ブティック店員とRENZOさん


「お嬢さん、如何しました?」

 私はこの目の前で涼やかに微笑む男をどうにかしなければならない。



 私はこの豪華客船メイジ号の中にある高級ブティックの店員だ。まぁ高級つったって斜め前にあるローマのべファーラ発祥の被服店やお隣にあるゴールの王宮御用達のスーツ仕立て店よりはお手軽に入ることの出来る店なのではないかな、と勝手に思っている。
 その日は開店前で、店内の準備を一通り終えた私はマネキンのコーディネートを考えていたのだが、ふと通りの向こうを見やるとレストランエリアから男女が歩いてくる。……朝の散歩かしら?と思うほどに今の時間帯は店が空いていないから、カップルがブラブラしてんのね〜くらいに思っていた、のだが。

 次の日も。
 その次の日も。

「(…………ま、毎日女の人の方が…バラエティに富んでる……)」

 よくよく考えてみると、男性の方はかなり仕立ての良さそうなスーツを身にまとっているがあのスーツ見た覚えがある。この船に乗り込む時に手渡されたパンフレットの中の一つ、この上のフロアであるカジノエリアの一角にある高級ホストクラブキノタケ。そのクラブキノタケの紹介ページにあのスーツを見た覚えがある。あの人ホストなんだ。
 毎日のようにアフターがあるというのは…まぁなんだ、私は他人事のように「ワー大変ソウダナー」なんて思っていたのである。

 そんな観察をボケボケを続けて、約1週間。

「おはよう、お嬢さん」
「……ど、どうも…お兄さん、まだここ空いてないんですよ」
「知ってますよ」
「(知ってるんかい)」

 そのホストさんーー…RENZOさんが、なぜかこちらへと近づいてきた。なんでだ……?

「この店舗はどこの国発祥なんですか?」
「ここは天照ですよ。わりとこの通りの中じゃ、リーズナブルな方です。メンズウィメンズ、豊富に種類は取りそろえてます」
「なるほど、道理で見た事がない店だったと……いや、失礼。自国から出たことがほぼなかったもので、珍しくて」

 たしかにうちのブティックは天照では有名どころだが、海外進出はしていない。なるほどな〜なんて思っていたが、ここで疑問がひとつ。

「……あれ、もともとホストやってたとかじゃないんです?」
「ああ、実はなんだか分からないうちにホストをやっていたんです」
「そんなことあるんですか?」
「私が体験した、ということはあるんでしょうね」

 二言三言交わして、沈黙が訪れる。その沈黙を破ったのは私だった。

「……あの、」
「はい?」
「………なんで今日、こっちに近づいてきたんです……?」
「ああ、そのことですか」

 彼は恭しく一礼をしてーー…その動作があまりにも堂に入っていて私は動揺した…ーー私の手を掬いとると、騎士がするように私の手の甲に口付けを落とした。度肝を抜く私に、彼は宇宙のような深い知性を感じさせる瞳を弓なりにしならせた。ただでさえ端正な顔立ちが、ぱっと華やぐように微笑むのを見て、気が遠くなるかと思った。

「??!」
「お嬢さんが毎日私を見ていたので、少し気になって寄らせていただきました。……今夜にでも、クラブキノタケにいらしてください。歓迎致しますよ」



 ダメだ、この男は。
 どうにかしないと、私の心臓がどうにかなる。



18,07,18



  
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