純白のドレスを身に纏い
お題元さま→
ConBrio* * * *
「私、結婚するの」
その告白は突然だった。
窓越しに見える青空からは色が消え、心臓がズキリと悲鳴をあげる。
彼氏が出来たと照れながら報告して来た日も、こんな感覚に襲われた。けれど、その時よりも苦しく、痛い。
「そう、なんだ。いきなりだね、いつ?」
「来月。やっぱり幼馴染みのあんたには来てもらいたいし、ぜひ来てね。彼がとっても素敵なドレスを買ってくれたのよ。──あ、じゃあそれだけだから、今日はひとまず帰るわ」
「……」
「……ちょっとー。おめでとうって、言ってくれないの?」
彼女はあくまで無邪気に笑う。
おめでとう、なんて。今の僕には地獄よりも恐ろしい言葉だ。
だって僕はずっと前から、彼女の婚約者よりずっと前から、君の事が好きだった。
「ごめんごめん忘れてた。──おめでとう」
薄っぺらくて、心なんて欠片もなくて、冷たい冷たい祝福を捧げる。
それでも君は、子供の時から変わらない可愛い顔で、微笑んでくれるんだ。
「えっへへ。さんきゅ!じゃあ私はこれで失礼するよ、ばいばい」
遠ざかる背中を送るのがこんなに怖いなんて、昔は思ってもいなかった。「ばいばい」と言っても、彼女の家はすぐ隣なのだから。いつだってすぐ傍にいて、何時間か経てば学校に一緒に行くんだから。
けれどもう、僕達は大人になった。
幼稚園も小学校も中学校も高校も常に近くにいたとしても、それはただ単に幼馴染みだっただけ。偶然にして幸福で、残酷な関係だ。
「幼馴染みなんて、そんなもの」
家族にはなれても、恋人にはなれないんだよ。
* * * *
「結婚おめでとう!」
「よかったねえ。旦那さん、とっても紳士的な方みたいだし」
「うふふー、そうでしょ。でも友情は変わらないんだから、私置いて旅行とか行かないでね。遊んでーっ」
「あはは、当たり前じゃん。そっちこそ『今日は旦那とイチャイチャする日だから』とか言って、遊び断らないでよー?」
結婚式の日は、すぐにやってきた。
主役の花嫁は親しい友人達に囲まれ、溢れんばかりの祝福を受けている。
そんな中、僕は石像のように棒立ち、めでたい所に居る者として失格だ。正直、どうやって此処までやって来たのかも半分覚えていない。
「……君が幸せならいい」
本気でそう思えたらどれだけ良いか。
人間とは実に欲深く、どうしても自分に都合の悪い事は認めたくない。そんな自分を腹立たしく思いながらも、どうしようも出来なかった。
僕は最低だ。
「おーい。可愛い幼馴染みの結婚式だというのに、なんで沈んだ顔をしてるのよ。もしかして具合悪い?」
予期せぬ声にバッと我に返ると、目の前には想い人の姿。先程まで彼女を囲んでいた友人達は、食事を楽しむために移動したようだ。
チャームポイントのくりっとした目は、少し心配したように陰っている。
「い、いや。大丈夫だよ。それよりいいのか?旦那のところに行かなくて」
「彼は彼で、旧友と盛り上がっているからいいの。それより、ずっとお世話になった貴方には、言っておきたいことがあってさ」
「え?なんだよ改まって」
いつも強気で男っぽい性格の彼女が急にしおらしくなり、僕は戸惑った。
言っておきたいこと?このタイミングで?
「……私、こんな性格だから、いろんな人に迷惑かけた。すぐ誰かと喧嘩しちゃうし、宿題は忘れるし、泣き虫だし……特に幼馴染みの貴方には、数え切れないぐらい頼って生きてきた」
「別にそんな……」
ぽつりぽつりと、花嫁は一文字ずつ丁寧に語る。
僕は圧倒されつつも、聞き逃さないように耳をすませた。──長い間ほぼ毎日聞いたこの声が、悲しいほど愛しい。
「だけど貴方はいつだって味方をしてくれたよね。私の我が儘を受け入れてくれた。どれだけ支えられたら解らないわ」
「僕はそんな優しくないし、何もしてないよ」
「そんなことない。私って前向きな性格だねってよく言われるけど、それは貴方のお陰だと思う。だってどんなに辛いときも、幼馴染みという世界で一番信じてる人が、一緒に居てくれるんだもん。だから前が怖くないの」
「はは、普段のお前とは似ても似つかない言葉だな。浮かれすぎて、おかしくなった?」
あえてあっけらかんに答えると、彼女に軽く叩かれた。力加減は今だに覚えてないらしく、結構痛い。
しかし雰囲気からして、怒ってはないだろう。証拠に、頬にはエクボができている。
「もうっ、空気よみなさい。せっかく格好よく伝えられるように、一週間前から脳内シュミレーションしてたのにぃ。……とにかく!」
「とにかく?」
「私はどんな時でもあんたの味方でいる。いつか彼女ができて夫婦喧嘩をしたなら、私が仲介してあげる。弱音を吐きたくなったなら、夜中でも聞いてあげる。何十時間だって聞くよ。……ずっと前から、ううん、これからも──"大好き"なんだから!」
分かってる。
この"好き"は、僕の望む意味は含まれていないと。
それでも春のようにポカポカするのは何故なのか。油断をしたら泣いてしまいそうなのに、同じくらい、晴れやかだ。
そうだね、決して君は遠くへ消えるわけじゃない。赤い糸では繋がっていないけれど、強い絆はこれからも変わらないんだ。
「なあ」
「ん?」
「"おめでとう"」
一ヶ月前の空っぽの『おめでとう』とは違う。大きな感謝と、ありったけの祈りを込めた。
どうかこの子が、幸せになれますように。
どうかこの子が、涙を流すことがありませんように。
「──ありがとう」
とびっきりの笑顔はドレスによく似合う。
この顔を見るとやっぱり未練がましいけれど、大丈夫。本当に闇に塗り潰されそうな時は、お言葉に甘えて長々と愚痴らせてもらうよ。
「それにしても、なんであんたって意外とモテてるのに、彼女の一人や二人いないのよ。……私よりも良い人は沢山いるっつの」
「へ、何?ごめん聞こえなかった」
「なんでもないですーっだ!ブーケはあんたにあげるよ」
「余計なお世話だ!」
その後も結婚式は盛り上がり、まるでワンダーランドのように別世界のようだった。
自分の恋は実らなかったけれど、大切な人の愛の果実は輝いている。キラキラと、そこにある。
純白のドレスを身に纏い (僕等は第二の人生を歩き出す)[ 2/2 ][*prev] [next#]
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