裏方さんとKEIJIさん


 ホストクラブで働いている。

 ……と、いうと大抵の人は「ホストしてるの?」と聞いてくるが、よく考えて欲しい、私にそんなことが出来ると思っているのだろうか。引っ込み思案で人と話すのが苦手、やれることと言えば一人暮らしが長かったおかげで身についた申し訳程度の家事能力。このホストクラブで働き始めたのも、その中の料理スキルが役に立つからと雇ってもらったからだ。厨房で料理長の指示の元動くのは存外楽しい。

「注文、ドンペリとフルーツ盛り合わせ〜」
「はーい、ドンペリの種類は?」
「エノテークだね」
「了解」

 ドンペリの中でもエノテークはまだ安い方の酒だ。と言ってもここは高級ホストクラブキノタケ。そこらのホストクラブで出すよりも質のいいものばかりが揃えられている。
 時計の針はそろそろてっぺんに届きそうで、厨房も慌ただしくなってきた。あらかじめ用意しておいたカットフルーツもそろそろストックが底をつきそうだ。仕方ない、と料理長に断りを入れてから作業に取りかかった。



「つっ…………かれた〜……」

 結局今夜は飾りボトルのシンデレラが15本、ブランデーとスパークリングワインが数本、ドンペリのピンクとエノテーク、そしてプラチナが吹っ飛んでいった。……ドンペリプラチナはここでは言えないようなお高いお値段のもので、この船に乗ってからまだ数本しかコールがかかっていない。
 料理長やほかの同僚は先に上がり、私だけがこの厨房に残っている。今日の店の仕込み当番は私だったからだ。仕込みと言ってもそんな難しいものではなく、先程もあったようにフルーツ盛り合わせのカット、ワインセラーの残量の確認等、単調な雑務が多い。
 一通り終わらせて厨房の椅子に座ってしまえば、気持ちがぷしゅうと抜けていく。ぐでん、と厨房の一角に身を預けていると、ホールからここへ繋がる扉が静かに開いた。

「あれ、今日はもぶ山さんの当番だったか」
「……け、KEIJIさん…」

 扉を開いて入ってきたのは、このホストクラブで働くホストの1人、KEIJIさんだ。所属している会社?が財政難のためここで働いているらしい。真面目に仕事をこなす人で、人気も安定している。
 てくてくとこちらへ歩いてきたKEIJIさんは近くの厨房の椅子を引き寄せると、私の隣に腰を下ろした。

「今日も手伝おうかと思ったんだけど…いやぁ、もぶ山さんが当番の日はいつも終わっちゃってるな」
「いやいや、お気づかいなく。ホストの人を手伝わせるわけにはいきませんよ」

 そういうと、彼は濃い紫色の瞳をすっと細めてはにかんだ。目尻によったシワが、彼の重ねてきた年月を感じさせる。

 正直に言おう。私は、KEIJIさんに恋をしている。

 はにかんだ時の目尻のシワだとか、いつも整えてある髭だとか。くせっ毛が一つ結びになって肩をゆるゆると流れていたり、意外としっかりとした筋肉がついていたり。柔らかい喋り口や、人の心にそっと寄り添うような、そのさり気なさが。私の全てをざわつかせて、心臓が忙しなく脈打つのだ。

「いつも仕事が早いね。感心するよ」
「手伝いに来るのは分かってるので、ホストの方の手を借りるわけには行きませんから」
「そっか」
「あ、いや、えっとですね…KEIJIさんが来てくださるのはとっても嬉しいんですけどそれはそれとしてって話で、あの、えっと…………ご、ごめんなさい」
「いいんだ、手伝いたいから手伝いに来てるだけだし」
「…………でも本当にいつも来てくださって嬉しいんです、ありがとうございます」

 私が早く仕事を終わらせるのは、KEIJIさんとたくさんお喋りがしたいからだ。仕込みと清掃が終わると、KEIJIさんが少しの間話をしてくれることに気づいて以来、少しづつ全てをおわらせるスピードが早くなっていった。

 この、小さな恋心が。
 お付き合いをしたいだなんて思わない、高望みはしない。ただ、この時間が長く続いてくれればいいと。言葉を交わし、たまに微笑むあなたの顔が見れればそれでいいと。

「今日はどんなお話を聞かせてくれるんですか?KEIJIさん」

 この時間が永遠に続けばいい、そう願った。




18,07,14



  
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