カフェのお姉さんとLICHくん


 豪華客船メイジ号には様々な施設があり、私の働くカフェもそのうちの一つ。24時間営業とまではいかないが、ほとんどの時間オープンしているからか様々なお客さんがやってくる。
 私は夜の時間帯に働いているので、カフェを利用するお客様は夜の職業の方が多い。上のフロアの高級ホステスやホストのアフター、カジノのディーラーさん。商業施設での仕事が終わった店員…そんな人々の疲れを癒すのが私の働く場所だ。

 先にも挙げた通りこのカフェはクラブのアフターの行き先にされることが多いらしく、時計の針がてっぺんを過ぎた頃にポツリ、ポツリと男女連れがやってくる。

「このエスプレッソと、あといつものケーキをお願いします」
「もっと食べてもいいのよ?」
「そんな!悪いですよ……注文はこれで終わりです」
「はい、承りました」

 奥の席の綺麗な巻き髪のお姉さんとおじさんは2回目、あそこの水色のスーツのホストさんと…清掃員の女の子かな?あの人たちは初めての来店。先程注文を受けに行った金髪のくせっ毛の男の人と年配のご婦人はもう何度も来ていて、孫と祖母のようで仲睦まじい。あの男の人が微笑む度に、ドキッとしているのは秘密だ。
 他にも煌びやかな所があるのに、静かなここに来てくれる、ということはここを気に入ってくれているって事なのかな。そうだったら嬉しい。そんな風にぽけーっと様子を眺めていると、荒々しくドアが開いて、ドアベルがガランガランと鳴り響いた。

「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」

 乱暴にドアを開けたのは顔が真っ赤になった中年男性たち。ベロベロに酔っているのだろう、必要以上に大きな声と大きな足音。…ここのお客さん達の迷惑になりそうだったら、さすがに注意をしなければ……

「おい!注文早く取りに来い!俺たちは客だぞ!!」
「は〜いただいま」

 リーダー格のような太めの男性のダミ声に辟易しつつメモ帳を手にそちらの方へ近づく。

「ご注文は如何いたしますか?」
「来るのが遅いんだよ!これだから最近の……」

 典型的なクレーマー気質の男性の言葉を受け流しつつ注文を受け取り、さっさと立ち去ろうとした時だ、私の腕を誰かが掴む。汗でじっとりとしたその手の持ち主は、先程まで注文を取っていたクレーマー男。
 男はニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべて私を見た。

「注文取りに来るのが遅いわ態度が悪いわ……詫びの代わりに接待しろよ」
「…ここはそういうお店じゃありません、それをお望みならばそういう所へお行きください」

 そう答えて手を振り払おうとするも、力は強まるばかりで。なんなんだこの客。最悪だな。

「ちょっと、やめてください!」
「ふざけた態度を取りやがって!!お客様は神様だぞ!!」


「その手を離せ」


 グイグイと引っ張られて困り果てていた時だ、肩を優しく抱かれ、私の腕を掴んでいた男の手が離れた。
 驚いて振り返ると、年配のご婦人とよく来ているくせっ毛の男の人で。いつもの柔らかそうに笑う垂れ気味の薄青の瞳は、冷たく凍ったような赤と青になっている。どうやら私の肩を抱いていない方の手は中年の腕を捻りあげていたようだ。

「ここはこの人の店だ、騒ぐのならば出ていけ。目障りだ」

 冷たい声でそう言い放って腰に下げている剣に視線をやる男の人に怯んだのか、迷惑な客達は一目散にこの店を出ていった。

「…………あ、あの」

 男達が消えていったドアを見つめていたその男性に恐る恐る声をかけると、ハッとしたようにこちらを見つめて私の肩から手が離れた。

「えっ?!あっごめんなさい!」

 すこしあたふたする男性の目は薄青に戻っている。それに首をかしげつつも、お礼は言わねばと姿勢を正す。

「助けて頂いてありがとうございました、ええ〜っと…」
「ああ、LICHといいます、もぶ子さん」
「……な、なんで私の名前………?」

 そう聞くと少し照れたように、悪戯っ子のように微笑んで。

「……なんでだと思います?」



 ちょっと、そんなこと言われたら。
 落ちるしかないでしょう。




18,07,12



  
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