まるさんかくしかく | ナノ
宮崎さんが好き、かあ…。ああもう、なんとも間が悪い。私はみんなのことが、好きだ。でも、それは恋愛感情としてではない。けれど、今の心境はなんとなく複雑で、頭がぐちゃぐちゃで、そしてすごく淋しかった。あと数歩前に進めばみんなのいる部屋へと行けるのに、足は一向に動こうとしてくれない。
「なまえ、」
「……」
「大丈夫か、なまえ」
「っあ、ごめん。…大丈夫だよ。うん、大丈、夫」
三郎が心配そうな声で私の名前を呼ぶ。私はいつの間にか俯いていた顔を上げて、下手くそな作り笑いでそれに応えてみせた。ただ、やっぱり上手く笑えてなかったみたいで、三郎の眉は顰められてしまう。やってしまったと、そう思ったとき、気付くと三郎は私の手を掴んで歩き出していた。
「さ、三郎っ?」
「静かに」
「ちょっと、ねえ、三郎、何処に行くの…っ?」
「いいから、」
そう言ったきり、三郎は口を閉ざしてしまう。歩んでいた足は速度を上げ、いつの間にか走り出していた。何処へ向かっているんだろう。…ひょっとしたら、何処でもないのかもしれない。
手首を掴む力が少し、強くなった。
「三郎」
「………」
「ねえ、ちょっと待ってよ」
それから暫く走り続けて。私はなかなか止まらないそれに、再び制止の声を掛けた。するとそこでぴたり、と走り続けていた三郎の足が止まる。いつの間にか長屋から離れた静かな場所へ来ていた。三郎はやっと踵を返し、私の方へと体を向ける。眉は未だ顰められたままで、その原因は自分にあるというのに、いや、その原因が自分にあるから、ちくりと胸が痛んだ。
そして、そう、それは瞬間の出来事だった。三郎の表情に胸を痛め、思わず目を背けてしまったその一瞬の後。
「…!」
私は三郎の腕の中にいた。ぎゅう。三郎の温もりが、優しく私を包みこむ。心臓の動きが急に早くなるのがわかった。うまく息が、呼吸が、出来ない。そして私は次に彼から発せられる言葉に、今以上の衝撃を受けることになる。
「好きだ」
「…っ、え?」
「なまえが、好きなんだ」
「……っ!」
三郎はそう耳元で言葉を紡ぎ、私を抱き締める力を強めた。その声は囁くように小さなものだったけれど、私の心を乱すには十分過ぎるくらいの破壊力を持っていた。
「もう、お前の辛そうな顔は見たくない」
「さぶ、ろ…」
「私が傍にいる。だから、」
「ありが、とう」
「……?」
「…私は、みんなのことが好き」
「…っなまえ、」
「最後まで聞いて?……みんなのことが好きって言ったけど、三郎は、違うの」
三郎の背中に自分の手を回し、おずおずと力を込める。
「三郎だけは、どうしようもないくらい、すごく特別」
さっきまであんなに辛いとか、淋しいとか、そんなどうしようもない感情ばかりが頭を占めていたのに、今はどうだろう。どきどきが止まらなくて、けれど、不思議と穏やかな気持ち。目から、ゆっくりと雫が落ちる。胸の中を、温かい風が吹いた。
「私も、三郎が好き」
傍にいさせて
(気付いてないと思うけど)(きっと、私の方がずっと好きだったよ)(ねえ、どうかこのひとだけは)(私から奪わないで)
そのときはもう頭がいっぱいいっぱいで。だから気付かなかった。普段なら嫌でも気付く、ヒトの気配に。