大切なものは、失った時、初めて気づく――

その言葉に、俺はあの事件で痛感した。



俺は変わった。
無意味な強さを求めるのをやめ、酒も煙草も薬もやめた。
もちろん、やめる為の努力は凄まじいものだった。
ストレスや幻覚、中毒症状で発狂することもあって、医者や仲間達にかなり心配された。中には泣きながら、我慢するな、と言う奴もいた。
それでも俺は必死に耐えた。この報いは俺の罪だ。甘んじて受けなければならない。
あいつに比べたら、こんな苦痛、なんでもないだろう。あいつの方がもっとツラく、苦しかったはずだ。なのにあいつは…。


あんな思いはもう、二度と御免だ。
俺が奏梗にいる以上、全力で止めてやる。
第二の俺を産み出してはいけないんだ。



事件が終焉を迎え、少し落ち着いた日、俺は校長室に向かった。

校長室には、七瀬、校長、理事長が無表情で俺を待っていた。
俺は三人に深く頭を垂れ、謝罪した。
あの時、顔をあげることが出来なかった。初めて重くのし掛かる罪悪感に胸がしめつけられ、その場で自決したくなった。

何も言わない三人に、俺は生まれて初めて土下座をし、謝罪の言葉を口にした。

『本当にすみません…!!』

そして何十年も流していない涙を流したんだ。


退学処分を喰らうと思っていたが、自宅謹慎といった信じられない処罰が下された。
後から聞いたが、九条と柏倉が理事長や関係者に掛け合ったらしい。

俺は、謹慎中、生きる意味を探していた。
あいつがいないこの世界で、俺が生きてていいのだろうか。
俺に、生きる資格があるんだろうか。

考えれば考えるほどわからなくなった。



三年になった俺は、一日一膳をモットーに、人の助けになって、誰かを支えて生きることにした。

『おはよ、九条』

『おはようございます、洋先輩』

朝、学校で久しぶりに生徒会長、九条零夜に会った。九条は相変わらずの和やかな表情で優雅に会釈した。

『随分…変わりましたね』

ふわり、と微笑む九条。俺は頷く。

『あぁ…九条やあいつ、皆のお陰でな…』

『黒髪の洋先輩も、似合っていますよ。やはり先輩は笑顔がとても素敵です』

美男子に褒められて、俺は笑うしかなかった。
そしてこうやって笑うのも、昔は全くなかったはずなのにな、と思う。
だが、あいつは口癖のように言っていたように思う。

『ふっ』

『…?どうしました、先輩?』

『いや…、そういやあいつも、九条と同じこと言ってたなって思い出したら、思わず笑っちまった。でも俺、あの時はちっとも笑わなかったはずなのにな…』

九条は一瞬、考え込むように顎に手を当てて、頷いた。

『それはきっと…』

『九条ーーーー!!!!』

どこからか、九条を呼ぶ叫び声でうまく九条の言葉が聞こえなかった。

『…見つかりました』

そう呟いた九条から殺気がブワッとあふれでた。一瞬俺は怯んだ。

『九条…?』

『すみません、先輩。少し斑葉君を殺ってきます』

ニコっと微笑んだ九条が、悪魔に見えた。

『それでは』

九条はそういうと、階段からもの凄いスピードで駆け上がってきた如月を、蹴り飛ばした。如月が階段から転がり落ちた。

…、下手したら如月死ぬんじゃないか?

だが、如月が俺の心配をよそに、無傷で起き上がり、また九条に向かって階段を登っていく。九条に向かって歯が浮くような言葉を投げ掛けているが、九条は全く相手にしてないようだ。

可笑しくて、思わず笑った。



たまに顔の傷痕が疼く。

そっと傷痕をなぞり、目を閉じた。


もし、あいつが生きていたら、今の俺をどう思うだろう。
笑ってくれるだろうか、それとも泣いてしまうのだろうか。

たった一発殴れば、誰も文句を言わなかった。
先生、友達、不良、親でさえ…。
昔の俺はとんでもなくバカで愚かで自惚れていた。
そんな俺のずっと傍にいてくれたあいつ。



ありがとう。
お前のお陰で今の俺が在る。
俺は一生お前のことを忘れない。
どうか、あいつが天国で笑ってますように。


さようなら、誰よりも大切な人へ。




昔の話だけど
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