁解の余地がない。
 実際寄せられる意見の多くはネガティブなものだった。そんな中でも子供たちだけは必死に竜を擁護し、憧れを持ち続けた。

 その後すぐにベルのアンベイル事件が発生し、ジャスティスたちの横暴な態度や行動にも抗議の声が上がった。
 様々な要素がかみ合った結果、今は竜に対するネガティブな意見は下火になっている。
 むしろベルと交流する姿を多くの人が目撃することで「もしや竜もベルのファンなのでは?」という声が上がりだし、今では「ベル相手には大人しい」とか「子供相手には力加減をしている」などの批判以外の言葉も増えてきた。
 現に試合を申し込まれても以前のようにデータが破損するような戦い方はしていない。
 背中の痣も随分減ったことから竜に対する偏見や誹謗中傷は抑えられつつあった。

 そんな中行われたのが、今回のリアクションシステムの導入である。

 恐らくこれを機に謎に包まれた竜に少しでも親近感を持ってもらいたい。と運営側も考慮しているのだろう。鈴はそう考えていた。

「まあ、竜はベルと天使相手には激甘対応だからね」
「子供にも優しいよ?」
「あれは優しいっていうより力加減覚えただけでしょ。ゴジラがモスラになったところで怪獣は怪獣だよ」
「系統が全然違うと思うんだけど……」
「デカくて強けりゃ大概怪獣だよ」
「えぇ……。横暴……」

 辛辣な弘香に鈴は「もう少し優しくしてあげても」と思わなくもないが、弘香としてはこれが通常運転である。むしろ何も知らない人々に比べれば竜に対して憐憫の情もあり、竜のオリジンである恵たちの家庭環境も知っているだけにそれなりに言葉を選んでいるつもりではあった。
 だが元々が人の数倍毒舌な弘香である。多少マイルドになってもその辛口ぶりは健在で、鈴は苦い顔をするばかりだ。

「ま、なんだかんだ言ってベルのボディガードみたいなこともしてくれてるしね。私なりに譲歩してるって」
「もー。素直じゃないんだから」
「ふん。これ以上なく優しい弘香様に竜は感謝すべきよ」

 口ではつれないことを言っているが、実際竜のおかげで見境なくベルに群がろうとするAzは激減している。
 アンベイルされた後は暫く大人しくしていた鈴ではあるが、『もう一度ベルに会いたい』という声が世界各国で上がった。それは実際に署名活動にまで及び、現実世界で人目を避けて過ごしていた鈴であっても顔を出さずにはいられなかった。
 その時弘香があらゆるスポンサーやシステムを駆使して万全の警備体制を敷いてはいたのだが、それでも鈴は最後の一歩が踏み出せずにいた。

 そんな時だ。恵から初めて『U』を通さずに連絡が来たのは。

『ベル、Uに戻るってニュースに出てたけど、本当?』
『うん……。なんだか大事になっちゃって、わたし自身驚いてるんだけど……』

 鈴が恵と知に会いに行ったあの日、彼の父親から二人を守り抜いた鈴は改めて恵と連絡先を交換していた。
 暫くの間は互いに変化した環境の対応に追われて連絡出来ずにいたが、流石に『ベル』が復帰するとなれば連絡をせずにはいられなかったのだろう。
 好意的に見られていたベルと違い、世界中からヘイトを集めていた竜だ。人々の視線に晒されることがどういうものなのか。身を以って知っているからこそ『見ない振り』は出来なかった。

『ベルは、Uに戻りたい?』
『うーん……。今は、まだ……なんとも言えないかな。歌うことは好きだし、皆の声に応えたいとは思うけど……』

 元より内気な性格で、人前に出るのは勿論、大勢の前で話すことも苦手だ。
 それに加え『U』では既に素性を晒している。今のベルに対しどんな目が向けられるか、正直不安しかなかった。

『……じゃあ、僕が一緒に行くよ』
『え?』
『僕が、竜が一緒にいれば、立ち向かってくるやつもいないと思うから』

 鈴が『U』の世界で素性を露にし、恵たちに向けて歌って以降竜は『U』の世界に出現していない。
 まるで幻だったかのように消息を絶っていた竜がベルの隣に立っていればどうなるか――。流石の鈴もこれには顔を青くした。

『ダメだよ! もし竜に反感を持つ人がいたら、何をされるか分からないんだよ?!』
『大丈夫。竜の強さは、心の強さだから。今回はベルを守るためだけに戦う。だから、絶対に負けない』
『え、ええ……』
『もちろん、ベルを危険な目にあわせたりしないよ』

 その後どれだけ説得しようと試みても恵は一向に諦めず、最終的に弘香に泣きついた鈴だったのだが――

『は? 竜がボディガード? 何それ絶対話題になるやつじゃん!! これを使わない手はないでしょ!』
『嘘でしょヒロちゃん?!』
『ヒッヒッヒッ。最低と最高のコンビとか美味しいじゃん。謎に包まれた竜と歌姫ベルの姿はまさしく美女と野獣! 食いつかない奴らはいない!』
『な、何言ってるの、ヒロちゃん!? 竜をダシにするなんて、わたしヤダよ!』
『そうは言ってもね、鈴。これはチャンスだよ。例えベルに興味がなくても、竜につられて集まってくる奴らは絶対いる。勿論「百パーセント危険がない」とは言えないけど、ベルと親しくしていることで竜に対するネガティブな意見が減る可能性はあるよ』
『そ、それは……そう、かも……しれない……ような、気もしなくはないけど……』

 弘香のじっとりとした視線に、鈴は思わず両手をあわせてもじもじと所在なさげに体を揺らす。
 ここまでくればあと一押しだと、弘香はキラリと眼鏡を光らせながら畳みかけた。

『鈴だって竜のネガティブキャンペーンどうにかしたいんでしょ? だったら鈴が“ベル”として、竜と親しくする姿を見せて「危険はないです」「本当はいい子なんです」ってやってれば、ベルを全肯定する熱烈なファンぐらいは意見を変えてくれるんじゃない?』
『で、でも……』
『千里の道もまずは一歩から! それに、その子から言い出したことなんでしょ? だったら聞いてあげなよ』
『へ?』

 どこぞの社長が使用していそうな豪華なオフィスチェアに背を預けながら、弘香は大型ディスプレイモニターを振り仰ぐ。

『今まで“誰かを傷つける”ばかりだった竜が、初めて“守りたい”って言ったんでしょ? だったら、守られてやんなさいよ』
『……! ヒロちゃん……!』
『ま、ベルを守り切れなかった時はボディガード失格! ってことで。私はベルの味方だから、チャンスはこれっきり! 契約更新はなしの方向で進めるけどね』
『も、もぉ〜! ヒロちゃん!』

 最終的には弘香に丸め込まれ、鈴は『ベルのボディガード』として竜と共に舞台に立つことになった。

 ベルと同じ時期に消息を絶っていた竜が、ベルと共に『U』に戻って来る。
 その話題は世界中で注目を集め、当日は一部のネット回線が落ちる程の注目ぶりだった。

 結果としてベルの復帰は多くのユーザーに喜ばれた。そして弘香の言う通り、ベルをエスコートし、終始彼女を守る“騎士”のように振舞い続けた竜にも――決して多いとは言えないが――好意的な意見を寄せる人も出て来た。
 爾来鈴は『U』にログインする際は必ずと言っていいほど竜と共に行動するように心がけたため、以前ほど竜に対するヘイトは減っていた。

「むしろ『竜の隠された一面』だとか、俗物的な記事が出て来た時点で皆に受け入れられてきた。って照明されたようなもんじゃん」
「そ、そうかなぁ……」
「良くも悪くもネットなんてこんなもんよ。ま、どちらにせよ竜は私たちのAzと違って表情の変化が分かりづらいから、ある意味ではいいかもよ?」

 そう言って紙パックのジュースを手に取る弘香ではあったが、鈴はいまいちその言い分が理解出来なかった。
 確かに出会った頃の竜は他人に対し心を開かず、常に警戒していたから表情も何もあったものではなかった。が、今では随分と柔らかな表情も見せるようになっていた。
 勿論弘香や鈴のAzのようにパッと見て分かるような顔の造りをしているわけではないが、それでも纏う雰囲気や、細められたり見開かれたりする瞳だけでも大体の感情は伝わってくる。
 鈴は自分よりも洞察力がある弘香がそれに気付いていないとは思えず、つい訝るような視線を向けてしまう。

「何よ。その釈然としない顔は」
「いや……だって……。竜って、普通に喜んだり、笑ったり、驚いたりするよ? ヒロちゃんも知ってるでしょ?」
「……鈴、あんた何言ってんの?」

 心底理解出来ない。という視線を向けられ、鈴はその予期していなかったリアクションに鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。

「だ、だって、ヒロちゃんも一緒にいたから分かるでしょ? 竜は、確かに私たちみたいにパッと見てすぐに『喜んでるな』とか『楽しそうだな』とかは分からないかもしれないけど、普通に声を上げて笑うし、怒られたらうちのフーガみたいにしょんぼりするんだよ?」
「……いやいやいや。ちょーっと待って、鈴。それ、絶ッッッ対にあんた限定だから」

 頭痛が痛い。もしくは『考える人』の彫刻像のように額を抑えて項垂れる弘香に鈴はムッとする。

「そんなことないよ! ヒロちゃんはわたしより目敏いんだから、絶対に見たことあるって!」
「ないない。なーいない。絶ッ対ない。それ絶対ベル限定だって。“特別仕様の竜”は」
「特別仕様って……。なんでそんな意地悪な言い方するかなぁ……。まあ、確かに最初は近寄りがたいかもしれないけど、竜は格好いいだけじゃなくて、可愛いところもいっぱいあるんだから!」
「かーーーーっ! 私は一体何を聞かされてるわけ?! 何?! あんたらそういう関係なの?! そうなの?!」
「そういう関係って何?!」

 互いに前のめりになって舌戦を繰り広げるが、お互いどうにも会話がかみ合っていない。このままだとヒートアップしたまま仲違いしそうだったので、弘香は一度大きく咳払いすることで気分を落ち着かせる。

「もういいわ。いや、本当はよくないけど。でももういいわ。とにかく、鈴は『竜は皆と同じで、可愛いところがあるんだよ』って言いたいわけね?」
「そう! それが言いたかったの!」
「はーーー…………。なんか疲れたわ……」

 ぐったりと机に伏せる弘香に対し、徐々に熱が冷めた鈴がおずおずと謝罪する。

「ご、ごめん……ヒロちゃんは何も悪くないのに……」
「いや……。いいよ。別に。あともうこの話はこれでおしまい。じゃないと私の精神がもたないから」
「う、うん」

 いつもより青白い顔で額を抑える弘香は、少し乱れた黒髪を手櫛で整えながらモニターの電源を落とす。

「ま、こうなりゃ実際に試してみるしかないか。鈴、あんたもシステム導入日にはちゃんとログインするのよ?」
「分かってる。ヒロちゃんも一緒に来てくれるんでしょ?」
「あったりまえでしょ。私はベルのプロデューサー兼マネージャーなんだから。一人で行かせるか、っつーの」
「えへへ。頼りにしてます」
「うむうむ。苦しゅうないぞ」

 胸を張る弘香に鈴も笑い返し、そのままシステム導入日までは穏やかに日々が過ぎて行った。

 ――そして迎えたシステム導入日――

 揃って『U』にログインした二人は、視界を占拠する数多のエフェクトに目を白黒させていた。

「ぶわっ、ちょ、なにこれ!! 邪魔なんだけど! 前見えないじゃん!!」
「うわぁ〜……綺麗……。……でも、ちょっと量が……多すぎる、かな……?」

 目の前に広がる花、花、花――。
 大振りなものから小さなものまで。色も形も様々な花があちこちで飛び交っている。

 かと思えば別の場所ではハートが乱舞し、また別の場所では音符が頭上を飛んで行く。

 まさしく“カオス”――。
 弘香は一瞬で顔から感情が抜け落ちた。

「うっっっっざ…………」
「こ、心が籠ってるねぇ……」

 はしゃいでいるのは、恋人たちだろうか。弘香のすぐ横でハートが乱舞し、更に弘香の不満ゲージが急上昇し、機嫌は急下降する。

「あーもうッ! うっざい!! 散れ! よそでやれ!!」
「ひ、ヒロちゃ、ふわっ?!」
「ベル?!」

 あまりの事態にブチ切れる寸前の弘香を宥めようとしたベルの視界を、突然数多のハートと花が占拠し踏鞴を踏む。

「ベルだ!」「ベルが来たぞ!」「ベルー!!!」「ベル、愛してる!!」「会いたかったよ、ベルー!!」
「うわわわわわっ……!」

 わらわらと群がるAzたち。そしてそのAzからあふれ出る様々な好意的なエフェクトが上下左右から、縦横無尽に絶えず襲ってくることによりベルは完全に平衡感覚を失ってしまった。

「ひ、ヒロちゃ〜ん!」
「ベル! どこなの?! ベル!! あーもう! あんたら邪魔よ! どっか行って!!」

 小さな体で必死にベルに呼び掛け、エフェクトの波を掻き分ける弘香ではあるが、一向にベルの元に辿り着けない。ただでさえ機嫌が悪かったと言うのに、これでは爆発もするというもの。
 思わず『こいつら全員ベルのコンサート出禁にしてやろうか……!』などとマネージャーにあるまじきことを考えていると、視界を埋め尽くしていたエフェクトとAzたちが一斉に吹き飛んだ。

「ベルに近寄るな」
「あ……」

 グルグルと目を回していたベルの体が、いつの間にか大きな手により保護されていた。
 その手が誰のものなのか。確認するまでもない。

「――竜」

「竜だ」「竜が来たぞ!」「やべえ、ボディガードが来た」「タイミング悪っ! 竜激おこじゃん」「こっわ」「ベルに触れるとか羨ましい……」「骨まで燃やされそう」

 周囲が囁くように、竜の背後にはメラメラと立ち昇る炎のエフェクトが出ている。実際に熱を持っているわけでもないのに、近づけば黒焦げにされそうなほど勢がある。そしてギラギラと輝く黄金の瞳からは“強者”のオーラが色濃く出ており、周囲にいたAzたちはそろそろと後退していく。

「ベル、大丈夫?」
「あ、ありがとう。竜」
「ベル、トラブル? トラブル?」
「ううん。大丈夫だよ。知くんも、ありがとう」

 ふよふよと、竜のマントの隙間から顔を出した天使姿の知が不安そうに声を上げる。そんな知を安心させるようにベルが笑みを浮かべれば、途端にクリオネ姿の天使の体から花が舞った。

「よかった。ベル、元気」
「フフっ。うん。元気だよ。今日はお花がいっぱいで、キレイだね」
「うん。とてもキレイ。すてき」

 ふよふよと空中を漂う天使は、舞い散るエフェクトが気に入っているのだろう。喜びの感情に合わせてポコポコと飛び出る花に喜んでいる。
 その姿が微笑ましく、愛らしく、怒りに燃えていた竜も優しく金色の瞳を細める。

「天使は、これが気に入ったみたい」
「フフ。みたいだね。竜はどう?」
「……正直、戸惑ってる」

 天使で和んだ心も、ここに来るまでの色々を思い出したのだろう。一瞬で仏頂面に変わる。そんな竜にベルが笑っていると、ようやく人ごみを抜け出した弘香が三人の元に飛び込んできた。

「ベル! 大丈夫?!」
「うん。平気。竜が助けてくれたから」
「そっか……。竜、ありがとね」
「うん。ベルは、俺が守る」

 竜が現れたとはいえ、ベルに近付こうとする者がいないわけではない。これまでの経験上二人はそれを理解しており、ベルの周囲を飛びながら弘香は改めて周囲を威嚇する。

「あんたたち! これ以上近づいたら今後一切ベルのライブには当選しないと思え!!」
「えーーーー!!!」「横暴だ!」「鬼!」「悪魔!」「この悪辣マネージャー!」「職権乱用だー!」
「おーーーーほっほっほっ! ざまあみなさい! っていうか嫌ならさっさとベルから離れろ! この卑しい乞食どもめ!!」

 シッシッ、と野良犬を追い払うように翼のような手を振り、威嚇する弘香にベルは苦笑いする。

「そこまでしなくてもいいのに……」
「なに言ってるの。危ないところだったのに、そんな呑気なこと言ってるとマネージャーさんに怒られるよ?」
「竜までそんなこと言うの?」

 呆れた顔でベルを見下ろす竜に目を丸くすれば、途端に竜はガックリと肩を下げる。

「はあ……。ねえ、ベル。きみは世界で最も注目を集める歌姫だって自覚、ある?」
「ええ?! う、歌姫だなんて……過大評価すぎるよ……」
「逆になんでそんな過小評価なの? 僕はベル以上に特別で、キレイな人を見たことなんてないのに」

 ひえ、とベルは咄嗟に胸を抑え、優しさと心配する気持ちが滲み出る竜の瞳から視線を逸らす。

 ベルと交流するようになってからか、時折竜はこうして無自覚にベルをほめそやす。
 それが嬉しくないわけではないが、竜はベルよりも年下の子供なのだ。子供相手にドキドキする自分が情けなくてしょうがない。だが恵は竜になっている時、妙に大人びた振る舞いをする時がある。
 初めてダンスをした時はまだ可愛げがあったのに、今では自然とベルの手を取り、息をするようにエスコートをする。
 一体どこで学んだのか。ベルは何度もツッコミそうになりながらもどうにか平常心を保ち、受け流してきた。

 だがこうして真正面からゆるぎない好意を向けられるとどうすればいいのか分からなくなる。

 幾ら仮想世界とはいえ、現実と密接にリンクしているAzである。鈴の羞恥心をしっかり反映したベルの顔は真っ赤に染まり、ピピピと絵文字のような汗マークが無数に飛びだした。

「え?! な、なにこれ?!」
「ああ、それ。焦れば焦るほど出るから、気を付けた方がいいよ」
「もっと早く教えて欲しかったかなあ?!」

 冷静に教えてくれる竜に思わずベルのキャラも忘れて鈴が素で突っ込めば、周囲を漂っていた天使がクスクスと笑う。

「ベル、うっかりさんだね」
「う、うぅ〜……笑わないでぇ……」

 焦れば焦るほど、羞恥心が高まれば高まるほど汗は次から次へと飛び出していく。
 幾らエフェクトといえど汗など汚いじゃないか。こんなの恥ずかしすぎる。とベルが両手で顔を覆っていると、ぱやぱやと花を飛ばしながら天使が近付いて来る。

「ベル。楽しいこと、考えよう」
「楽しいこと?」
「うん。ベルは、歌うの、好き?」

 天使の問いかけに、ベルの乱れていた気持ちが一瞬で凪いでいく。

「――うん。大好き」
「ボクも。ベルの歌、大好き」

 ぱやっ、と一際大きく、華やかな花が幾つも天使の体から飛んでくる。その美しい光景にベルも微笑めば――途端に彼女の体から桜の花びらのようなエフェクトが舞い散った。

「――綺麗」

 それはいったい誰の言葉だったのか。
 天使の小さな体を包み込むように両手で囲い、微笑むベルに多くのAzたちが見惚れる。

 そんな中、ぽとり。と突然ベルの頭上にハートが落ちて来た。

「ん?」
「あ」

 ころん。としたハートはエフェクトなので掴むことは出来ない。そしてすぐさま消える。だが確かに落ちてきたのはハートだった。それもオーソドックスな真っ赤なハートだったから、絶対に見間違いではないだろう。
 でも一体どこから落ちて来たのか。ベルが視線を上げた先にいた竜は、ベルと視線が合うや否やパッと顔を逸らした。

「……………………」
「………………竜?」

 ベルが首を傾けつつ尋ねれば、途端にぽこぽこと竜の体から汗と一緒に小さなハートのエフェクトが零れ落ちてくる。

「わ、わわっ、ちょっ、ダメ……!」
「竜は、ベルが大好き」
「知くん……!!!」

 わたわたと、ベルを抱えていた手とは逆の手でエフェクトを消し去ろうと大きな手を振り回す。そんな竜の姿にベルはポカンとしたが、すぐさま吹き出した。

「あはははっ! もう、竜ったら!」
「ち、ちが……! これは、そんなんじゃなくて……!」
「竜も、ベルも、楽しい、ね」

 声を上げて笑うベルと、一人でテンパる竜を見て天使はクスクスと笑う。そして自分の大好きな人たちが一緒にいること、また一緒に楽しいことを分かち合えることが喜ばしく、天使の体から次々と花やハート、キラキラとした星屑のようなエフェクトがあふれ出す。

「べ、ベル、お願いだから見ないで……!」
「あはははは!」

 真っ黒な皮膚と鬣で顔色など分かるはずもないのに、その場にいた誰もが思わずにいられなかった。

 ――竜のオリジン、絶対に顔が真っ赤だろ――と。

「ツンデレかよ」「いや、これはデレデレ」「隠しきれない好意を隠そうとする竜に萌える日が来るとは思わなかった」「これはいい美女と野獣」「クリオネが天使に見えてきた」「むしろ天使では?」「じゃあこれは天使の祝福か?」「つまりは相思相愛」「やめろぉ!! 俺たちのベルを竜には渡さん!!」「おい。涙拭けよ」

 笑うベルと焦る竜を目にした人々から沢山のフキダシが飛び出す。
 それらは今までと違い、どこか浮足立っているようにも、ベルと竜との交流を微笑ましく見守っているかのようにも感じられた。

「うぅ……! こんなつもりじゃなかったのに……!」
「ふ、ふふ……! おち、落ち着いて、竜」
「ベルも、もう笑わないでよ!」
「だ、だって、あははは! りゅ、竜がかわいくて……!」
「可愛くない!!」

 笑うベルに怒りながらも、抱いた好意が消えるわけではない。汗とハートを交互に飛ばす竜に、気付けば周囲のAzたちも「面白過ぎる」「竜かわよ」「これは竜萌え案件」などと今までにないくらい竜に対する好意的な意見が飛び交う。また屈託なく笑うベルにも「可愛すぎる」「ずっと女神だと思ってたけどただの天使だった」「壁紙にしたい」などの声も寄せられた。
 その間敏腕マネージャーこと弘香はどうしていたかというと――

「……このクソシステム、絶対廃止させよ……」

 と一人感情の欠落した表情で呟いていたのだった。


 そしてその数日後――。弘香の言う通り『リアクションシステム』は廃止された。
 恋人のいない人々からの怨念混じりの廃止を求める声と、弘香を始めとしたプロデュース側が「アーティストたちのプライバシー保護」を訴えたためだった。

 だが竜のベルに対する惜しみない愛情が目に見えて現れたせいか、竜に対するヘイトは下火どころか殆ど見なくなり、代わりに『可愛すぎる美女と野獣』という名目で話題になった。
 それが随分とショックだったのか、恵は暫く『U』にログインすることすら出来ず、鈴は鈴で竜を思い浮かべながら作ったラブソングが三曲にまで増えていた。
 勿論これは後日竜に捧げられるのだが――これは弘香にも誰にも内緒の、二人だけの秘め事となるだろう。

「ね? だから言ったでしょ? 竜は可愛いところもあるんだって!」
「はいはい。ごちそーさま」

 また新たに書き起こした曲を鼻歌で奏でながら、鈴は軽やかな足取りで帰路を辿る。そんな親友兼歌姫の背中を目で追いながら、弘香は盛大に溜息を零したのだった。

 ――こいつらは一体いつになったら自分たちの想いを自覚するのだろうか。と思いながら。


終わり



 おまけではないけど、弘香はベルと竜がいちゃついている間瑠果ちゃんにもヘルプを求められてたらいい。

 ル「ひ、ヒロちゃーん! 助けて〜!」
 ヒ「あーもう、今度は何?!」
 ル「ち、千頭くんと一緒にいたら、ハートが止まらなくて……!」
 ヒ「あんたもかい!!」

 ってやり取りしてたら私が楽しい。……でもヒロちゃんがツッコミのしすぎで倒れるかもしれない。ごめんよ、ヒロちゃん……。大好きだよ……。

 どうでもいい話ですが、ただ単に『可愛い竜』が書きたかっただけです。すみません。

 あ。言い忘れてましたがタイトルは微笑ましく自分たちを見つめるAzたちに竜が言った台詞だと思ってください。本編だとシリアスなのに、ここだと単なるツンデレにしかならない。(笑)
 14歳可愛いよ。 

 それでは、最後までお付き合いくださりありがとうございました。


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