駆け出せ、今すぐ

自分の出演する音楽番組にHE★VENSのみんなも出演すると聞いて浮き足立ちながら収録現場に向かっていた。幼馴染…と言っていいのか分からないけれど、小さい頃から仲の良かった鳳兄弟がアイドルとしてデビューしたと聞いた時は本当に嬉しかった。私はもうずっと前からシャイニング事務所で歌手活動をしていて、事務所は違えど大好きな彼らと共に、同じ番組に出ることができることを誇りに思う。

彼らが7人になって新たに出てきた時は心の底から安心したのを覚えている。もちろん瑛一がHE★VENSとして3人で活動していたのは知ってるし、それは嬉しかったのだが、瑛二が彼と一緒のグループで活動出来ることに、幼馴染だからこそ持てる感情が渦巻いた。彼の歌声は、世界に知って欲しいもののひとつだから。

今回は数時間放送されるスペシャル番組で、私の出番はソロとシャイニング事務所としての2回。出演者に挨拶もろくに出来ないままソロ撮影が始まった。歌姫、なんて言われながらカメラの前に出るのはいまだに恥ずかしい。シャイニング事務所としても、親しい仲の林檎ちゃんやQUARTET NIGHT、HE★VENSのライバルであるST☆RISHと共にトラブルも無く無事に撮影を終えて楽屋に戻った。

「名前」

ドアを開けようとした時、今日1番待ち望んでいた声がした。振り返るとやっぱり瑛一と瑛二がいて、瑛二は少し控えめに私に手を振る。

「わー!久しぶり!」
「本当に久しぶりだな、変わらないようで何よりだ」
「ふ、ふたりは大きくなったね…」
「まぁ、結構な年数会っていなかったからな。俺も瑛二も成長する」

昔は同じくらいの身長だったのにな、と思いながら二人を見上げた。とりあえず中入って、と一応周りを確認してから2人を楽屋に入れた。話したいことは沢山ある、と言われて3人とも同じことを考えていたようで微笑ましくて頬が緩んだ。

「ほかのメンバーも挨拶に来たいと言っていたんだが、みんなで押し掛けても迷惑だろうと瑛二と内緒で来たんだ」
「久しぶりだから、邪魔されたくなかったっていうのもあるんだけどね」

えへへ、と笑う瑛二は本当に変わらなくて私もつい口角が上がる。変わらないといっても外見は本当にかっこ良くなったと思う。可愛いだけじゃなくて凛とした男らしさとか、表情に出る優しさとか、総括して“大人”になったと思う。瑛一も滲み出る兄らしさは変わらないが、ひとりの男として随分と成長した。

「そっかぁ、いつかゆっくりみんなには会いたいな。事務所が違うから難しいかもしれないけど」
「レイジングとしては、歓迎するぞ」
「ふふ、ありがとう」

ふと、瑛二が私を見つめていたから目を合わせると少し照れながらはにかんだ。それがなぜか心に引っ掛かったまま、私たちはそのあとも話に花を咲かせた。

今いるのが楽屋ということもあってそんなに長くは話せなかったが充実した時間が過ごせた。私がデビューしてからのことや、彼らに待ち受けた災難のこと。お互いが居なかった時間の埋め合わせをするように、短い時間のなかに沢山の情報を詰め込んだ。そろそろ戻らなくては、と瑛一が言った瞬間、瑛二がしどろもどろに瑛一になにか内緒話をした。

「どうしたの?」
「いや、なんでもない。俺は先に戻るから名前は瑛二の話を聞いてやってくれ」

また今度な、と言って瑛一は颯爽と帰ってしまった。弟くらい待っていたらいいのになんて思いながらその懐かしい背中を見送った。

「私になにか話があるの?」
「うん、あのね、俺に歌を教えてくれたのは名前だから、そのお礼がしたくて。俺がHE★VENSに入って活動できてるのは名前のおかげだよ」

私の正面に座って、少し伏し目がちにそう話す彼は慈しむような話し方でそんなことを話した。それは私が音楽を専門に習っていたとき、まだ幼かった瑛二に歌を教えていた。小さい頃から才能があったことは知っていたし、何より私は瑛二の歌声が好きだった。それが将来こんな形で役に立つなんて思いもしなかったけれど。

「そんなことないよ。それは瑛二の実力だから、私はほんの少し基本を教えただけ」
「それがあったからこそ、だよ。俺は名前に歌声が好きだって言われたからここまでこれたんだ」

不意に瑛二は机の上においていた私の手に自分の手を重ねた。その手はもう、迷子にならないように繋いでいたときのものではなくて、大きくて綺麗な男の人の手。彼の長い睫毛が数回まばたきをすると、真剣な表情で口から言葉を紡いだ。

「俺は、名前の歌が好きだよ。俺なんかよりずっと上手くて、綺麗で、繊細な歌声。でも、いつか追い付いてみせるから待っていて」

まるでドラマのワンシーンのようなセリフ。まさかそんなこと言われるなんて思わなくて、少しだけ涙腺が刺激された。

「ほんと、成長したね」
「もう子供じゃないんだよ?名前は俺の事、まだ甘えんぼの弟だって思ってるでしょ」

重ねられた手をさすられてドキッとする。確かに私は瑛一と同じように瑛二のことを大切な弟として接してきた。それがいつの間にか瑛二にも伝わっていて、彼は子供のように接するのをやめて欲しかったのかもしれない。

「そうかもしれない、でもこんな出来た弟は私には勿体ないわ」
「褒めすぎ。…あの、もうひとつ、聞いて欲しいことがあるんだけど…」

少し慎重に、眉尻を下げ様子をうかがうように彼は話を続けた。一呼吸ついて緊張を解しているようで、なぜか私にも緊張が移ってしまう。

「まだ俺は君にとって弟みたいなものかもしれない。でも、いつか俺のことちゃんとひとりの男としてみてくれますか」

一秒がとても長く感じた。この瞬間だけでも何分も経ったんじゃないかって思うんだけど、正確には数秒しか経っていなくて自分のまばたきでさえゆっくりに思える。先ほどから握られていた手を優しく持ち上げられ、指先に瑛二の唇が落ちた。

「俺は、名前のことが好きだよ。ずっと昔から、この関係がもどかしかった。こうしてまた出会えて本当に嬉しいし、これは運命だと思うんだ」
「ちょ、ちょっと、まって」
「待たないよ、俺はずっと待ってたんだ。この思いを告げられる日を。いつかでいい、君の特別になりたいんだ」

不意に瑛二は椅子から立ち上がり、つかんでいた手を離すと私の頭を撫でた。

「またきちんと会いに来るから。そのときにもっとたくさん愛を伝えるね」

兄さんに遅いって言われちゃうから、と放心状態の私を置いて去っていった瑛二も、私に触れた手が震えていたから本当は緊張していたに違いない。パタン、と閉じられた扉の向こうにいるであろう彼に、きちんと伝えなくては。私も好きだよ、と。



駆け出せ、今すぐ
(もう後戻りはできない)




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