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部活動に積極的な奏梗学園は、3つの体育館の他に『格技棟』と呼ばれるものが存在する。空手、柔道から始まり、弓道やボクシングといった格闘系の部活は、各々それ専用の場が与えられ、練習に専念することが出来る。しかし、只でさえ莫大な広さを誇る奏梗の敷地内で、最も隅にあるその棟まで移動するのは、例え運動部員であろうと一苦労。

「ふう、…遅くなりま」

息をつき、道場の扉を開ける。と、

「!」

ヒュッ
と風を切る音に、反射で肩の竹刀を前に出す。
防具袋が音をたて床に落ちる。瞬間、竹が爆ぜたかのような高い音が、場内に響き渡った。

「ッ!」
「ほう、よく受けたな。とうに腕など鈍ったものと思ったが。」
「なっ…」

目の前の奇襲者の発言に、しょうの眉間に深い皺が刻まれる。
自分の顔めがけ、まっすぐ振り下ろされた竹刀は、持ち手からじわじわと力を加えられ、尚もしょうを追い込もうとする。

「…っに、すんだこらあっ!!」
「!」

足に力を入れ、受けていた竹刀をはじき飛ばす。
まさかあの体勢から返されると思っていなかったのか、奇襲者は目を丸くし、やがてそれが、剣呑な色を帯びてゆく。

…なぜいきなり襲われて、挙げ句睨まれなければならない。

「全く…毎度毎度、一体何のつもりですか、橘先輩。」

奇襲者、もとい、しょうの先輩であり、この剣道部の現部長を務める橘は、高く結い上げた黒髪を払い、竹刀を肩にかけしょうを見やる。

「私は貴様が嫌いだ。」
「ぐ…」

“…知ってる、知ってるけども…”

本人前にして、そこまでハッキリ言うか。

「だが、その腕は一応ほんの僅かではあるが認めてないこともない。」
「そりゃどーも。」
「だから、余計に…」

ガッ

「い゛っ」

しょうの金髪をむんずと掴み、橘は懐から、あろうことか習字用の墨汁を取り出す。

「え…」
「この忌々しい色をした髪が、気に食わん。」
「ちょ!?ちょちょちょ、待っ…ストップ!先輩ストップ! 待っ…待てって言ってんだろこのクソ部長ぉぉー!!!」

 
剣道部主将、橘 愛生(あき)。剣と和をこよなく愛す、歴史(日本史)オタク。
少々…変人。

 

−−−−−

「少々どころじゃねーよ、生まれる時代間違ってんだよバカ侍がよー。」
「うわ、何アンタ炭くっさ…」
「うるせーな!水道で流したくらいじゃ落ちなかったんだよ!」

好きな女(片思いだけど)と2人、下校の時間。炭臭いオレ。
…マジ泣きそう。

「あはははは、まーたあっ君にやられちゃったのかー。」
「笑い事じゃねーよ。あの後道場の掃除までするハメになったんだぜ? やってらんねーよ。」
「よっぽどしょうが気にくわないんじゃね?」

そこだ。あのアホ侍、入部した時からオレへの当たりはキツかったけど、自分が部長になってついでのように湧いた来年の部長オレ説で、今まで以上にひどくなった。
どんなに周囲がはやし立てても、最終的に次の部長を決めるのはアイツ(現部長)だ。
剣道部はずっとそうしてきたらしい。

でも…

「部長、か…」
「? 何?」
「あ、いや、なんでもねー。」

ヤベ、声出てた。
しかし虹は特に気にした様子もなく、よく分からない曲を口ずさみながら縁石の上を渡っていく。
部長、ねぇ。まあ支持してくれる奴がいんならそりゃやりてーけど。ていうか、普通は執行部といえど生徒会に入ってるヤツ、部長の話はきたりしない(と思う)。うちの学校、色々普通じゃねーからなぁ。なんかもうあらゆる決定が、最終的には本人任せだし。
するとその時、ふとオレの頭に、数ヶ月前のある情景が浮かんだ。

「…なあ、虹ってさ、」
「うん?」
「なんで部長推薦の話、蹴ったわけ?」

 

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