まるさんかくしかく | ナノ
「本当は知ってました。みょうじさんが私のことなんて、なんとも思ってないこと」
ぽつりぽつり。消え入るような声色で宮崎さんは言葉を紡ぐ。
「けど、ここに来てからみんなみんな私のことを好きになってくれたので、だからみょうじさんもいつかは、って」
宮崎さんが口を閉じた瞬間、しん、とまた辺りが沈黙に包まれる。彼女の顔は下を向いてるけれど、泣いていることだけはわかった。
「宮崎、さん」
もうこの際、私の言いたいことを、伝えたいことを、ちゃんと言わなきゃ。このままじゃ、きっと何も変わらない。
そう思った。
けど、私が名前を呼んだ途端、びくり、と彼女の肩が震えて。それを見た瞬間、どうしようもなく怖くなった。言葉が続かない。言いたいことはあるのに、口から出ようとしてくれない。
「わた、し…、」
ぐるぐる、ぐるぐる。よくわからない感情に襲われる。何も変わらないと、そう思ったのは自分なのに。
ぽん、
そのまま何も言えずに立ちすくんでいると、頭に柔らかな重みを感じた。さっきまで私を抱き寄せてた三郎の手が今度はそこに乗せられているらしい。ぽん、ぽん。優しく、安心させるようなそれ。
突然のことに目をぱちくりさせていると、音もなく、三郎が私の背後から隣へとその体を移動させた。途端、きゅ、と右手が低めの体温に包まれる。視線をやれば、当然と言えば当然だけれど三郎の左手があった。
重なった手と手をじっと見つめる。何も言わないその大きな手に、不思議なくらい安心させられた。でも、顔を見ることは出来ない。そんなことしたら、私はきっと泣いてしまう。
すう、と大きく息を吸い込み、彼女を見据え、口を開いた。もう、心がぐらつくことはない。
「正直に言います。…私、あなたのことが苦手でした」
ぱっ、と勢い良く宮崎さんは顔をあげる。私は彼女の方を見ていたから、必然的に視線が重なった。
「苦手って言うより、嫉妬をしていました」
「…え、?」
「私の大切な人たちがみんなあなたを好いて、あなたのことしか頭にないから…だから、なんだか淋しかったんです」
「……あ、あ」
「はは、くだらない独占欲ですよね。自分でもわかってます」
「そんなことありません…!、どうしよう、私…っごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「謝らないでください。…誰も悪くなんかないんです」
「っ、でも」
「…さっきも言った通り、私は三郎が好きです。それは変わりません。絶対に。だから、あなたの気持ちには応えられない、です」
私がそう言うと、宮崎さんは少しだけ瞳を揺らした。それと同時に、流れ続けていた涙がようやく止まったようだ。最後の一滴が名残惜しそうに去っていく。ぱち、ぱち。ゆっくりとしたまばたきを繰り返す。
いつの間にか、先程までの様子が嘘みたいに落ち着きを取り戻したらしい彼女はそっと目を伏せ、どこか諦めたように小さく笑った。
「…みょうじさんが、」
「……」
「みょうじさんが鉢屋くんを好きでも、それでも私はみょうじさんが好きです」
「…はい、」
「私、こう見えても一途なんです」
「……はい」
「…諦めません、好きですから」
「…はい」
「ただ、…せめて今は、お友だちでいさせてください」
お願いですから。そう言って宮崎さんは静かに笑った。このときの、切なそうな、幸せそうな、いろんな感情がないまぜになった笑顔が私は忘れられない。
風の吹く音
(ごめんなさい、ありがとう)(心の中で何度もそう呟いた)