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一粒一匙一掴み


 オーエンが、ティーカップを無言で差し出してきた。一瞥すると、中身は半分ほど残っている。キッチンに片付けろという意味ではない。夕食後、ラスティカが手ずから淹れたとっておきの紅茶であり、オーエンも大層気にっている味なのだから。

「……ミスラ」

 しばらく黙って見下ろしていれば、名前を呼ばれた。催促だ。早くしろ。流し目がそう物語る。
 いくらか間を置いてから、「どうぞ」とシュガーを注ぎ込めば、オーエンは黙ってティーカップに口をつけた。

「ええっ、そんなにシュガー入れちゃうの?」
「ははは、豪快だね。紅茶味のシュガーを食べているみたいだ」

 クロエは慌てて、ラスティカは笑い飛ばす。げんなりした表情のブラッドリーが、「随分気前よく作ってやるんだな」とミスラを見やるので、「はあ、まあ」と適当に誤魔化しておく。

「シュガーくらい、気まぐれにやることはありますよ」
「お前、オーエンに甘いよなあ」
「そうですか? 昨日殺したばかりですけど」
「なんだ、ご機嫌取りかよ」


  ▼


 無論、乞われるままにシュガーを作ってやったのは、機嫌取りでも気まぐれでもない。明確な意図がある。正しくは、秘密の合図。

「〜〜っ、ん、ッ」
「あなた、ここ弱いですよね」
「っ、分かってるなら……っ、ぁッ、んんっ、んああっ」
「焦らしてるんですよ」

 組み敷いた薄い体が、シーツの間で跳ねる。腰骨を抑え込み、弧を描くようにして蹂躙すれば、甘い嬌声が漏れた。

「っ、っン、や」
「そっぽ向かないでくださいよ」
「うるさ……っ」

 枕に顔を埋め、こちらから視線を逸らされたのが面白くなかった。苛立ちを隠しもせず、顎を掴んで無理やり視線を絡ませる。

「ほら」
「おい、何…ん、ッんんんっっっ」

 差し込んだままの陰茎を、わざと不規則に滑らしながら、口内で舌を暴れ回らせた。すると憎まれ口はどこへやら、オーエンの舌の方から、ねだるように絡みついてくる。シーツを掴んでいた指先も、いつの間にかミスラの首に回っていた。冷たい指先が、誘うように皮膚を撫でる。ぞくり、背筋が粟立つ。下半身の熱が、一層昂ぶってどうしようもない。

「〜〜っ、あっ、待、ゃ、んあッ」
「無理。待ちません」
「ッッバカ、ぁ、おい…っ、はあ、っ」
「っ、誘ったのは、オーエンでしょう」

 シーツの上に、作りたての荒いシュガーが零れ落ちる。

「どうぞ」



  ▼


 シュガーをねだれば、夜の誘い。この合図を使い始めた理由も、もうおぼろげだ。
 そして明確な始まりこそ忘れてしまったのに、ミスラはこの合図が気に入っていた。
 いつも通りの仕草で、いつも通りの薄ら笑いを浮かべ、自分のシュガーをねだるオーエンに、ひどく興奮した。人目もはばからず、その場で犯してやるのもやぶさかではないが、自分の劣情の証を溶かし込んだ紅茶を、何食わぬ顔ですすって見せるオーエンの横顔には、形容し難い甘美さがある。

「おはよう、オーエンちゃん」
「おねぼうさんだね、オーエンちゃん」
「老人は朝が早くて結構だね」

 双子に適当な嫌味を吐き捨てながら、オーエンが朝食のテーブルにつく。気だるげな雰囲気が漂う。随分と眠そうにしている。ミスラの方を見ようともしない。明け方まで、片手で数えきれないくらい交わったというのに。いや、交わったからなのだろうが。

「あ、オーエン」
「何」
「シュガーください」

 そう言って、ミスラが目の前にティーカップを差し出すと、寝ぼけ眼がいっきに見開かれる。

「……まだ朝なんだけど」
「いいじゃないですか、たまには」
「最悪」

 オーエンがそっぽを向く。細長い指先から、小気味良い音が鳴った。ティーカップの水面が波打つ。一粒のシュガーが、紅茶の底へ向かって、ゆっくり沈んでいく。