見ちゃった人とMATIASさん


 ここは豪華客船メイジ号・ホストクラブキノタケ――……一夜にして何億もの金の動く場所。夜の雰囲気を身にまとった男達が、己の力を誇示して頂点にのしあがる弱肉強食の世界――…

 このクラブキノタケにやってきたのは偶然の成し得る技であった。もぶ子はそもそもこのような大金の動くセレブ達の集まる船に乗れるような身分ではない。友人がとある財閥の令嬢で、彼女のお零れに預かったというわけだ。
 友人である彼女は夜遊びの激しいタイプで、友人としてはとても良き相手だが如何せん道楽に過ぎる。昨日は一日中プールで男達とはしゃぎ、今日はカジノで豪遊、そして明日は…と、もぶ子は少しだけ共についてきたことを後悔していた。一般家庭に生まれた平凡な彼女にとっては、豪華客船のこの雰囲気だけでも十分に楽しめる。
 そんな小市民なもぶ子はそうそうに友人の遊びに付き合うことをやめ、一人で日がな毎日船内を探検することを密かな楽しみとしていたのだが。

「……いいですか、お嬢さん。今聞いたこと、見たことはどうかご内密に」

 なぜ、男前に壁ドンをされているのだろう。


 もぶ子がその日うろうろしていたのはメイジ号の中でも一際金の動く場所、カジノフロアだ。
 カジノで遊んだり、隣接するホストクラブでお酒を飲んだりすることは無いが、さすが高級クラブとも言うべきか。調度品が上品で華やかだ。そんな店の前をふらふらと歩くだけでも楽しいものだ。
 カジノは24時間営業しているが、ホストクラブキノタケは静かに夜を待っている。その様子にくすりと笑って本日の散歩を終えようとした時だ、もぶ子の耳に人の話し声が聞こえてきた。カジノの方はともかく、こんな昼間に声がするとは。珍しさにそっと声のした方向へと向かうと、道の角の方で背の高いスーツの男性が備え付けの公衆電話で何やら話している。

「……重要な情報を持った人物はまだ、探せていません……はい、ええ、お構いなく。追加のエージェントは…………」

 耳に心地よく響くその声の持ち主は、後ろ姿からでもわかる洗練された振る舞いの男だった。ビターチョコレートのような色の髪の毛はゆるくウェーブし、彼が頭を揺らす度にふわふわと動く。その様子を何となく見つめていると、その瞬間。

「…………ところで、後ろの君は何をしているのかな?」

 目と目が、合った。


 あれよあれよという間に腕を掴まれ壁際に追い詰められたもぶ子に覆いかぶさるように男が立つ。ダメだこれ逃げられないぞ。豪華客船に乗ってから初めて命の危険を感じた。
 男は自らをマティアスと名乗り、深い藍色の瞳をすっと細めて笑った。優男のような風貌だが、目は全く笑っていない。綺麗な男の人が怒ると迫力が3割り増しである。

「君の名前は?」
「もぶ山もぶ子です…………あの、」
「もぶ山さん、今の電話、どこまで聞いていましたか?」
「どこまで?ええ……いやあの、単語が聞こえたくらいで…………」
「……ふむ」

 有無を言わさぬ圧に名乗ってしまったもぶ子だったが、名乗らない方が良かったかもしれない……と後悔していると、マティアスは鋭い剣のような雰囲気を引っ込めて、壁にもぶ子を閉じ込めていた両手を離した。

「本当に一般の方のようですね。申し訳ありませんでした、お嬢さん。」

 彼は恭しく頭を垂れると、もぶ子の手を取って口付けをひとつ、手の甲に落とした。

「?!!?!?!」
「どうか私をお許しください。そして……いいですか、お嬢さん。今聞いたこと、見たことはどうかご内密に」

 目を白黒させるもぶ子にいたずらっぽく微笑んだマティアスは、「それでは失礼」と言って風のように消えていった。

「……な、なんだったの…………」



 その日の夜。もぶ子は友人に半ば引きずられる形でホストクラブキノタケへとやって来ていた。なんでも友人が最近熱を上げているホストがいるのだという。
 友人は「HARRY」という名のホストを指名してさっさと中に入ってしまい、もぶ子は1人クラブキノタケの前で右往左往することとなってしまった。その様子を見かねたのか、黒服の金髪の女性がアシストしてくれたおかげで、なんとか店内へと入る。初めての来店ということで、誰が来るかはわからないのだが……正直帰りたい。話が途切れなければそれでいいか、と独りごちていると、カツン。と靴音がした。
 その方を、見ると。

「やぁお嬢さん。また会いましたね。ご指名ありがとうございます、MATIASです」

 昼間に出会った、彼が微笑んだ。




18,07,11



  
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