log | ナノ


舐めとけば治る


「オズですか?」
「いや、猫。パニックになってた子を落ち着かせてたから」

 眉間に皺を寄せ、腕から血をしたたらせているオーエンに「それは珍しいこともあるものですね」と素直な感想を伝えたところ、速攻で機嫌を損ねられてしまった。

「手当をしてあげなくちゃ、みたいな気持ちにならないわけ?」
「なりませんね。あなた自分でなんとかできるでしょう、そういうの」
「できるとやるのは違うんだって分からないの?」
「ええ、面倒な……。やってほしいんですか?」

 一応大股で近寄ってみる。当然死ぬような怪我ではないし、というかオーエンはそもそも死なないし、猫に引っかかれた痕なんて、彼からしたら文字通り可愛らしい負傷でしかないだろうに。

「舐めておけば治るでしょう」
「はいはい。おまえはそう言うやつだよね」

 片方の手をひらひら泳がせ、ため息をついてる。期待はしていませんよ、という態度。話が早い。

「おっしゃる通りです。はい」
「?」

 そのまま腕を掴み、こちらも腰を屈めて、前触れなく傷口に舌を這わす。べろり。生っぽい味がした。

「は!?」
「うわ。耳元で叫ぶのやめてくださいよ」
「〜〜っ、いや、ちょ……っ」

 鼓膜への衝撃で、いくらかくらくらしたが無視して続ける。思っていたより深い傷だったが、この分だとすぐに血は止まるだろう。

「誰が舐めろって言った!?」
「いや俺が言いましたけど。舐めておけば治るって」
「あああ話が通じない! 通じてる!?」
「ああ、オーエンが舐めたかったんですか」
「舐めたかったっていうかっ」

 さすがのミスラも、オーエンが何故こんなに動揺していて、現在何を求められているのかは十二分に理解しているのだが、わざと知らんぷりをしている。その真意にオーエンが気づかないままでもいいし、気づかれたところで問題はないのだ。

「じゃあはい、どうぞ」
「!?」

 自らの腕に爪を立てて、ざっくりと血を流して見せると、色違いの双眸がこれでもかというほどに見開かれる。至近距離も至近距離なので、こちらの顔がいっぱいに映りこんでいるのが分かる。これは気分がいい。が。

「…………結構痛いですね」
「それだけざっくりいけばね」
「このまま流血してたら死んでしまうかもしれませんね」
「それはないでしょ」
「あの、痛いんですけど」
「…………僕が舐めたところで、痛いのは変わらないと思うけど」

 そう言ってそっぽを向く癖に、指先がもだもだとこちらに伸ばされている。まどろっこしいが、折角エサを用意したのだから、もう少しくらい我慢することにした。

「ん……」

 結局ミスラが痺れを切らす限界まで焦らしてから、オーエンはその傷口に口を付けた。打算なのか素面なのかは不明だが。
 いずれにせよいい眺めだ。思いきりよく切りつけたので、皮膚はひりひりと痺れていたが、湿った舌の感触は嫌と言うほど伝わってくるし、青白い皮膚から除く、紋章の浮き出た赤い舌といったら。うわ。

「…………オーエン」
「ん、なに。この分だとこの傷もすぐに塞」
「その木陰で犯されるのと、一番近い誰かの部屋で犯されるの、どっちがいいですか?」
「せめておまえの部屋に連れて行けよ……」

 乗り気じゃないか、お互い。