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虫歯


 オーエンはベッドの上では案外物分りがいい。というより基本的に快楽に従順――に見える――ということで、ミスラがキスの瞬間に舌をねじ込んでもさして嫌がられたことはない。この態度に関しては、本来ならもっととおらしく、舌先をぶつけたら肩が震え、何度も唇をなぞってようやく吐息と共におずおず開く……くらいの、生娘のような対応にぐっとくるはずなのだけれど、まあそういう情緒の類を楽しむ間柄ではないので、特別何か申し出た覚えはない。

 しかしある晩のこと。
 舌先で何度唇をなぞっても、オーエンは口を開けなかった。
 初めはその気ではないのかと疑った。いや別に、オーエンの気がノッていようがいまいが、ミスラは自分がムラッとしていたら関係なく続行するのだが、どうもそういう都合ではないらしい。 そもそも情緒のない間柄なので、オーエンは嫌な時は「嫌だよ」とか「やめてよ」とかムダに口にするし、機嫌が悪くても良くても魔力行使に出る。まあ勝てるわけもないし、第一ミスラにとっては血まみれになって憎々しげな顔をしたオーエンを組み敷くところまで前戯に含まれていたりする。「おまえいい趣味してるね」とよく言われる。「でしょう」と返す。お互い様の戯れだ。

「……っ、んん」

 今だって。口を必死に閉じているせいで際立っている、喉の奥のくぐもった音。腰回りを撫でたときの、派手な震えよう。シャツの裾をたくし上げ、直接肌に触れたときの、ねだるようにすり寄ってくる下半身。
 ……いや、ノリ気だろうこれは。どう考えても。十分興奮してるじゃないですか。

 つまり、いつもとは違うのだ。違和感。おかしい。なんだって言うんだ。

「…………ちょっと」

 仕方がないので一度唇を離してやる。さすがに呼吸が苦しかったらしく、やや荒い吐息が零れた。手足をぐったり伸ばしているくせに、この隙をつかれないようわざわざ顔を逸らす始末。

「なんなんですか、今日」
「……何が」
「口」
「ちょ」

 問答に付き合う気はないので、顎を無理やり掴んで引き寄せた。うっすら色づいた頬と、目尻に滲んだ微かな涙を見ていると、下半身の方が限界である。

「〜〜ッッいっっったあっっ」
「……ああ。虫歯ですか。痛そうですね」
「痛いんだよ! おまえのせいで余計痛くなった!」
「そりゃあなた、あれだけ毎日甘いものばかり食べていたら」
「うるさい!」

 つまり舌で患部をつつかれて、痛い思いをしたくないということだ。いくら死んでも死なないくせに、虫歯の痛みでキスを制限すると。

「おかしな人ですね」
「黙れ。とにかくわかったでしょ、治るまで舌挿れないで」
「治ったら挿れていいんですか?」
「…………挿れるの好きでしょ」
「………………はあ、あなたもでしょう」

 呼吸が整ってきて、ひとまず会話も成立して、明らかに気を抜いている様子のオーエン。今しかないなと思った。

「!? は!?」
「噛まないでくださいね」
「っ待、何……っい゛っっッッ」

 細い体を両足で固めて、左手で顎を固定して、右手を口の中に突っ込む。ぐちゅ。唾液の水音がする。指先が生ぬるく柔らかいところをえぐる。オーエンは冬景色のような容姿をしているわりに、体内は熱い。そんなこととっくに熟知しているが、飽きずに毎度興奮してしまう。

「う」

 要するにこれを、引っこ抜いてしまえばいいんでしょう。

「〜〜〜っっっっっっ」

 思いきり力を入れた。途端、声にならない悲鳴を上げ、全身を派手にビクつかせる。今絶対締まってるなと思う。挿入してから歯を抜けばよかったかもしれない。
 唾液とは違う、さらさらとした生ぬるい液体が溢れてくる。引き抜いた指先は、唾液とまじりあった血液でぐちゃぐちゃだった。

「これでよし」
「ふ、ざけんな……」
「ああ、自分で止血したんですか。俺がやってもよかったのに。門外漢なので保証はできませんけど」
「だからだよ!」

 直後によくここまで鳴けるものだと感心した。少し黙っていればいいのに、案の定口の端から血だの唾液だのが滴り落ちている。それを自ら拭おうとしているので、すぐさま両手を拘束し、舌先ですくう。喉を潤す獣の心地だ。

「ひっ、ねえ待」

 文句が溢れる前に無理やり塞いでやった。今度こそ。