4 | ナノ



「…あれ? お兄ちゃんは探しに行かなくていいの?」

零夜が生徒会室を出て行き、入れ違いに残った兄に、虹が首を傾げた。


「今日1日、久々にアイツに付き合わされたから疲れた。…少し、休ませてもらっていいか?」

「あ、どうぞ! 遠慮せずに。俺、コーヒー淹れてきます!」
「何で七瀬が張り切ってんの? …んじゃ、あたしはお菓子でも持ってこよっかな。」

「何もそんな気を遣う必要は…」


悠がそう言った時には、既に2人の姿はそこになく、部活で柚那もいないため、しょうと悠だけがその場に残る。
…正確には紗嗚もいたが、案の定眠っているので人数にはカウントしない。


「……。」

「……。」


“オレもなんか手伝いに行った方がよかったか…?”


会話もなく、自分だけ何もしていない気まずさに、そわそわと落ち着かないしょう。
せめて話でも、とは思うも、いい内容が思いつかない。


なにより…


「え…っと、あの、“お兄さん”、とりあえず座っ…」
「俺はお前の兄じゃない。」

「……。」


しょうの言葉を鋭く一蹴し、再び場の空気が凍りつく。


しょうと悠が話すのは、初めてではない。
執行部の打ち合わせを名目に、何度か枢木家を訪ねたことがある。その際も、悠は決して今のような態度を崩すことはなかった。


「成宮、この間俺がいない時に家に上がったろ?」
「えッ、あ、いや! それは…」
「忌々しい金色の毛が落ちてた。」

“うわ! 彼氏の浮気探る女みてぇだ”

「恋人でもないくせに…懲りない奴だな。」
「ぅ…そ、そんなハッキリ言わなくても…」

一瞥する悠と、がっくり肩を落とすしょう。
相変わらず対応が厳しい。


「先輩、コーヒー入りました。」
「ああ、ありがとう。」
「お菓子もあるよ。会長オススメのシュークリーム!」


そこで要と虹が戻ってきた。悠の顔に、再び笑顔が戻る。

ホッ…
とりあえず気まずい雰囲気が打破され、しょうは胸をなで下ろした。




−−…。

「…そうだな、仕事してくれないなんてのは、俺の時には考えられなかったから。」
「た、確かに…そうですよね。先輩なら、何かいい解決策を知っていると思ったんですが…。」
「とりあえず、おだてるだけおだてて仕事させてみろ。それで無理なら、またいつでも相談に乗る。」
「! あ、ありがとうございます。」
「いや、お互い面倒な生徒会長を持つと苦労する…。」


いつになく要が明るい。どうやら、前期副会長の方に憧れていたというのは本当らしい。

「あの、先輩はご趣味とかは…?」
「?」
「いえ、そのいつも落ち着き払ってられるところとか、俺本当に尊敬してて…。常に冷静でいられるようなご趣味でもお持ちなのかと。」
「う〜ん、趣味…か。」


悠が口に手を添え考える。何もないんじゃない?と横から口を挟む虹を無視し、言葉を続けた。

「やっぱり弓を構えている時が一番落ち着くかな。今でも部活の方には定期的に顔出してるし…。」
「んん、弓道…ですか。」

“簡単に趣味に出来るものじゃないな…”

「あ、そうだ。最近は掃除が趣味かもしれないな。」
「え…掃除?」


意外。
のような、そうでないような…。

やはり、女兄弟が抜けていると男の方がそういうことをやるんだろうか、と要はふと思う。

「…七瀬、あんた今失礼なこと考えてない?」
「大変なんですね、先輩も。」
「そんなことはないよ。いつの間にか落ちてる目障りな“ゴミ”を“消す”の、結構楽しいし。」
「?」
「!」

どことなく不自然な言葉の端々を、悠は殊更強調する。
その時、一瞬だったがチラリと視線を向けられ、しょうの肩がピクリと跳ねた。

「最近家に虫まで出るようになってね、“害虫駆除”が大変なんだ。」
「え〜、虫? そんなの出るっけ?」
「出るだろ。…ああいうのは、“黄金(コガネ)虫”…って言うのか?」

「……。」


ダラダラ…

「? …! お、おい成宮、大丈夫か? 凄い汗だぞ。」

気がつけば、しょうの額からツーっと汗が伝っているのが見えた。そんな季節でもないというのに…なぜ。

「こ、コガネ虫? ウソ、全然気づかなかった。」
「虹が気づかないうちに“潰して”るから。だって嫌いだろう、そういう“虫”。」

「ッ…、」

「う〜ん、確かに。カブトムシとか蝶は好きだけど…そういう虫は…」
「……。」


「“ちっちゃいの”は…嫌いかな。」

「!!!」

「なんか気持ち悪いんだよね〜、細々とした虫ってさ。ね、しょう?」




『ちっちゃいのは、嫌いかな…』


ちっちゃいのは ちっちゃいのは ちっちゃいのは

嫌い 嫌い 嫌い…




『チビなヤツって、気持ち悪いから嫌いなの。』←しょう脳内変換




「………」


ヒュ〜………バタッ、


「!? ちょ、え? しょ、しょう!? どーしたの? 大丈夫!?」
「成宮! やっぱりお前、体調が…」

“よし…”



虹の声が頭の中でこだまし、しょうは砂のように椅子から崩れ落ちた。


2人の騒ぐ声がうるさい。
最後に見たのは、珍しく自分へと笑みを向けていた、“お兄さん”の姿だった−−。





−−…。

「…なんだか外が騒がしくなってきたな。うちの会長(元)が、また何かやらかしたか?」
「俺たちも探しに行った方がいいかもしれないですね。」

「あたしも行きたいとこだけど、この子たち置いてくわけにはいかないから、残るね。」


「どうせオレなんか…オレなんか…」
未だ鬱々としているしょうと、眠り続けている紗嗚を指し、虹が言う。

「虹、何かあったらすぐに来い。あ、あと俺たちがいないからって、お菓子食べ過ぎたりするなよ。」
「はいは〜い。」




虹の兄、『枢木 悠』。

常に冷静沈着、知的な元副会長。その属性は…






シスターコンプレックス。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -