まるさんかくしかく | ナノ
「みょうじさん!」
誰もが振り返るような笑顔を浮かべて、宮崎芽衣がこちらに向かって走ってくる。なんで私なんだろう。隣にいる三郎ではないのだろうか。でも、彼女の目は確実に私を捉え、彼女の口からは私の名前が発せられている。
「みょうじさん、おつかいに行ってたって聞きました!おかえりなさい、お疲れさまです!」
「いえ…ありがとうございます」
「私、ずっとみょうじさんにお礼がしたくて、それで…」
「お礼?」
「はい!この間助けていただいたお礼です!」
「ああ…、そんなことでしたらお礼なんていらないですよ」
そうか。よくよく考えてみたら、私が彼女と接触したのはその一回だけだ。いろんなところで見かけるから、変な錯覚をしていた。
「いいえ、それじゃ私の気が済まないんです。遠慮しないで何かさせてください」
「でも、私が勝手にしたことですし…」
困った。本当にお礼なんていらないと思っているのに、彼女は私が遠慮していると勘違いしたようだ。どうしようかと困り果てて三郎の顔を見てみると、不快さを隠そうともせずに顔に表していた。これじゃ手助けなんかは求められそうにない。
そのまま彼女の望みをなんとかしてかわそうとしていると、ふと、深く慣れ親しんだ気配が近付いてきた。
「あれ?宮崎さん?」
「あ、本当だ」
「また会ったなー」
「あ、みんな!」
兵助、雷蔵、ハチの三人。どこか違和感があるのは、そこに三郎がいないからだろう。
「それに三郎と…お、なまえ。帰ってたのか。宮崎さんがなまえのこと気にしてたぞ」
「兵助…」
「そうだなまえ、聞いてよ。宮崎さんの料理、凄くおいしんだ。なまえにも食べさせてあげたかったな」
「雷蔵、」
「この前言ってた団子屋、宮崎さんと行ってきたんだ。なまえも早く行った方がいいぜ」
「は、ち…」
なんというか、失望、した。大袈裟かもしれないけれど。
久しぶりに会ったというのに宮崎さん宮崎さん宮崎さん、って。煩い、としか言いようがない。なんでそれを私に言うの?私には関係ない。『おかえり』は何処に行ったの?それに、そのお団子屋さん、私が帰ってきたら一緒に行こうって言ってたやつじゃない。忘れてしまったとでも言うのだろうか。
これがある種の嫉妬だなんてこと、自分が一番わかっている。ああ、なんて悲しい。なんて虚しい。
「そういや三郎最近付き合い悪いよなー。団子屋にも行かなかったし」
「団子屋はなまえが帰ってきたら五人で行くと約束してただろ」
「え?ああ、そうだっけ。でも宮崎さんが行きたいって言ってたから」
「…それ、本気で言ってるのか?」
「は、鉢屋くん!怒らないで?我儘を言った私が悪いの。みょうじさんと約束してただなんて知らないで…」
「………」
「宮崎さんは悪くないよ」
「ううん、全部私が悪いの」
「宮崎さんが気にすることじゃないって」
「そうかなあ…でも…、」
涙目になり自分が悪いと訴える宮崎さんに、それを庇おうとするみんな。彼らとその中心にいる女の会話を、三郎がまるで蔑むように見ているのが目に入った。でも、その気持ちは痛いくらいわかる。だって彼らはこんなにも変わってしまった。
私の好きだった彼らは、ここにいない。もういない。きっと戻ってこない。
「…ごめんね。悪いけど私、部屋に戻るね。少し体調が悪いの」
隣にいる三郎だけが私の支えだった。
揺れる、揺れる
(変わったのは私もだ)(こんな醜い感情、知らなかった)(知りたくなんてなかった)