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優しくしたい≠独占したい≠独占されたい


 もう少し優しくしてやったらどうだ。
 苦々しい台詞。驚くことはない。目元だの手首だの、不自然に伏せ隠す様子で一目瞭然なのだろう。こと彼はひどく察しのいい男だし、自他ともに認めるファウストの「友人」だ。文字通り、いいご身分である。

「優しくしてるだろ?」

 小首を傾げて微笑んでやれば、顔全体がひくついた。僅かばかりに溜飲が下がる。不干渉と思いやりの狭間にいる男が、これ以上どう動くのかに興味はあったが、生憎恋人同士のあれこれを第三者にぶちまけるつもりはない。恋人と親しい相手になら、尚更。

「望んでることなんだよ、お互いにね」
「…………悪趣味が過ぎるだろ」
「あはは」

 追いかけてくるため息に、ちょっとばかり同情する。







 初めてファウストを抱いた夜、それはもう、とにかく優しく優しく、馬鹿みたいに丁寧に扱ったのだ。上も下も、これでもかというほどいじくり回して、ファウストがもういいと何度乞い願っても、ぐじゃぐしゃにほぐし続けた。愛の言葉を吐き続け、脱力すればシュガーを与えて、これ以上ないほど甘く交わった。
 いずれの態度もファウストの体を気遣ってのことではあるが、何よりもフィガロ自身がそうたしかった。夢にまで見た恋人を、とにかくどろどろに甘やかしたかったし、自分の腕の中で身悶えする姿を眺めているだけで、一晩中過ごせると思った。そうしたかったからそうした。鼓動ひとつ、吐息ひとつ決して漏らさず、皮膚や髪の匂いも爪先の身じろぎも、全部味わい尽くしたかった。この先何度だってずっとこうするのだと思い込んでいた。
 実際、ファウストの方も満更ではなかったと思う。正直だいぶ喜んでいたはず。フィガロの背に手を回し、腕にすり寄り、舌を差し込めば絡ませて、熱の灯った瞳で応えてくれた。「やめないでくれ」とも言った。あれは幻聴ではない。絶対。
 何はともあれ、どんな果実にも及ばぬほど、甘い蜜の時間を過ごしたのだ。そう確信していた。翌朝に乱れた髪を撫で、火照りの余韻が残る空気の中、発されたあの一言までには。

「かつての恋人も、こんな風に抱いたんだろうな」







「……っ、ぁ」
「声、押さえて」
「んむ……っ、ッふ」

 壁に押しつけ、ろくに慣らさずに挿入し、その口も覆ってしまう。手のひらに熱い吐息がかかる。表情がよく見えないのが不服で、帽子とサングラスを乱暴に取り払った。煌々と灯る明かりのせいで、眉間に寄った皺のひとつも、目尻に滲む涙もありありと分かる。
 可哀想だな。初めての時は、その体を隅々まで脳裏に焼き付けたいと思いながらも、限界まで明かりを絞ったものだ。これなら恥ずかしくないでしょ、なんて言って、柔らかな髪を撫でつけて。

「いいじゃん、見せてよ」
「〜〜っ、んン、嫌、だ……、っあ、ああッ」
「……はいはい」

 声を我慢するために、歯を食いしばるのが上手いのを知っている。だから指先をつっこんで、舌を撫でてやるのだ。この指を噛めないと知っている。生温かい口内を、わざとゆっくり、強弱をつけてなぞっていく。
 ファウストが派手に身震いをするのを感じて、背筋が粟立った。

「ふ、っぁ……っ、」

 零れ落ちる唾液に、その顔が羞恥を増していくのを堪能し、隙を見て今度は自分の舌で掬ってやる。そのまま唇を塞ぐ。力任せに押し倒し、固く冷たい床の上で、何度も犯す。止めろとか嫌だとか言われても、目を逸らされ首を振られても。わざと腰を撫でつけて、「揺れてる」と耳元で囁いて、わざと弱いところを何度も擦って、達しかけては押し止めて。

「こんなこと、君にしかしないよ」

 痛みと苦しみと、一匙以上の快感と、名付け難い数多の感情をはらんだ嬌声を、キスをしたまま飲み込んでしまう。誰にも聞こえないように。これは全部俺のものだ。