次の日、洋が学校へ行くと、何やら教室が騒がしかった。

「…?」

何だろう、と思いながら自分の席に着く。カバンから教科書、ノート、筆箱を取り出す。

「おい、月岡!」

クラスの男子生徒が、洋の机に近づき言った。

「お前、昨日ひったくりとっちめたんだってな!」

「え、あ、あぁ…」

(何で知ってんだ?)

不思議だ、と思った。

「もう学校中の噂だよ!すげぇな月岡は!」

「そ、そうか…?」

笑顔で話すクラスメイトの言葉に、我に返ると、はにかみながらそう答えた。

(前もこんなことあったな。強盗犯捕まえた時も噂になったしな)

あまり気にしないようにしよう、そう思い、意味もなく教室を出た。


―――――――

隣の教室。

『ねぇ、さよちゃん、どうしたの、顔怖いよ』

さよちゃん―松村沙代子に届いたメールに、そう書かれていた。

「…別に」

呟くように答える沙代子。向かい合って座っている可愛らしい少女が困ったように肩を落とす。

「ツボミーは心配しなくていいから」

メールの送り主であり、沙代子の目の前に座っている少女、春野蕾は悲しそうに沙代子を見つめる。

(さよちゃん、今日は朝から機嫌が悪い。やっぱり噂を耳にしたから…)

暗い雰囲気の二人をよそに、クラスメイト達が、洋の噂を話し出す。

「おい聞いたか!?隣のクラスの月岡が、また活躍したんだってよ!」

「知ってる!ひったくり捕まえたんだろ?」

「昔はホントに手のつけられない最強で最悪の不良だったのになぁー」

「だよなぁ。人って変わるんだな!元ヤン元ヤン!」

「元ヤン万歳!(笑)」

ガタン。

不意に沙代子が立ち上がった。蕾がハッとしてメールを打つ。
しかし沙代子はケータイをパーカーのポケットにしまい込むと、教室を出ていった。

(いけない!さよちゃん!)

蕾は急いで沙代子の後を追うが、沙代子を見失ってしまった。

(目的は解ってる。さよちゃんのことだもの。さよちゃんを止められるのは、あの人しか…!!)

蕾は、ケータイを握りしめ、生徒会室へと向かった。



―――――


(なんとなく教室を出てしまったが…、どうしようか)
洋は教室を離れ、一人、人気のない渡り廊下を歩いていた。この道は生徒会室へと続く道でもある。

(久しぶりに九条と話そうかな)

そう思いながら歩いていたその時だった。
背後からものすごい殺気を感じ、洋は咄嗟に飛び退いた。

「な……!?」

後ろにいたのは、ナイフを持った沙代子だった。全身から殺気を放ち、洋を睨み付けている。

「我慢ならない…ブッコロス」

沙代子は呟くように言うと、洋めがけてナイフをつきだした。

「おい!」

幾度もなくつき出される刃を紙一重に避ける。

「松村!止めてくれ!」

かわしながら洋が叫ぶ。しかし沙代子はその言葉を無視し、徐々に早く突きを進めていく。

「偽善の不良は、死ねばいい!」

沙代子が叫び、一際強力な刃を繰り出し、洋の顔面めがけて突き出した。
洋は頭が真っ白になった。本能的に殺られる前に殺ろうと、刺される前に沙代子の頭めがけて拳を振るった。

ガシッ!

「二人とも、止めて下さい」

凛とした静かな声色。風に靡く白髪。キラリと光る知的な伊達眼鏡(笑)
片手で沙代子の腕を掴み、もう片方の手で洋の拳を包み込む。

「く、じょう…」

ハッと我に返った洋は、拳を素早く仕舞い込む。

「蕾さんから連絡を受けて止めにきましたよ。――、アリス、ナイフをしまって下さい」

生徒会長、九条零夜が静かに沙代子に言った。

「放せ、レイヤ。私はあいつをコロス」

しかし沙代子は機械的に、感情を込めずに零夜に言う。

「ダメですアリス。月岡先輩は、もう不良ではありません」

「ふざけるな。昔は最低最悪な不良だっただろうが!私は不良を許さない、絶対に」

カタカタとナイフが動く。
零夜の手から逃れようと腕を引っ張る。が、零夜は力を緩めなかった。

「アリス、彼は確かに良くなかったかもしれません。しかし、今は更生して、前向きに生きているんです。解ってあげて下さい」

零夜の説得を耳にしても沙代子は退かなかった。洋をギッと睨み付ける。

「アリス、彼だって、最愛の人を亡くしているんですよ、不良がらみの事件のせいで」

零夜のその言葉に沙代子は目を見開いた。

「あなたと同じ境遇なんです、彼も。だからこそ、不良をやめ、心優しい人を目指してるんです。最愛の人の最後の願いだから」

沙代子は、力を抜いた。零夜は素早くナイフを取り上げる。

「……」

沙代子は何も言わず、洋から目線を外し、零夜から三歩、後退した。

(さよちゃんっ……)

少し離れたところで騒動を見守っていた蕾が、沙代子のもとに駆け寄る。

顔を伏せたまま、沙代子は零夜と洋に背中を向け、歩き出した。

「なぁ、松村」

沙代子の背中に、洋は声をかけた。沙代子が立ち止まる。

「お前も俺と同じ境遇ってことは、大切な人を亡くしてるんだろ」

「…それが何。同情なんていらない」

「違う。そうじゃなくて、」

また歩き出した沙代子に、洋は言った。

「その大切な人、今のお前を見て、どう思うんだろうな」

「……!!」

思わず沙代子は振り向いた。目に入る、最愛の兄に似た容姿をもつ、零夜の顔。その顔は悲しく、憂いた瞳で沙代子を見つめていた。

沙代子は思い切り歯ぎしりすると、足早に去っていった。蕾は、零夜と洋に会釈をし、沙代子の後を追った。

「月岡先輩、どうしてあんなこと言ったのですか」

零夜が洋の方に振り返る。
洋は思い詰めた顔で、呟くように言った。

「松村の、あの姿が、あいつの大切な人の望みなのかと思ったから」

「……」

洋は自分の拳を見つめる。先程からずっと握りしめていたせいか、手に爪が食い込み、血が滲んでいた。

「松村の言う通りだ。今の俺の姿は、偽善者でしかない。過去は変えられないし、俺の行いで、傷ついた多くの人は今も回復せずに苦しんでるんだと思う」

「月岡先輩…」

「それでもさ、茉織が今の俺の姿を願い、望んでいるなら、俺は死ぬまでこの間まで在りたい」

ゆっくりと拳を開き、その手をもう一度、軽く握る。

「それが、俺の償いだから」

そう言い、洋は零夜に微笑みかけると、零夜のそばを通りすぎ、自分の教室に向かって歩いていった。

「償い…ですか」

ポツリ、と呟いた。
手にしていた沙代子のナイフをたたみ、握りしめ、

「人はどうしてこんなに複雑化するんでしょうね」

ふっと目を伏せ、暫くの間、佇んでいた。



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