「それではー、今日1日みんなの先生になってくれる、奏梗学園のお兄ちゃんたちです。みんなちゃんと言うこと聞くんだよ〜?」

『『はーい!』』

元気な声が響き渡る、ここは泣く子も笑って遊びまわる幼稚園。
今回、体験学習という名目でボランティアにきた生徒会の面々は、何人ずつかに分かれ、三つの保育施設を訪れていた。

「すいません二人とも、生徒会役員でもないのに、ここまで手伝って頂いて。」
「大丈夫だよ。ちょうど暇だったし。」
「俺は勝手についてきただけだから気にしなくていいぞ、九条。」

募集していた人数の関係上不足が生じ、どうすべきか悩んでいた折、二人が声をかけてくれたのは幸いだった。が、


「九条のためならガキの子守だろうが老爺の介護だろうが」
「ほら、うち(柏庵)のお菓子だよ〜。
…ねぇ零夜、子供ってどのくらいお菓子を食べたら虫歯になるんだろうね?」


………大丈夫かな、この人選で。

 

 

ボタン兎の遊戯歩行

 

 

 

なんて不安も過ぎりはしたけれど。

「ほら、次はこっちで数字のおべんきょーしようか。」
「「はーい!」」
「えー、べんきょーきらーい。」

“伊織くんの方は問題ないようですね、…あとは、”

「……。」

自分に群がる幾人かの子供たちを相手しながら、零夜はそっと、もう一人の助っ人の方へ目を配る。

「ねぇおにいちゃんあそぼー。」
「え、あ、あぁ。…えっと、」

「……。」
“…困ってる”

困ってる困ってる。
あの如月斑葉が。
普段ふてぶてしい態度で勉強でも運動でもこなす男の敵が、何やら一人の子供相手にたじろいでいる。

「斑葉くん?」
「! 九条…」
「…ひょっとして斑葉くん、子供が、」

その時、一人の少年が台へとよじ登り、斑葉の背後にそっと近づくのが見えた。
? 手に何か…

「!!?」

ビクッ
と瞬間、斑葉の身体が跳ね、少年は脱兎の如く来た道へと走り出す。

「はははっ!ざまーみろイケメン!」
「あ、こら。」

慌てて注意しようとしても、子供は意外に素早いもので。
斑葉はといえば、ただただ呆然とした様子で、その背から何やらドロリとしたものが零れ落ちた。

「…スライム。」
「そういえば伊織くんが。」

「みんなー、うまく作れたかなー?」

「「……」」

伊織が開いた子ども学習塾、こと科学実験室は子供たちに好評のようだ。
しかしこれは…

「くらえ!スライムばくだん!」

ベチョ、

「! あの子また、」

またも斑葉の、今度は服に、緑の塊が飛んでくる。
彼を狙っているのか?

「こーら、それは人にぶつけるもんじゃ」

漸く気づいた伊織が慌てて駆け寄り声をかけると、その声に驚いた少年の手から放たれたスライムが軌道を変え、零夜めがけて飛んできた。ハッとしてそれに構えるよりも早く、飛んできたそれは、瞬間目の前に差し出された斑葉の手に当たり、ベチャ、と嫌な音を立てる。

「斑葉くん。」
「……。」

何も言わず、
ツカツカと子供の方へ歩いてゆく。
横から見てもどことなく迫力のあるその姿は、小さな子供の目からどう映るのか。
自分の真ん前で止まり、自分の倍もの長身に見下ろされる。

「…ぅ、……ふぇ、」
「! 斑葉くん、ストップ。」
「九条、」

少年は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
間に合った。ホッと胸をなでおろし、制止をかけられ振り向いた斑葉を見る。と、そこにはなんとも言えない表情が小さく俯いていた。

「如月くん、零夜ごめん。僕の注意が行き届いてなくて。」
「いえ、大丈夫ですよ。本当に爆弾投げられたわけじゃありませんし。この子には僕がしっかり言って聞かせますから…」

チラと視線を移す。つられて伊織も目を向けると、向こうで幾人かの子供たちが、“先生”の帰りを今か今かと待ちわびていた。それを見て、彼は一瞬逡巡するも、再びごめんと言い残すと、照れ笑いながら“生徒”たちのもとへ帰っていった。
ふむ、意外な才能もあったものだ。

「さて、と」

こちらはどうしたものか。

“…ん?”

涙を堪えながら、少年は何やら明後日の方に目を向け、逸らし、それを繰り返しながら何かを気にしている。
不思議に思い、その明後日の方向を目で辿る。と、…なるほど。
全てが解った気がした。

「ねぇ君、名前は何て言うんですか?」
「………しょーた」
「しょうたくん。このお兄ちゃんのこと、嫌いですか?」
「…」

少しの間を置き、しょうたは静かに首を横に振る。

「ではなぜ、彼にあんなことを?」
「………」

口ごもる少年に、斑葉の眉が密かに寄る。
しかし、ふと零夜へと目を落とせば…

彼はとても優しげに、クスッと笑ってみせた。

「好きな子に振り向いて欲しいなら、あんなことしちゃダメですよ。」
「!」

零夜のその言葉に、今までシュンと俯いていた少年の顔が、バッと赤く染まる。

「え、あ…」
「彼女が自分以外の男に声をかけるのが面白くないなら、そんなこと彼女がしようと思わないくらい、彼女の前でかっこいいとこ見せればいいんです。」

そう言って零夜が投げた視線の先で、一人の女の子がこちらを気にしている。その少女の顔に、見覚えがあるような気がして。


『おにーちゃんあそぼー。』
「−−!」

「…。」
「スライムなんかぶつけてないで、ね?」
「〜〜〜っ、」

真っ赤な顔で、少年はコクリと頷き、
自分たちに小さく、だがハッキリと、ゴメンナサイと呟いた。
 


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