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その日の電車は、決してそれ程混んでいたわけではなかった。

様々な制服の通学途中の学生たち、会社へと向かうサラリーマン、化粧に余念がない、OL風の女性たち。
そんな中、音楽を聞きながら目的の駅まで時間を潰していた、一人の女子校生に、その手はそっと、気配を殺し近づいた。

 

 

「ち、痴漢!?」
「しー! 声がデカいよ七瀬。」
「あ、わ、悪い。」

と言っても、ここは生徒会室内だ。

「けど、そんな被害報告は受けてないぞ。」
「…いや、そんなん簡単に言えるわけないでしょ。」
「え、」
「痴漢などの性的被害を受けた女性のうち、約8割は被害を届け出ないと言われてますからね。」
「? …なんでだ?」
「恥ずかしいからに決まってんじゃん。これだって、泣いてた後輩つかまえてちょっと強引に聞いちゃったことなんだよ。」
「はぁ…」

泣くくらいなら届ければいいのでは…
なんて思ったものの、言えばまた何やかんやと言われそうだったので、黙ることにした。
これが男女の価値観の違いだろうか。

「あれ、でもさぁお前の後輩ってんならその子、空手部じゃねーの? 殴っちまえばよかったのに。」
「簡単に言うなっての。練習と実戦じゃ全然違うの、アンタだって分かるでしょ? それにその子、空手は高校入って始めたからまだまだ初心者だし。見た目ちょっと、…ギャルっぽいし?」
「なんだそりゃ。」

その後輩図を想像した要としょうが、
それはその子にも非があるのでは…
と思いもしたが、言葉を呑み込み、再び口を噤む。こういった問題において、男性陣は圧倒的に不利である。

「分かりました。他にも被害にあった女生徒がいるかもしれませんし、これ以上多くなる前に、何らかの措置をとりましょう。」

 

 

 
 

「…で、」

朝のホーム。
集まった生徒会の面々。

「なんなんですか。俺たちのこの格好は…」

深く眉根を寄せ立ち尽くす要と、その隣で自分の肩を抱きながら小さくなってうずくまるしょう。
その胸元で結ばれているのは、いつものネクタイではなく、同じ刺繍(校章)があしらわれた同色のリボン。一体何を詰めたのか胸も僅かに膨らみ、フワリと揺れるスカートからは、細い足が覗いている。
…ふむ、どこから見ても、女子高生である。

「死にたい。」
「もー、今更何言ってんの。つか自分でやっていて何だが、2人ともありえないくらい可愛いんだけど。なにそれ、本物女子へのあてつけか。」

パシャッ。

「!」
「撮るな!」

これは一体何の罰ゲームだ。

「だーかーらーさー、『おとり』ならあたしがなるって言ったじゃん。」
「私も別に構いませんが…。」

「! それは…」
「ダメだ! ……いや、でもだからと言ってこれは…。」
「ただ見張ってるだけじゃダメなのかよー。」

肩まで伸びた金髪(ウィッグ)の隙間から、漸くしょうが顔を覗かせる。
元々小柄で、そのうえ白人の血を引くしょうは、確かに男とは思えぬほど可愛らしい。よくよく注視でもされない限り、2人の手足の逞しさなど、気づかれたりはしないだろう。 
「それじゃうまいこと言い逃れちゃうかもしんないじゃん? ハッキリした証拠つかむには、デコイが一番だよ。」
「うー…会長ー、」
「しょう、要くん、頑張ってください。僕たちも離れた所から見張って、何かあればすぐかけつけますから。」

パシャッ。

「「……」」

会長が代わればいいのに。
実に楽しげな笑顔でシャッターを切る零夜に、2人はもうそう言ってしまいたかった。

 

“…? あれは、”

アナウンスが構内に響き渡り、まもなく電車が来るという時。見知った顔が視界の端を過ぎった。

「愼くんじゃないですか。」
「? あ、れ…会長さん?」
「おはようございます。愼くんたちも電車通学だったんですね。…今日は蘭さんと一緒じゃないんですか?」
「いや、オレたち普段は寮だから、月曜の朝と金曜の帰りくらいしか電車は使わないんだけど、…いつの間にか蘭ちゃんに置いてかれちゃってさ。」

電車がホームに停車する。

それよりみんなの方こそどうしたの?
揃いに揃った生徒会の面々を、愼は横目で眺める。女装したしょうと要がビクッと肩を震わせるも、どうやら彼らには気づかなかったようだ。

けたたましいベルが鳴り、大勢の人を乗せた電車がゆっくりと動き出した。
混み具合は、ぎゅうぎゅう詰めの満員電車を10とすれば、凡そ7割といったところだろうか。
前もって決めていた配置に、しょうと要が分かれてつく。なりゆきで愼も加わり、零夜達がいるのは、そんな2人が見える、絶好の位置。

「僕たちはなんというかまあ、性犯罪防止活動の一環で。」
「…ふーん?」

さあ、来るなら来い、痴漢。
でも出来れば来るな。

 

−−…。

男は今日も『獲物』を探していた。
人でごった返す、この狭い箱の中で。
目を忙しなく動かし、自分好みの獲物を…
ほら、


見ぃーつけた。

 

 


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