朝の登校指導時間。


「ほらほら、“一応”制服正して〜。ほらそこ、二ケツしな〜い!」

面倒だと言わんばかりにタバコをくわえ、今日の当番である木戸は、登校してきた生徒達へ指導の言葉をかけていた。



「そういうキドセンこそヤニなんか食ってていいのかよ!」
「俺はい〜の! お前らみたいなクソガキ指導すんのに、これくらいねぇとやってらんねーでしょうが。」
「えー、何だよそれ〜。」


幾人かの生徒に、くわえたタバコを指摘されるも、口八丁でいつものように切り抜ける。

「下らないこと言ってないで早く教室行きなさいよー!」
「「へ〜い。」」

不満そうに口を尖らせつつも、生徒たちはじゃれ合いながら廊下を走っていく。が、それでもすぐに笑顔で手を振ってもらえたりするのは、彼の人徳の賜物といえよう。

「じゃあな〜、キドセン!」
「教師をあだ名で呼ばないの。それから、廊下走るな〜。」


“…ハァ〜、あと10分もあるわ、…全くメンドクサいったら…”

「おはようございます、木戸先生。」
「あ〜、はよ〜。」

横からかけられた挨拶に、木戸はゆっくりとそちらに視線を移す。

「…ん? 生徒会長じゃないの。」


見ると、そこに立っていたのは、この学園の生徒会長である九条零夜で…。
その横につくように並ぶ李紗嗚は、まだ眠そうな目を擦りながら零夜の袖を引いていた。

“…相変わらず派手だな。これで地毛ってんだから、先生たちもそらビックリするわ。
こんなガキのうちから女共の視線集めちゃって、まあ…。”


周囲で聞こえ始める黄色い悲鳴を耳にしながら、木戸は一際目を引く銀色の髪をちらと見やる。

「小僧はまだ眠そうだね〜。…逆に会長さんはいつもよか随分遅いんでないの?」


そう言って、木戸は短くなったタバコを携帯灰皿へ入れると、新しいのを一本取り出した。


「ええ、私が登校してきたのはもう随分前なんですが…、…今来たのは、ある用向きのためでして…。」
「?」

“用向き?”


含みのある口調の零夜を怪訝に思いながらも、木戸は取り出したタバコを口にくわえる。

…ところが、


「ッ!?」


突如、目の前を一迅の風が過ぎった。


「……あ?」

気づいた時には、それまでくわえていたタバコが、忽然と自分の口元から消えていた。

「! なッ…」


さずがの木戸も驚いたようで、自分の手元やら足元やらをキョロキョロと見回す。


「失礼しました。…用向きというのは、これのことでして…。」

ハッとして、目の前の零夜へと目を向ける。

そこには、消えた筈のタバコを手にし、苦笑を浮かべる零夜の姿があった。


「…あ、れ〜? いつの間に…。」
「実は、木戸先生のタバコが生徒への害になるとの相談…もとい苦情が数件ありまして…。外で吸うならともかく、校内ともなりますと……ね?」


言いながら、手に持ったタバコを箱へとしまう零夜。


“…ん? 箱?”


「!? ちょ…!!」

慌てて懐へと手をしのばせる。

“………ない!!!”


胸ポケット、フラップポケット、尻ボケット…。
あちこちに手を突っ込んで調べるも、そこにある筈の物はなく、再度木戸は顔を引き攣らせながら頭を上げた。


「このような手段に出るのは、私も気が引けるんですが…。副会長さん曰わく、教師がしっかりしないと生徒への示しがつかない……と。」

「……。」


茫然とする木戸。

それもその筈。計三箱あった彼のタバコは、全て零夜の手中に収められていたのだから…。


“おいおい、手品かよ…”


「…零哥、これも…」

その時、今まで空気のように存在を消していた紗嗚が、彼の背後から姿を見せた。

「……ははは、…もう驚く気にもなんねぇよ。」


子供のようなその手には握られていたのは、木戸のものと思しきディスポライターで…。

気配もなく奪われていったタバコとライターを前に、木戸は苦く笑うことしか出来なかった。




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