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開幕悲劇スター


※凛月がストリッパー※




「見つかっちゃった」

 イタズラが発覚した小学生のように笑うので、引っぱたいてやろうかと思った。
 どうにか寸止め出来たのは、凛月本人からの制止があったからだ。「顔はやめてよね」と。次いで、「分かるでしょ」って。

「分かんないよ」
「セッちゃんの嘘つき」
「分かんないって」
「ふふ、ごめんねぇ」

 涙の一粒も零していないくせに、なんだか泣いているような表情だった。泣きたいのはこっちだと怒鳴りつけたかった。今すぐ馬乗りになって、首元を掴んでがくがく揺さぶって、罵詈雑言の雨を降らせたあと、熱烈なキスのひとつもして今すぐ連れ去ってしまいたかった。

「セッちゃん、そろそろ帰った方がいいよ」
「……追い払いたいってこと」
「心配してるんだよ。ストリップ劇場にいるとこなんか、撮られちゃったらどうするの」
「っ、ちょ、っおい!」

 強引に控室の外に出されてしまう。見てくれに似合わぬ怪力は健在だった。鼻の奥がつんとする。廊下では示し合わせたように警備スタッフがやってきて、両サイドから泉を引っ張っていく。振り向くのも間に合わず、後ろ手にドアが閉まった。すぐ側にいるのに遠のいていく。

「くまくん」

 映画のセットみたいな、わざとらしく寂れた劇場だった。骨董すれすれの薄汚れた座席。けだるげなチケット販売員。アルコールとニコチンと整髪料のぐちゃまぜなにおい。
 凛月によく似たストリッパーを観たと、そんな情報を手にしなかったら、泉には生涯縁もゆかりもなかった場所だ。

 何年も行方不明の凛月。
 ずっと探していた凛月。
 大好きで大好きで大好きな、朔間凛月。

「……っクソ」

 ポールに絡みついた細く長い四肢。
 ラップダンスをリズミカルに踏むたび、髪の束が柔らかく揺れる。
 蠱惑的な赤い瞳が、スポットライトの下で鈍く光りながら、観客たちを絡め取っていく。

 凛月は売れっ子らしい。当たり前だ。容姿の麗しさだけではない。
 
 誰もが勘違い出来る空間だった。

 舞台の上の凛月が、自分のためだけに踊っていると。
 自分のためだけに、一枚ずつ服を脱いでいくのだと。
 泉だって、錯覚しそうになった。取れ戻しに来たはずなのに、熱い下半身を引きずって、駅前の安宿にチェックインをするこの絶望たるや。背徳感でいっそ殺してほしくなる。

 気付けばショーを思い出して自慰に耽っていた。

「最悪」

 射精後の倦怠感に身を任せて目を閉じる。瞼の裏に、劇場の廃れたネオンがぎらぎらと浮かび上がった。虫が鳴くような音を立てて、右端の文字が点滅していたあの毒色の看板。ろくにメンテナンスもされていないのだろう。あの電球はそろそろ点かなくなる。いっそ全部消えてしまえと強く願った。