8 | ナノ



 

 

「伊織せんぱーい!!」

 

一年生と二年生の校舎を跨ぐ廊下。
自分の教室へと向かう途中、不意に後ろから元気な声に名前を呼ばれ、柏倉伊織は振り返った。

「やあメバル君。おはようございます。」
「おはようございます伊織先輩!朝から先輩に会えるなんて、光栄っす。」

目前まで駆けてきた人懐っこそうな顔がパァッと輝いた。
キラキラした眼差しに、首から下げたカメラが揺れる。額にかけられたメガネが窓からの光を反射していた。

「今日は随分と早いんだね。君はいつももう少し遅い登校だと思ったけれど…。」
「はい、今日は日直で…あぁ!もう行かなきゃ。それでは先輩!また部活で!」

伊織に会い、忘れていたのか。ハッとした彼は腕の時計に目をやり、慌てた様子で自分の自分の教室へと駆けてゆく。

「…頑張ってくださいね。」
「! はい!」

控え目に声をかけたのだが。
階段を駆け上がろうとしていた彼は余程嬉しかったのか、満面の笑顔で返事を返すと、どこか名残惜しそうな表情を見せ、再び風のように去っていった。

 

 

「なんていうかさ、台風みたいな子なんだよね。」
「…誰のことですか?」

教室の朝の時間。
ふと溜め息混じりに呟いた伊織に、零夜は首を傾げた。

「僕の後輩、芳野メバル君。身長159.5cm体重50kg、ちょっと小柄な少年でね、額に大きめのメガネをかけていて首からカメラをぶら下げてる。9月14日生まれの乙女座で血液型はB型。家が鮨屋でメバルって名前は彼の父が」
「ストップ伊織君。もう充分です。というか名前だけで結構です。部活動の際、よく君を追いかけている男の子ですよね?」
これ以上は彼のプライバシーに関わるような気がし、零夜が静止をかけた。話を遮られた伊織は、別段気を悪くした様子もなく、黙って頷く。

「そう、そのメバル君。明るくて元気で、すごくいい子なんだけど、…なんていうか、行動的過ぎる所があって…」
「そういえば、彼は随分と君に憧れていたようでしたね。以前、僕のところにも君のことを教えて欲しいと来たことがありました。」
「………」

「? 伊織君?」

急に静かになった彼に、零夜が首を傾ぎながら、そっと顔を覗き込む。と、苦虫を噛み潰したような複雑な表情を浮かべ、深く息を吐く珍しい伊織の姿が、そこにあった。

「はぁ〜、なんだかなぁ。…いや、僕も人のこと言えた義理ではないけれど、なんか…人にあんまり嗅ぎ回られるの、ちょっと参るなぁ…。」
「君と同じような行動をとるのも君のことを知りたがるのも、君を尊敬してるが故でしょう? そう嫌そうな顔をしては可哀想ですよ。君を慕ってきているんですから。」
「……。」

またも黙ってしまう伊織。
その表情はまだどこか難しい。

“彼とももう長い付き合いになりますが、こんな顔を見たのは初めてですね…”

 

嫌いではない。
ただ、情報屋として自分のことを調べられるということに、幾らかの抵抗があるのだろう。

 

“『同族嫌悪』というやつですかね”

 

それにしても
柏倉伊織をここまで困らせるなんて…
彼は将来、大物になるかもしれない。

 




 
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