2

 

 

『はぁ、はぁ、…むー…』
『何してんだ、しん。』

 

あれは、いくつぐらいの頃だったかな。

あの時も、今日みたく照れつけるような陽射しが、オレたちを包んでいた−−。

 

『見てよらんちゃん。向こうに水が見えるのに、どんなに追いかけても届かないんだ。もうヘトヘト…。』
『? …あぁ。バカだなお前、あれはな…』

《    》

 
『えー、そうなの?』
『つまらねーことしてないで、早く宿題おわらせろよ。まだ読書感想文、残ってんだろ。』
『はーい。』

 

 

 

 

 


Empty Days


 

 

 

 

 

8月15日。
夏休みもいよいよ折り返し地点に差し掛かった。
夏休みといっても、日々部活三昧なオレたちは、久々の休み、特別することもなく、蘭ちゃんの用で図書館に行ってから近くの公園で時間を潰していた。

「あっつー。」
「……。」園内にある時計は、お昼の12時半を指している。丁度空の真上辺りにお天道様が昇っている。どうりで暑いわけだ。日射病とか通りこして、なんかもう人を殺す気だよね、この日射しは。
オレは肌に痛い程のそれを見上げ、目を細めながら、この公園に最近居ついていしまっている猫に、おやつのパンをちぎって与えていた。

「ねー、蘭ちゃーん」
「……。」
「何読んでんのー?」

ついさっき図書館から借りてきた本を、蘭ちゃんは黙々と読み進めている。
別にそれはいいんだけどさ、ちょっとくらいこっちも構ってほしいんですよ、分かります? にゃーさん。
みっともなく本に嫉妬心のようなものを覚え、読書の邪魔をするかのように表紙を覗き込む。と、蘭ちゃんは黙ってそれを、こちらへ見せてくれた。

「『かげろひ』?」
「カゲロウの古語だ。」
「カゲロウって…虫の?」
「…そっちじゃねえよ。」
あれ、と蘭ちゃんが顎で遠くの方を指し示す。見ると、向こうの方の景色が熱で浮かされたようにぼんやりと歪み、ゆらめいていた。
夏には珍しくらしくないその光景。蜃気楼、逃げ水、…別名

「…陽炎(かげろう)。」
「そういえばお前、昔あれを必死で追いかけてたことあったっけな。」
「え、何ソレ。」

ちっとも覚えてない。
蘭ちゃんが再び手元の本へと視線を落とし、「昔からバカだったってことだ」と呟いた。もう、蘭ちゃんはすぐそういうこと言う。

オレの双子の片割れは、口調や行動、仕草の一つひとつが男の子みたいな女の子だ。言葉が率直で、よく人に誤解されるけど、
…本当は、すごく優しいオレの兄妹。(いや、正直どちらが先に生まれたかとか知らないから、姉弟かもしれないけど)
ほら、今だってオレのとこでエサを食べ終わったにゃんこが、自然と彼女の元へ寄っていく。

「あ〜あ、あっついなー。」
「お前、そればっかだな。」
「蘭ちゃんは暑くないの? 夏好き?」
「……いや、

 

 

夏は、嫌いだ。」

 

 



と、その時、蘭ちゃんの膝にいた猫が大きな伸びを一つ、公園の外に向かって軽やかに歩き始める。

「あ、にゃんこ!」

オレは咄嗟に猫の後を追いかけ、公園の外へと飛び出す。公園前の道路は結構車の通りが多い。この前も男の子が一人、事故にあったらしいんだから…。

「危ないよ、にゃんこ。」

正面の歩行者信号が、パカパカと点滅を始める。大丈夫、間に合う。
急いで猫をすくい上げた、その瞬間、

 
高いクラクションの音が、すぐ傍で耳に響いた。

 

いつの間にか、赤に変わった信号機。
飛び出したのは、オレだったハズで、

 

強く襟首を引かれ、
身体が後ろへと転がる。

 

 

キキイィィイィィ!!!

 

 

 

オレの目の前を、
大きなトラックが悲鳴を上げて横切った。

鈍い衝撃音と、灰色の地面に飛び散る、赤。

 
赤。

 

「……ら、ん…?」

 
むせかえるような鉄の匂い。
ゾッとするような空の青と、俺の足元へと流れ染み込んでゆく、黒みがかった赤。

遠くの景色が、ジワリと歪んで、

 

『嘘じゃないぞ』

 
そう、嗤われてるような気がした。

 

 

 

暗転。


[ 2/5 ]
[] []
[list]




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -