▼ 清掃員とSHIDENくん
私は馬鹿だ。
あなたも一緒に働きながら豪華客船メイジ号で優雅な海の旅!……という謳い文句のバイトにホイホイ惹かれて、この不夜城の清掃員アルバイターになったは言いものの……この仕事、実にキツい。
そもそも優雅じゃないのだ清掃員なんて。そりゃまぁ確かにお給金も中々のものだし日給で毎日働いた分を手渡されるからその場で使うことだってできる。できるけど。
ナイトクラブでべろんべろんになって吐いた客の片付けや備え付けプールの清掃、はては客室に泊まっていたカップルの痴話喧嘩に巻き込まれ……キツい、汚い、キケン……ネガティヴな3Kが揃っている。
そんな日々続く仕事に心がしょげていた時に配置された清掃地区が、ホストクラブ・キノタケだった。
一際煌びやかな雰囲気と、華美だけれども洗練された調度品。そろう黒服からして顔面偏差値が青天井しているわホストたちも一芸秀でた者達だわ…私には手の届かない世界がそこには広がっていた。
……しかし私がここに足を踏み入れるのは全てが終わった朝。たまにアフターから帰ってきたホストの方とすれ違うが、それだけだ。
それだけ、なんだけど。
「おはようございます〜、清掃員のもぶ山です」
「おー、今日もありがとなもぶ子ちゃん」
店長さんに挨拶をして中に足を踏み入れる。店の手前から数えて3つ目のテーブル。
「お…おはようございます、SHIDENさん」
「ああ、おはようもぶ子。今日も掃除、ご苦労さん」
紫色の目が柔らかく微笑む彼はSHIDENさん。このホストクラブで働くホストだ。
なぜ、毎朝私と彼がここで会っているのか。それは一週間ほど前の、初めてここに清掃しに来た日まで遡る……といっても、簡単な話なのだけど…。
清掃員のバイトで疲れ切っていた私は、だいぶしょぼくれた顔をしていたのだと思う。もそもそとモップとバケツを持って移動していた時だ、右手の重たいバケツがふっと軽くなった。それに驚いて顔を上げると、そこには。
『なんだか浮かない顔だな、お嬢さん。おはよう、君があたらしい清掃員の子だね』
流れるような銀色の髪がさらり、と顔にかかったその男の人。冷たそうな紫の瞳が柔らかく微笑むと、雰囲気がガラリと変わる。口元のホクロが喋る度に動いて、踊るようだ。
綺麗な顔のその人にポカンとしていると、彼はまたクスリと笑った。
『私も手伝うよ。』
『え?!いやいやそんな、ホスト……さんですよね?手伝わせるわけには』
『まだ眠くないんだ。体を動かせば眠くなるかもしれない。……いいか?』
そう聞かれたら、はい、と言うしかない。いまおもえば、それは嘘だったのだろう。彼は一緒に掃除をしてくれながら、私が疲弊していた理由を巧みに引き出して話を聞いてくれた。
『私はSHIDEN。……君は?』
『もぶ山もぶ子です』
『じゃあ、もぶ子だ。……明日もまた、話を聞かせてね』
『……は……はい…………』
と、まぁ、こんな感じで。朝の清掃を彼が手伝ってくれることになったのだ。
「ぼーっとしてるな。どうした?また何かあったのか?」
「い、いえ!毎日楽しいですよ!!」
「…………なら、いい。君が笑っているのは、見ていて癒される」
そう言って微笑むSHIDENさんに、鼓動がどんどん早くなっていった。
18,07,10
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