3

 

 

「!!」

ハッとして目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋で。

「ハァ、ハァ、ハ……?」

肩で息をしながら、真っ暗な室内に目を走らせる。
…時間、…そうだ、今何時。
枕元の時計にしがみつくように、時刻を確かめる。カチ、カチ、と音をたてるカレンダーつきのアラーム時計は、8月14日の日付と12時を少し回った位置を指していた。

強い脱力感に襲われる。外で鳴き喚く蝉の声がやけにうるさい。服は汗でびっしょりだった。
それは勿論、暑さのせいだけではない。

「なんで、あんな夢…」
「どんな夢だよ。」
「!?」

相当不審な動きをしてしまった。だって本当にびっくりしたから。

「ら、蘭ちゃん。…どうしたの?」
「どうしたもこうしたもねーよ。テメーの呻き声がこっちの部屋まで聞こえてきたわ。」

言いながら蘭ちゃんは、何かを放るような手つきで投げて寄越す。それが何かを確認する間もなく、
「いッ…!」
額に結構な痛みが降りる。真っ暗な室内に、一瞬星が見えた気がした。

「たたた、…?」

ベッドの上に転がったソレを拾い上げる。ペットボトルに入ったミネラルウォーターが、たった今冷蔵庫から持ってきたのか、ヒンヤリと手に心地よかった。

「うるせえから、飲んだらさっさと寝ろ。」
「蘭ちゃん、一緒に寝ちゃダメ?」
「殺すぞ。」
「えー、だってー、」

蘭ちゃんは、優しい。
けど、今日はどうしてかそれがひどくたまらない気持ちになる。

「一体どんな夢見たんだよ。」
「…実は、」

・・・・・あれ?

「なんだっけ。」
「・・・。」

 

 

 

 

翌日。

死ぬ。
誰だ、こんな暑さの中外周しようとか言い出したヤツ…あ、オレか。だってあんなムシムシした道場で組み手とかあり得ないし。提案したオレに部員の何人かが投げてよこした冷ややかな視線を思い出す。ま、どうせこの後はどう転んでも組み手だけど。

あの後何度、あの時見た夢を思い出そうとしても無理だった。酷く印象的な夢だった筈なのに、どうしても思い出せない。

でも、忘れてはいけない夢だった気がする。気がするのに、まるで脳が、心が、忘れたがってるみたいに…

「蘭ちゃーん、待ってよー。」前を涼しげな顔で走っていく蘭ちゃんの後を、慌てて追いかける。その向こうでは、地面がゆらゆらと揺れて、歪んだように映った。

 
−−−…!

 

あ、れ?

 

視界が、ぐらりと大きく揺れる。
何かが、頭の中に流れ込んでくる。……!!

「? 愼?」
「……。」
「どうした?」

いつの間にか足が止まっていた俺に、蘭ちゃんは引き返してきたらしい。再び“あの時”の光景が、目の前の彼女と、
 

重なる。

 

「…蘭ちゃん。」

帰らない? 喉元まででかかったその言葉をぐっと呑み込む。
なに考えてんだろう。あんなのただの夢じゃないか。
自分の中の不安を拭い去るようにオレはそっとかぶりを振る。そんなこと言ったら蘭ちゃんからゲンコされちゃう。

 

 

でも、この公園は、確かにあの…「愼、」
「!」

大きくはないのにハッキリと耳に届く、蘭ちゃんの声。顔を上げると、いつもよりちょっと仏頂面の彼女の顔。

「あ、な、何?」
「…怖じ気づいたか?」
「へ?」
「お前、今日こそ主将を倒すって公言してたろ。今頃になって実力の差を自覚したか?」

あ。

「…えー、ひどいなぁ。オレこれでもエースですよ、中堅ですよ。」
「お前じゃまだ主将には勝てねーよ。」
「ふーん、あ、そう。じゃ蘭ちゃん、オレが主将に勝てたらアイス奢ってよね、3本!」

安いな、主将。蘭ちゃんの呟きに、思わずオレも吹き出し笑ってしまう。そのまま、この胸の蟠りを払拭してしまいたかった。

「お前は本当に諦めが悪いな。」
「無理だって言われると余計に燃えるもんなんですぅー。」

再びどちらからともなく走り始め、漸く公園を抜ける。

「そうかも、しれないな。」

道を歩いていた周りの人たちが立ち止まり、皆一様に上空を見上げ、ポカンと口を開けている。…?
その光景に、なぜか背筋がゾクリと凍る。

けどな、愼。オレの背に向け小さく呟かれた言葉は、オレの耳に届くことなく中空を彷徨う。

オレは周りの人間に誘われるように、
空を、
見上げた。

「どうにもならないことは、…さっさと諦めた方がいい。」

 

 

 

…ブツッ。

 

 

上を見上げた時、視界の端を過ぎったのは、取り壊し中のビルと、赤茶色に錆び付いた、一本の鉄柱。
何かが切れるような音と、少し遅れて耳に届いたのは、
柔らかい物質が何かによって貫かれたような、

そんな音。

 

聞こえたのは、オレのすぐそばだった。

 

どこかで誰かが上げた、耳を劈くような鋭い悲鳴。
喧騒。
どこからともなく、悲しい程に優しい、風鈴の音が聞こえた。

 

 
……これも、夢?

 

『夢じゃない。』

「っ!」

 

ゆらりゆらめく陽炎が、そうやってまた嘲嗤う。

 

ねぇ、蘭。
最後に見た君の横顔。

 

俺には、
  笑ってるように、見えたんだ−−。
 

 

 




暗転。

 

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