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ーー私はいつだって死と共に生きている。

暗殺という仕事を生業にしているが、実際のところ生死を彷徨う大怪我をしたことがなかった。そりゃあ斬られたり焼けたり撃たれたり、たまにはそんなことあるけど“死”と隣り合わせで生きていることを忘れるくらいには、人と殺し合いをしてるにしては、あまりにも平和だった。裏社会に入った時から死ぬことなんて怖くなかったし、いつ誰が死んでもおかしくないのはちゃんとわかっている。

この日が来るまでは。





真っ黒なパンプスをカツカツと鳴らしながら趣味の悪い大理石の床を、趣味の悪いスーツを着たターゲットの男と歩く。金持ちの男が相手の時は本当にやりやすい。腐ってもイタリアーノ、ちょっと気のあるフリをすれば構ってくれる。そしたら二人きりになるのに時間はあまりいらない。
華やかなパーティ会場から離れ、物静かな別館へ連れてこられた。男が1番奥の部屋のドアを開ける。どうぞ、と腰を抱かれ部屋に入るとガチャりと鍵の掛かる音。

「連れの男はよかったのかい?」
「構わないわ、あの人が私を放っておくのが悪いんですもの」

そう言い男に向き合い、男の手を握る。あぁ気持ち悪い。そう思った時には、もう男は苦しもがいていて、私を見ると憎悪の表情に変わり、最終的に口から泡を吹いて倒れた。倒れた男の口からは大量に吐血しており真っ黒なドレスにシミを作った。ちょっとやり過ぎて内臓傷つけ過ぎた、最悪だ。私のスタンドは相手に皮膚同士で投薬し、毒殺することもできる、暗殺向きのスタンド。

「おいおい誰がいつお前を放っておいたって?」

そう言いながら、ドアを蹴破ってプロシュートが入ってくる。いつものスーツや髪型ではなく全てパーティ用に見繕ったもの。今日は一段と派手に殺ったな、と小言を言いながら少し大きめの鞄を、情事をする予定であったであろうベッドにドカッと置く。

「ごめんごめん、いつだって一途よね」
「それは嫌味か?」
「違うわよ、褒めてるの」

プロシュートが持ってきた鞄から着替えを取り出し、シャワー室であの汚らしい男が触った箇所を洗い流しに行く。仕事上仕方ないけど、好きじゃない相手に触られるのは気分は良くないものだ。

「手伝う」
「いいわ、折角のスーツが少しでも汚れたら嫌だもの」

そう言って私の肩にかけた手を退けると少し眉間に皺が寄る。

「んなこと…」
「着替え終わったらこのままデートしよ?今日のプロシュートとても素敵」

今日だけか?と、ニヤリと笑うのは確信犯。間違えたわ、いつも素敵、そう答えると触れるだけのキスをして片付けてくると言いシャワー室を出た。早急に綺麗にしてリストランテにでも行こう。



そういえば鞄に香水が入ってないな。長いとも短いとも言えない髪の毛を乾かしながら思い出す。洗い流したからって血の匂いは少なからずするもので、わかる人にはわかってしまうから。最悪この部屋にあるものを見繕うかと、戸棚に目を向けると片付けを終えたプロシュートが戻ってきた。

「終わったか?」
「あと髪の毛セットしたらね」

プロシュートは近くの空いてる椅子に座り、煙草を手に取る。そんな一つ一つの動作でさえ様になってしまう彼には何回だって見惚れてしまう。

「ねぇプロシュート」
「あ?」

私が話しかけると煙を吐き眼だけこちらに向ける。言葉こそ高圧的であるが、それは彼の本質であって、機嫌が悪いわけではない。

「ペッシが来てしまったから、私と貴方が任務で組むことも無くなってしまうのかしら」

互いに見つめあい、決してそらさない。プロシュートの目には私はどう映っているのだろう。挑発的?純粋な疑問?それとも、寂しそう?少なからず私はすべての感情を含め、聞いたのだ。このチームに入ってから随分と長い時間が過ぎたけど、ほぼ同時期に入った私と彼は誰よりも近しい存在だと、思っていた。ペッシに嫉妬してるわけではないけれど。

「まぁ、回数的には減るだろうなぁ。というか、そもそもサクラは特定の誰かと組まねぇじゃねえか」
「そうだけど、やっぱり、寂しいじゃん?」

意外だった。自分の口からこんな素直に寂しいなんて言葉が出ることが。言われたプロシュートも驚いてるようで口元のニヤけが隠しきれてない。もう何年もハニートラップやら色仕掛けなんてやってきたし、チームにも愛し愛されてきたけど、寂しいなんて初めて言った気がして、今更恥ずかしくなってきた。彼は煙草を肺いっぱいに吸い込んでゆっくり煙を吐き出す。

「んなこと気にすんじゃねぇよ、任務以外でもたくさん構ってやっからよぉ、俺のベッラ」
「…グラッツェ、私のテゾーロ」

形のいい唇を綺麗な三日月形に歪め放った言葉は私を幸せな気持ちにするには満足すぎる。

「ぷろしゅーと」

そう舌足らずに呼んで両手を伸ばせば、相手も煙草の火を消し両手を伸ばして抱き留めてくれる。そう言えば香水を忘れていたことを思い出し、香水、と言えば、あぁ忘れたのかなんて言いながら肩口に顔を埋めてくる。くすぐったい、なんて言えばそうか、と言われるだけで辞める気は無い。そのまま抱きかかえられて鞄を置いたベッドに降ろされれば、まるでプリンチペッサ扱いだ。ほら、とプロシュート愛用のGUCCIの香水をかけられれば、もう貴方と同じ匂い。

「用意は済んだのか」
「うん」
「じゃ、行くぞ」

先程まで生きていたターゲットが冷たくなって転がる部屋で私達は静かにキスをした。




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