- ナノ -


 二人の関係は、傍から見れば『恋人同士』なのだろう。だが当人同士からしてみれば、二人の関係に『名前はない』。
 何故なら竜にとってベルは唯一無二の歌姫であり、女神であり、天使であり、ヒーローでもある。一介の『恋人』だの『彼女』だのという陳腐な言葉では失礼が過ぎるのだ。
 逆にベルにとって竜は『どんなことがあっても最後まで味方でいてあげたい愛しい人』であり、忍に抱いていたような“甘酸っぱく、時に苦しくなる想い”だけでは語れない情がある。それは他人が考えるよりもずっとドロドロとして、自分でも感情の制御が出来ないほどの大きな熱量となり、今も成長し続けている。
 全てを慈しむと同時に壊してしまいたくなる――。そんな二律背反した想いが、いつもベルの中で渦巻いていた。

「わたしね、いつも竜を見つめる女性型のAzを見かけると、胸がチリチリして、痛くて、熱くて、自分の心臓に爪を立ててしまいたくなるの」

 単なる好奇心だったのかもしれない。あるいはただ相手が『竜だから』という理由で視線を投げていただけなのかもしれない。
 それでも、ベルにとっては息が苦しくなるほどの嫉妬を覚えずにはいられなかった。

「人型のAzだけじゃない。みんなが竜を称えると嬉しく思うのに、それでも心のどこかでは『竜に近寄らないで』って、そんなことを、考えてた」
「ベル……」

 竜を押し倒すベルの長い髪が、ベールのように垂れて来る。桜色のそれはある種幻想的で、竜は思わず視界いっぱいに桜吹雪が舞っている世界にいるような気になった。

「変だよね。竜は、わたしのものじゃないのに。分かってたのに。わたしも、他の人たちと変わらない。竜に向かって漠然と手を伸ばしているだけ。でも、竜がわたしの手を取ってくれるって、心のどこかで確信してもいる。傲慢な考えの持ち主なの」
「そんなことない。だって、僕に向かって本当の意味で手を差し伸べてくれたのは、ベル。キミだけだった」

 事実竜にとってBellは、恐れることなく、諦めることなく自分に向かって手を伸ばし、触れて、抱きしめてくれた唯一の存在である。
 だからこそ彼女には逆らえない。逆らおうとは思わない。例えどんな無茶ぶりをされようとも、彼女の願いであれば何でも叶えてあげたかった。

 竜にとってBellとは、自らの命を握る全てであり、世界の中心である。
 かつてその場所にいたのは失った母親と弟だったが、今は共に彼女を中心にして回る小惑星のような、あるいは衛星のようだと考えている。

 だが同時に、知は自分と違い、自由に空を飛んでいて欲しいと思う。
 翼なき天使の姿で、これからも純粋で、無垢なまま育って欲しいと思う。

 半面竜自身は、そんな純真無垢さなど自分には『必要ない』と考えていた。

「ベル、ベル。僕だってキミを愛している。だから、僕にも触らせて?」
「……うれしい。ありがとう、竜。でも、まだダメ。ダメよ、竜。じっとして。いい子だから」

 押し倒された天蓋付きベッドの上で、熱に浮かされたように彼女の名を呼ぶ竜にベルはうっとりと目を細める。
 そうして頑是ない子供をなだめるように頬を撫でると、そっと瞼を下ろしながら顔を近付けていく。
 ――あの日、初めて二人の手が重なり合った時。触れることが出来なかった唇に、そっとベルの口唇が優しく触れる。

「――ぁ」

 ヒクリ、と竜の喉が震える。同様に現実世界でベッドに横たわる恵の喉も震え、ハクハクと酸素を求めるように口が無意識に開いては薄く閉じる。
 竜を通して恵の五感に伝わってくるのは、ベルの甘い吐息と柔らかな唇の感触、そして自らの頬を優しく押さえつける指の細さだ。見えない手に触れられることで指先までピリピリとした痺れが走り、目は勝手に潤んでくる。
 それでもギュッとシーツを握り締めることで昇り詰めて来る熱を押し留めれば、途端にベルが甘い吐息を零して微笑んだ。

「――かわいい。竜。大丈夫よ、おびえないで」

 違う。怯えているわけではない。
 だがこれ以上昂ってしまえばまたもや『強制ログアウト』を喰らってしまう。そうすればきっと、今のようにベルが自分に触れてくれることはないだろう。
 だから耐えなければならない。これは、ベルを悲しませた“罰”なのだ。
 不用意な言葉で彼女を傷つけた。いつまでもハッキリと告白しなかったから、誤解されるような言葉を選んでしまったから――ほんの少し、彼女が『嫉妬してくれたらいいのに』なんて思ってしまったから――だから、これは“罰”なのだ。

 ベルの愛で、言葉で磔にされた竜にとって、これ以上の“罰”は恐らく存在しないだろう。

 だから竜は甘んじて受け入れる。
 この悩ましいまでの甘く、脳髄すら溶かして狂わせてしまいそうな、熟れた果実と花の香りが混ざったような淫蕩な女神からの愛撫を受け止めなければならない。
 そこに“快楽”を感じてはいけないのだ。悦びを、歓喜を覚えてはいけないのだ。

 だからただ耐える。彼女の気が済むまで、彼女の傷が癒えるまで。竜の心臓は、電子の世界を飛び越えた先にある現実の体も、その血肉すらも、全て彼女の思うがままなのだから。

「ずっと触れたかったの。あなたの、あなたを形成するすべてに」

 ちゅっ、と柔らかな唇が竜の口唇に当てられる。一口で小さな頭など食べてしまえそうなほどに大きな口に、ベルの唇は小さすぎる。それでもその柔らかさも、咲き誇る花のような甘い香りを放つ吐息も、竜にはしかと伝わっている。
 あの日、幼い頃弟と二人で口にした小さな和菓子のような、柔らかな感触が何度も竜の唇に触れる。
 時に“はむっ”と優しく上下の唇で食まれれば、途端にビクリと全身が震える。その度にシーツを握る指に力を籠め、竜はただ浅い呼吸を繰り返す。

「この牙も、竜はいつも『危ないから触らないで』って言うけど、わたしは、ずっと触ってみたかった」

 つんつんと、悪戯っ子のような体でベルの指先が竜の牙を突く。人によっては象牙を連想させるような長く、鋭い牙も、ベルにとっては恐れるよりも愛おしい部分だ。
 恵はベルが牙に触れる度に、自身の歯に見えない手が触れているような気になって背筋がブルリと震えてしまう。

「ベ、ル」
「動かないで。じっとして。ね?」

 甘く詰るような、あやすようにも聞こえる声で囁いた後、ベルは舌を伸ばしてペロリ、とその尖った牙を舐め始める。
 当然竜は「うぅ」と唸り声を上げたが、グッと背をベッドに押し付けることで衝動に耐える。
 そんな竜を知ってか知らずか、ベルはまるでアイスを舐めるように竜の牙に舌を這わせ続ける。
 下から上へ。時には根元の歯茎の感触すら知りたがるように、指の腹で優しく触れ、力を抜いた舌先で撫で、薄い粘膜を優しく攻め立てていく。

「う、うぅッ」

 口内は、これでいて存外敏感な器官である。傍目からは分からずとも、歯だって他人に触れられたら反応してしまう。歯茎だってそうだ。何も舌だけに神経が通っているわけではない。
 それを分かっているはずなのに、竜に『触れたい』『愛したい』一心で、ベルは大小さまざまな牙に触れ、時には唇の裏側にまで舌を這わせて優しく撫でていく。

 規制があるため、現実世界で反応している部分がAzに反映されないのが唯一の救いだろう。
 恵はベッドの中で痛い程に張りつめた下腹部に一度視線をやり、すぐに目を逸らす。

(ダメ、だ。今は、ベルが、触ってるから。僕の、お腹の上に、いるから。触ったら、きっと、バレてしまう)

 浅ましい欲を覚えた竜を、恵を知ったらベルはどんな顔をするか。
 今みたいに蕩けた顔を一変させ、嫌悪に満ちた顔で「汚らしい」と竜を突き放すのだろうか。それとも「はしたない」と言って詰るのだろうか。
 恵は必死に息を整えながら、ベルの指が触れた舌に意識を集中させる。

「竜の舌、長いよね。どこまで感覚が繋がってるの?」
「さ、あ。分からない」

 体格差は勿論のこと、長さがある分竜の舌はずっしりと重い。特にベルと比較すれば、一番太いところなどベルの顔ぐらい横幅がある。
 そんな竜の舌をそっと持ち上げると、ベルはちろり、と自身の舌を唇から出した。

「あ、う」

 舌が外に出ているためまともに言葉を紡ぐことが出来ない。期待と不安の入り混じる視線でベルを見つめる中、ベルはそっと伸ばした舌を竜の舌先に触れ合わせ、ザラリと擦り合わせた。

「うっ!」

 ビクン、と恵の体がベッドの中で跳ねる。敏感な部分に、今まで誰にも触らせたことがない部分に、ベルの舌が触れている。
 その事実だけでも昇り詰めてしまいそうなのに、ベルは猫がグルーミングするかのようにザリザリと舌を合わせて来るのだから堪らない。

「はあ、あ、うっ、うぅっ」

 タラリ、と竜の開きっぱなしだった唇の端から唾液が一筋流れていく。それに気付いたベルが指先でトロトロとしたそれを拭い取り――そのままベロリと蜂蜜を舐めるかのように舌先で舐めとった。

「ベル?!」
「ん……。なんだ。味、しないんだ……」

 何で残念そうなんだ。という言葉は、ゴクリ。と飲み込んだ唾液と共に腹の奥へと流し込む。
 だが驚く竜をものともせず、ベルは再度竜の舌に指を伸ばす。そしてそのまま細い指ですりすりと、舌の腹や側面を愛撫し始めた。

「もっと、あなたのことが知りたい。ねえ、竜。気持ちいい?」
「――ッ!」

 ゾゾゾッ、と背筋を得も言われぬ快感が駆け抜けていく。言葉が返せぬまま震える竜に何を思ったのか、ベルは口を大きく開けると、そのまま竜の舌先を自らの口内へと招き入れる。

「ううっ、」
「んぅ、竜の、ひた、おっきい」

 そんな、誤解を生むような発言はやめてくれ。
 竜は心の中で切実に願いながらも、敏感な舌先を弄ぶベルにすべてを任せる。それでも反射でピクピクと舌先が動けば、ベルはどこか楽しむ様に潤んだ瞳を細め、悪戯を咎めるかのようにちゅるっ、と音を立ててそこを吸い上げる。

「うあっ」

 途端にピリリッとした痛みのような痺れが恵の舌先にも感じられ、竜だけでなく恵の唇の端からも唾液が垂れていく。

「舌の裏側も、現実と同じなのかな。竜。舌、少し上げて」
「う、ん」

 ベルの口内を味わう余裕もなく舌先を弄ばれた竜は、そのままベルが願う通りに舌を持ち上げ上顎にくっつける。そうして露になった舌の裏側に、ベルは指を伸ばした。

「やっぱり、電子の世界だから本物みたいには出来てないね。でも、神経は繋がってるのかな?」
「うぅ……! ベ、ル、それ、やめ……!」

 コショコショとくすぐるかのようにベルの繊細な指先が竜の敏感なところを撫で擦る。奥から嫌になるくらい溢れそうになる唾液は都度飲み込んではいるが、うっかりベルを汚したら目も当てられない。
 だがそんな竜の頑張りなど知る由もないベルは、存分に触った後「今度は上顎を触らせて欲しい」と無茶な願いを要求する。

「危ないよ、ベル。だって僕には牙が――」
「お願い。今だけでいいの。あなたの全部に、触りたい」

 竜に、ベルの願いを払いのけることが出来るわけがない。
 観念して竜が口を大きく開ければ、ベルは身を乗り出して竜の口の中に腕を突っ込み、ザラリとした上顎を撫で始める。

「うぅ……!」

 上顎は、意外にも敏感な場所であり、性感帯の一つでもある。それをベルは知っているのだろうか。
 反射的に閉じそうになる口を必死にこじ開け、溢れる唾液を飲み込むことすら出来ない竜の口から再びそれが流れ落ちていく。
 だが今回は竜の上顎に意識を集中させているのだろう。ベルは何度も指を往復させると、ビクビクと震える竜の体から上体を起こした。

「ありがとう。竜」
「……ベルが、よろこんでくれたなら、なにより、だけど……」

 本当は息も絶え絶えだし、現実世界の恵の下半身は大変に大変なことになっているのだが(主に下着が)ベルに伝えるわけにはいかない。
 どこかぐったりしつつも「ようやく終わった」と安堵していた竜だったが、続いて聞こえて来た声に意識が一瞬飛んだ。

「じゃあ、竜も触っていいよ。……わたしでよければ、だけど」

 ガツン! と頭を誰かにバットで殴られたような衝撃が走った。目の前が真っ赤に染まり、次の瞬間にはドクドクと全身の血管という血管が膨張して血液を高速で巡らせていく。
 無意識に早くなる呼吸が犬のようだと頭の片隅で思いながらも、竜は信じられない発言をしたベルを凝視していた。

「服は……脱げないけど。でも、触ることは出来るから……。ね?」

 ――ああ、この人は、どうしてこんなにも、僕を魅了して、乱してしまうんだろうか。
 恵はクラクラとした頭で考えながらも、グッと横たえていた体を起こしてベルへと鼻先を近付ける。そうして無意識に開けた口から舌を伸ばし、ベルの唇を舐め上げた。

「んぅ」

 ピクリ、と今度はベルの体が震える。ギュッと瞑った睫毛はふるふると震え、恐る恐る開かれた瞳は、揺れる蝋燭の灯りを反射してゆらゆらと揺れ動く。凪いだ水面に僅かな波紋が広がるような、そんな細やかな揺らめきが、この世のものとは思えないほどに美しい――。

「ベル――」
「ん……な、に?」

 竜の鼻先が、すりっ、とベルの側頭部から耳、頬に掛けて寄せられ、そのまま白く細い首筋へと降りていく。咄嗟にシーツを掴んだベルの肌はうっすらと色付き、僅かな接触にも感じて肌が粟立っている。
 トクトクと常になく早く脈打つ心臓が、指先から足先にまで満遍なく熱い血潮を送る。
 唇から零れる吐息が震えているのは、嫌悪を感じているからではなく、愛おしさと、筆舌に尽くしがたい肉体の“悦び”に支配されているからだ。
 この体も、電子の世界では流れているはずのない血液も、全て竜に食べてもらえたらどれほど幸せだろうか。
 そんなベルの思考を読んだかのように、竜は絶えずベルの肌を鼻先で撫で、甘い匂いを肺がいっぱいになるほど嗅ぎながら掠れた声で囁く。

「僕が好きなのは、キミだ」
「ん、」
「キミだけが好きなんだ、ベル。他の誰でもなく」
「ぁ……」

 竜の、ずっとシーツを掴んでいた手がこの日初めてベルの背中へと回される。大きく、ゴツゴツとした手の平はベルの背をしっかり支えると、のけ反ったベルの首筋に質量のある舌先を這わせて舐め始める。

「あ、ああ……!」
「キミが、嫉妬してくれて、僕は嬉しい。キミの愛が、ずっと欲しかったから」

 大きく伸びた、鋭い牙がベルを傷つけないよう気を付けながら、竜はベルの肌に舌を這わせていく。白いブラウスを纏っていようと、硬いアクセサリーが首元を飾っていようと関係ない。
 竜はそのすべてを通り越した、等身大の“鈴”という女性ごと愛撫するように、丁寧に舌を這わせていく。

 それは水を求める砂漠の民のように、あるいは花の蜜を求める小さな虫のように、ベルからもたらされる全てを自分のものにしようと口を開ける。
 だが与えられるのを待つだけでなく、竜もまた、愛おしい女性を手中に収めながら愛を囁き、甘い肌を求め、撫で上げ、堪能する。

(――ああ、やっぱり、甘い)

 電子の世界だから、実際に鈴の柔肌を舐めているわけでも、食んでいるわけでもない。
 それなのに恵は自身の腕の中でしっかりと感じ取っていた。
 あの日自分の手でしっかりと掴んだ、一人の少女の肉体の感触を。舌の上で蕩けて消えて行った、懐かしい甘さを。
 むせかえるような花のような――ベルの香りに全身を包み込みながら――竜は歓喜した。

「ああ……ベル……。いま、すごく、幸せだ」
「竜、竜……」
「ベル……愛してる、愛してるよ」

 先程までとは逆転し、今度は竜がベルをベッドへと押し倒す。途端に薄紅色の髪が乱れたシーツの上に広がる。
 それは碧よりも美しい、幻想的な淡い海――。自分にだけ見ることが許された、この世の果てに行っても決して見ることの出来ない絶景に、ブルリ、と背筋が勝手に震える。

 だがここでベルが「ちょっと待って」とストップをかけた。
 ベルに逆らえない竜が素直に動きを止めれば、ベルはどこか恥じらうように視線をずらしながら「ねえ」と甘えるような声で囁く。

「その……また、ログアウト、したくないから……。先に『パートナー登録』、しても、いい……?」

 パートナー登録。その単語に竜は再び衝撃を受けながらも、即座に頷き返す。むしろ勢い余ってバネのように飛び起き、そのままキングサイズのベッドの上で正座までしていた。

「も、もちろんだよ……! 僕も、する、から……!」
「ありがとう……。うれしい」

 起き上がったベルが、パッと華やいだ笑みを浮かべる。思わず竜は「ぐぅ……!」と唸りながら胸に手を当て、暴れ回る心臓をどうにか抑え込む。
 そうして立ち上げたメニュー画面で互いを『パートナー』として登録すると、改めて向き直った。

「これからもよろしくね、竜」
「こちらこそ。よろしく、ベル」

 するすると、ベルの指が優しく竜の鬣に触れる。竜もまたそっとベルの体に腕を回し、彼女の香りに包まれながら共にベッドへと沈み込んだ。

 ――のだが。

「…………え?」

 再びの強制ログアウト。しかも、竜だけ。

「あれ? 竜? 竜?!」

 一体どこへ行ったのか。ベルが必死に竜を探し回る中、竜の中の人こと恵はというと――。

「なんッッッで今……!!!」

 ベッドの中で一人、震える拳を握り締め、ボスボスとベッドに叩きつけていた。
 何故竜が『強制ログアウト』を喰らったのか。答えは一つ。

「あそこで、出るとか……!!」

 そう。ベルをベッドに押し倒した瞬間、感極まって果ててしまったのだ。この少年は。
 おかげでAIが「竜、アウトー!」という感じで強制ログアウトさせたわけである。オーガズムに達するということは、Uが規定している性的欲求の数値、脳波がレッドゾーンに突入するということである。だからこそ強制的に現実に送還された恵は泣くしかなかった。
 良くも悪くもまだ十代半ばである。経験を積んだ男性ではないのだから、好きな女性と結ばれてベッドに雪崩れ込めばそれだけで興奮する。
 ただでさえベルに翻弄されてギリギリだったのだ。それが弾けても無理はないというもの。

 だが頭では納得できても心では納得できない。しかし再度ログインするまでに必要とされる時間は三時間。
 明日も学校がある二人がこれ以上夜更かしすれば支障を来す。

 恵は泣く泣くベルこと鈴に謝罪のメッセージを飛ばし、まさかと思ってログアウトした鈴も、恵が強制ログアウトを喰らったことを知り、苦笑いしたのだった。

 二人が本当の意味で結ばれる日が来るのか。
 恋人たちの夜を優しく見守る『U』の三日月は、今日も静かに地平線の彼方で目を閉じるのだった。


終わり


 最後までお付き合いくださった方は、本当にありがとうございます。m(_ _)m





prev back to top next