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 セッちゃんに対する不満を書く。

 セッちゃんが作る「カレー」は、「カレーライス」じゃなくて「カレー味の野菜の煮物」。ビーフはまずない。鶏の胸肉。どんな魔法を使っているのか、全然ぱさぱさしてないけど。野菜だって歯ごたえが良いのにほろっととろけるみたいな食感だし、スパイスの配合から始めるせいでピリッとした刺激があるのにすごくまろやか。隠し味のせいですごく風味豊かでいいにおいもする。
 セッちゃんは自分で「ライス」を排除するくせに、俺のためにわざわざターメリックライスを作る。わざわざ二つ隣の駅のオーガニックスーパーにタイ米を買いに行かされる。バターの香りが食欲をそそるし、ガーリックもちょっとだけ効いててこれだけでおにぎりにしてほしいくらい。たまにサフランライスを作る。流石にサフランの花を買ってこい、キッチンで千切れとは言わない。サフランライスのもと(例のオーガニックスーパーで買うやつ)を使う。「花は?」って聞くと「そこまでやってらんないんだけどぉ」とか言う。じゃあ普通のコシヒカリでいいよって話。こだわり方がよく分かんない。面倒くさい。


 エッチに素直に誘えない。スムーズさもない。ヤりたいならヤりたいって言えばいいのに、何食わぬ顔をしてベッドに入っちゃう。俺がヤりたくて、無理やり襲い掛かってなし崩しでセックスしたら後からすごく怒るから、こっちもかなり遠慮しているのに、うつらうつらし始めたころ、レジ前でこっそりお菓子のおねだりをする子どもみたいに、俺の袖をやわい力で引っ張って来るわけ。
 俺よりちょっとだけ背が高いくせに、俺が抱きしめるみたいにして眠る姿勢のせいで、やけに上目遣いになることを分かっていない。俺の目が暗がりでよく働くことも、本当だったら夜中の方がずっと元気なことも、セッちゃんと寝たいから睡眠時間をずらしてることも忘れてるのか、「したくないならいいんだけど」みたいに言いながらもごもごもごもごすり寄って来る。恥ずかしそうに視線を惑わす姿も、頬が赤く熱っぽくなっているのも、俺には全部わかっちゃうって理解できてない。シーツの上に広がったやわらかい髪の毛が、どれだけ俺を煽っているのか、常々どれだけ人が性欲コントロールに必死になっているのか、全然ほんと、露ほど理解していないようにして誘って来る。無神経。信じらんない。ゴム三個くらいしか残ってないんだよ。足りなくなっちゃったらどうするのって話。しかも実はセッちゃんがこっそり買い足してたりする。信じらんない。既にヤる気かよって思わない?だったらもう「今コンドーム買ったから今夜セックスしようね」って言ってよって思う。俺のわくわく感を育ててほしいよね。


 あと、一人でこっそり泣こうとする。あれだけ愚痴を言うくせに、本当に弱ったときは絶対に弱音を吐こうとしない。そのくせ感情をひた隠しにするのがとにかく下手くそ。帰宅した足取りどころか、ドアを開ける手つきでもう俺には分かっちゃうんだけど、「何かあった?」って聞いても「別にぃ」とか言う。バカみたい。強がっちゃってさ。
 そういうとき、大抵いつもよりお風呂が長い。無理やり一緒にお風呂に入っちゃうと、シャンプー中はこまめにシャワー止めろって意地悪姑みたいなことキーキー言うくせに、落ちこんだ日のセッちゃんはずぅっとシャワーを流してる。湯船に入ってるときもシャワーを出しっぱなしにしているんだと思う、どうせ、泣いてる音も気配も絶対に悟らせないようにしてるんだろう、無駄なのにね。一回突然風呂場を開けて泣いてるところを暴いてやろうとしたら、すごい勢いで湯船に沈んでいったことがある。すごい咽てたけど、確かに頭からびちょびちょになって、涙は分かんなくなったよ。みたいっていうか、バカでしょ。変なの。笑っちゃったら怒りながら笑ってた、キスするといつもと違って大人しくなった、だからほら、弱ってるって隠せてないの。


 水にうるさい。果物ばっかり買う。朝からずっとレタスをちぎってる。朝食用のオレンジでマーマレードとか作るとすごく怒るけどこっそりお茶に入れて飲んでるの知ってるからね。気に入ってるの知ってるから。素直に言えばいいのに。低カロリーのお砂糖と蜂蜜使って作ってるって気づかれてるのかも。

 休みの朝から掃除するのはもういいけど、布団を問答無用で洗濯する。ぶーぶー抵抗していたら、シーツが干せない俺のために乾燥器を買った。ビンゴ大会で当たったんだって。アマゾンの値札剥がしてから言いなよ。アマゾンのビンゴ大会なの?

 雨が振った夜更け、偶然ぶって最寄り駅まで迎えに来る。ついでだから一緒に帰ろうって、傘二本持って、こんな夜中に?朝見たのとは違う服、どうせ帰宅して着替えてゆっくりしていたのに、雨が降ってきたからまた着替えて傘持って出て来たんだよ。俺傘持ってなかったって知ってるんだ。からかうように指摘したら、挙句の果てには「ビニール傘が玄関に溜まっちゃうでしょ」だって。相合傘はさせてくれない。でも人がいなくなるアパートの手前あたりでようやく手を繋がせてくれる。濡れるってぶつぶつ文句を言いながら。鍵を出そうとして手を離すと、ちょっとだけ寂しそうな表情をする。無自覚で無意識。ずるいよね。


 セッちゃんに対する不満を書いた。
 きっとまだ書けることが山ほどある。無尽蔵。