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「九条さん、悪いんだけど代わりに弾いて下さる? 私手がまだ…」
「分かりました。」

 

 
『♪〜 ♪〜』

 

 

“お、”
“これって…

 

−−…。
「やっぱり会長だったんすね、あのピアノ。」
「え、一年生の教室まで聞こえてました?」
「はい、ばっちり!」
「すっごいキレイだったよ、会長。」
「あ、ありがとうございます。なんだかお恥ずかしいです、あんな拙い伴奏で。」
「え、どこが? あのオバサンが弾くよりずっといーじゃん。」

『オバサン』というのは音楽教師である桂を指しているのだろう。
最近転んで手を傷めたらしく、音楽の時間においてはピアノを弾くことが出来る生徒に伴奏を頼み、授業を進めていた。無論、そのような生徒が一人もいないクラスではCDを利用するなどして別の手段をとる。しかし近頃の高校生はよくできているもので、一クラスにつき大概3、4人程度は、習い事として過去に経験のある者がいたりする。音楽関係で良い逸材がいないか日々模索している桂にとっては、願ったり叶ったりだった。

「そういや今日は、途中から弦楽器の音も一緒に聞こえてきたと思ったんですけど、あれって…」
「バイオリン?」
「ああ、あれは…」

「九条ーーーー!!」


と、そこで生徒会室のドアが勢いよく開け放たれ、如月斑葉が姿を現した。
室内にぐるりと視線を巡らせ、そこに零夜の姿を見つけると、あぁ、と溜め息混じりの声を漏らし、ズカズカとそちらへ歩み寄る。するとそのまま…

「九条、会いたかった…。」

 

抱きしめやがった。

 

 
ピシッ…

「な…」
「聞いてくれ九条、あの桂とかいう音楽教師が俺に…」


バキィ…ッ!

「そういう行為はやめて下さいと何度も言ってるでしょう。ぶん殴りますよ?」
「九条、もう殴ってる…」

仁王立ちで拳を握りしめ、肩で息する零夜と、ビリビリと痺れる頬を抑える斑葉。相も変わらず、この二人の温度差は一体。

「まったく、…で? 一体全体何なんですか。」
「ああ、そうだ。桂先生が俺にヴァイオリンを教えてくれとしつこくて。」
「「は?」」
「結構じゃないですか。だったらこんなところでありもしない油を売ってないで、さっさと桂先生の所へ行ってくださいよ。」

苛々と返答する零夜に、斑葉はそんな、と落胆した声を上げる。まるで捨てられた子犬(いや、成犬か)のように、しゅんと頭を垂れる彼を、零夜はまるで相手にしなかった。
この男と出会って、突然惚れたなんだとぬかして転校してきてから、早くも一週間が経とうとしていたが、…零夜は自分に“のみ”、大仰すぎる程の態度をとるこの男の真意が今一つ分からず、対処に困っていた。

「え、何? じゃああのバイオリンって、如月が弾いてたの!?」
「…あぁ、」

会話の意味が呑み込めたのか、興奮した様子の虹の問いかけに、斑葉は数拍間を置き素っ気ない言葉を返す。

「うっそ、マジで!?」
「へー、オレあんまり上手いから、桂のババァが見栄張ってCDでもかけたのかと思った。」

音楽教諭、桂の趣味は、多種に及ぶ楽器収集と、その演奏だが、その中でもヴァイオリンは一級品。外国の一流職人に作って貰った、日本では入手困難な名器。それを暇さえあれば慎重に手入れし、当然演奏もするのが桂の最大の楽しみだが、その腕前は、お世辞にも巧いと云えるものではなかった。

「バカだねしょう、どんなに見栄はったってあの“殺人バイオリン”と比較したら誰だって桂が弾いたんじゃないって分かるって。あたしバイオリンの技術とか全然分かんないけどさ、すっごい上手いなって分かったもん。」
「そう、そうなんですよ。本当にイラッとするくらい見事に、繊細で綺麗な音を奏でるんですよ。…あれで殆ど独学っていうんですからもう…」
「あー、あの演奏のあと、何で女子たちのキャーキャーいう声が聞こえたのか、今やっと分かったわ。」

二人の美男が並んで演奏するところを思い描けば、それも頷ける。クソ、あと20cm背が高ければオレだって…と、しょうは心の中で密かに叫んだ。

「九条、初の協同作業、凄くよかっ…」
「ただのアンサンブルですから! 気持ち悪い言い方しないでください!」
「でも二人ともスゴいよね〜。バイオリンとかピアノとか、いかにもって感じの趣味でさ。」
「いかにも?」
「なんてゆーか、紳士のたしなみ? お金持ちっぽいってゆーか……あれ?」

そこで虹が一瞬、ハッとしたように口を噤む。零夜の視線が、そろそろと横へ逃げてゆくのが目についた。

「あ、そっか! 会長は『みたい』じゃなくで本当のお坊っちゃ…ムグッ、」
「バカ虹! お前どんだけ無神経なんだよ。」

「…あ、あははは…」

虹の口を慌てて塞ぐしょうと、それに対して苦笑を浮かべる零夜。

−−そう。九条零夜は“みたい”ではなく、確かに事実として、正真正銘、立派な“お坊っちゃま”なのだ。
日本が誇るトップメディア企業。雑誌、書籍、ラジオ、テレビと、ありとあらゆる情報源を媒体として、日本でその名を知らぬ者はいないであろう『九条グループ』。先代より続く、まだ歴史の浅いそのグルーブで、つい数年前にその会社を継いだ社長の、たった一人のご令息。それが、九条零夜なのである。
しかし、やはり人からハッキリと『お坊っちゃま』呼ばわりされるのは少々イタい。

「だ、大丈夫ですよ、しょう。慣れてますし。そこまで気にしてませんから。」
「けど、」
「ぷはぁッ、ね、ね、会長。そんならちょっと聞いていいかな!?」
「え、は、はい。何でしょう。」
「えっとね、まずは…」

虹はそこでスッと息を吸い込むと、次の瞬間から、物凄い勢いでまくし立て始めた。

「まず、お家ってどのくらいの広さ? メイドさんはいるの? 執事は? セ●スチャンみたいなの。つかぶっちゃけ使用人てどんくらい? みんな住み込みなの? あ、その前に会長の家族構成って…」
「え、え?」

「…」

「イングリッシュガーデンとかあるの? 噴水は? デッカい犬は? 門から玄関までってやっぱ遠い? 会長って時々歩いて学校来てるよね、車はないの? 黒塗りのデカくて長いヤツ。やっぱ中にテレビとか冷蔵庫とかあるの? 服は執事が着せてくれるの? 家事は基本使用人任せ?」
「あ、う、えっと…」

「……」

「お風呂にライオンとかついてる? バラ浮かべる? ってか家にプールとかある? 別荘は? 島とか持ってる? 娯楽室って実在するの? ズバリお小遣いっていくら貰ってんの?」
「こ、虹、もう、その辺で…」
「………」

「ってか会長ってさ、」

……イラッ

「うるさぁーーーーーーーーーーーい!!」
「「!?」」


その時、不意に二人の会話(として成り立っていたかは疑問だが)を打ち破るかのような鋭い怒声が、室内に響き渡った。
瞬間、あれだけ騒がしかった生徒会室が、水を打ったようにシンと静まり返る。

「な、七瀬…」

その声を上げた主に、虹は恐る恐る顔を向ける。先程の怒声が明らかに自分に向けられたものであると分かったからだ。

「枢木ぃ…」
「は、はい!」
「今日は部活もなければ生徒会の仕事も殆どない。それなのに、なんでお前が今ここにいるのか、答えてみろ。」
「えっと、明日中間テストなのに、全然勉強してなくて、分からないとこがあまりに多すぎるから、勉強会を開いてみんなに教えてもらおうかと…」
「そうだったな。」

たった今まですっかり忘れていたことを頭の隅から引っ張り出す。自分の解答に同調の意を示した要にホッとしたのも束の間、続けられた問いに、虹は再び言葉を詰まらせることとなる。

「で? 勉強は終わったのか?」
「う、」
「……。」
「いや、あのね、そろそろやろうと思ってたところで、」
「そう言って実際やるヤツを俺は見たことがない。」

“うわ〜、要くんのご機嫌がどんどんななめに…”

「だから、その…」

素直に謝ればよいものを。苦し紛れの言い訳を散々考えた末、虹はとうとう、とんでもないことを思いついた。

「…そうだ!」
「?」

 
「会長の家でお勉強会すればいいんだよ!」

 
「へ?」
「な、」
「ハァ!?」

なぜそうなった。

 

Zt『千客万来』

 

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