「先輩は最近、いつもこの辺を通って帰るんだ。」

夕日もそろそろ沈もうかという頃。
まだ薄明かりの闇に紛れ、隠れるように移動する2つの影。

「なんだかんだ言ってたくせに、サカナちゃんたらノリノリじゃない。」
「…ムサのせいだ。」

ふてくされたかのような口調。なのに…

ぞくりと身震いする。

“言葉と顔が合ってないよ、サカナちゃん”

飢えた獣のようにぎらつく瞳。高揚しているのか、さては武者震いか。ぐっとメモ帳を持つ手に力が込もり、その口元はどことなく、笑っているようにも見えた。

「てゆうか、なんか慣れてるね、尾行。」
「まあね。」
「…?」

急に彼が立ち止まる。
何かと前に目を向ければ、ターゲットの姿が遠目に確認できた。

「ここからは二手に別れた方がいい。もし先輩に見つかった時、ボクらがまだ二人でいたら確実に怪しまれる。」
「分かった。任せて。」

落ち合う場所を指定し、頷くとメバルは横道に入り、あっと言う間に消えてゆく。
一人尾行を任され、見ると伊織の方はつけられてることなど全く気づく様子もなく、遅いくらいの速度で歩を進めていた。

尾行なんて初めてだ。
いつも情報収集はメバルの仕事で、武蔵はそれを編集しただ伝えればいい。
しかし今回、こうしてメバルを煽ったのは、彼の尊敬する先輩、もとい学園一の情報屋の情報を手に入れたかったのと同時に、いつも彼がどんな風に事を探っているのか、知りたくなったこともある。自分は彼らのような知識欲は持ち合わせちゃいないけれど。

「…あれ?」

考えに耽っていたせいか、ふと気づけば前方を歩いていた筈の伊織の姿がなかった。

“ヤバ…見失った?”

ハッとして駆け出す。と

「どうしたんですか?武蔵君。」
「!」

 

しまった。
伊織は横道に入っただけで、すぐそばにいた。
そして、にこやかな笑顔をこちらに向け、彼は優しげな声音でこう言ったのだ。

「駄目だよ。尾行中は相手に全神経を注がなきゃ。」
「え、」
「こうやってすぐに見失っちゃうし、慌てて動きを見せれば、多少鈍感な奴だってすぐ気づく。」

そういうこと、メバルは教えてくれなかったかい?
と、そう続ける彼の瞳はどことなく冷ややかで、
口元に刻まれたままの笑みが、なんだか嘲笑のように思えた。

「いけない子だね。大した覚悟もないのに、ちょっとした興味だけで自分の友人をけしかけて、人のプライベートにまで土足で踏み込もうだなんて。」
「……あなたは違うと?」

対抗するかのように頑張って笑みを返しながら、武蔵はそっと、切っておいたレコーダーに手を忍ばせる。
こんな緊張感のあるやり取りを記録しない手はない。

「…え、…あれ?」

レコーダーが、ない。
“嘘、まさか落とした?”

クスクスクス…
「?…」
喉奥で笑いをかみ殺すかのような声に、恐る恐る顔を上げる。

「あ、」
「探し物は、これ?」

彼の手の中。摘み上げられた自分のレコーダーに、さっと薄ら寒いものを感じる。
虚勢をはることも忘れ、思わず口元が引きつった。

「…以前からね、本当はメバルにも注意しようと思ってたんだ。君達の企画は取材される側からすれば、決して評判はよくない。少々、人のプライベートに踏み込み過ぎてる。」

現に今だって、取材の範疇をとうに超えてる。

「…け、けどそれは…」
「物分かりの悪い子だ。」

ぞくり。
今までにない、冷たい声。冷たい汗が背筋を伝う。

「知りたければ知ればいい。いくらでも、自分の気が済むまで。…でもね、」


それを自分の胸に留めておくのと、戯れにあちらこちらへバラまくのとでは、違うんだよ−−。

 

 

 

 

 

 

「………遅い。」

とっくに目の前を通ってもいい時間だ。
しかし、ターゲットの伊織は疎か、武蔵の姿も見える気配がない。
別の道を通っていったのか。いや、それなら武蔵からなんらかの連絡があるはず。

「……。」

暫し迷った末、武蔵の携帯に電話を入れる。
ところが帰ってきたのは、
ツー、ツー、
という無機質な音声だけだった。

「?」

あの武蔵が電話に出ないなんて。
…一体、

 

ポン、 
「うおぁ!!?」

不意に、
肩を何者かに叩かれ、メバルは驚きに声を上げる。

「あぁ、ごめん。驚かせてしまったようだね。」
「い、伊織先輩!?」
“どうしてここに…”

「どうしてって顔してるけど、ここは僕の通学路だよ?」

“み、見透かされてる…、…て、ことはひょっとして…”

「…あの、いつから、気づいて?」

恐々そう訊ねると、彼はクスッと微笑み、「最初からかな」とちょっとおどけてみせた。
それだけでもう、これまで高揚していた気分とか緊張感とかが、しゅわしゅわと萎んでいくような感じがして…

「す、すいませんでした。」

バレていた。自分の考えも、尾行も。全部、最初から。

「…君は素直だね。」
「え?」
「いや、なんでもない。彼はもう帰らせたよ。すっかり日も暮れてきたしね。」
「そうですか。」

“だったら一言くらい言ってくれればいいのに…ムサのヤツ”
「メバル君も。今日は家まで送るよ。」
「! 本当っすか!? ありがとうございます!」
“張っててよかった〜”

なんて、現金なことを考えていると、それをも見透かしたかのように、

「メバル君、こういうことは、もう程々にしたまえよ。」

釘を刺された。

「う、…はい。」

 

 

「じゃないと、今度は君の大事にしてるメバル帳、燃やしちゃうから。」
「え゛」

 

 

to be continued

→後書



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