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「うー…」
カリカリカリ…
静謐な室内に、ノートへとペンを走らせる音が響く。
「むー……」
カチカチカチ…
テスト期間独特の緊張感に張り詰めた空気というものは、どうしたって息が詰まるものだ、が。
「あ゛ーー」
「うるさいぞ、枢木。」
「…だってー、分かんないんだもん。」
やっとこさ勉強会が始まり、20分程が経過する。
この方が勉強会っぽい、という虹のよく分からない発案により、座卓のようなテーブルを出してもらい、それを囲むようにみんなで座っていた。元々床座の造りではないが、床に敷かれたふわふわのカーペットは直に座っても気持ちがいい。室内は適温、喉が渇けばすぐに飲み物が淹れられる。
その過ごしよさのせいか、単に集中力がないだけか。予想はしていたが、真っ先に現れた脱落者は、奇声を発し、シャーペンを口にピコピコと動かしながら、次に脱落者となる道連れを探していた。
「ハァ、どこが分かんないんだよ。」
「全部。」
「……会長、」
「? はい。」
「外から鍵かけられる部屋ってありますかね。」
「ちょ、待っ…、分かった、静かにします!」
漸く静まった障害物に満足し、要は再びペンを取り、机の上に目を落とす。こういうところは、普段の業務時と何ら変わらない。
「大丈夫ですか? 虹。」
「うー、七瀬がこわい。」
「集中したいんですよ、きっと。それより、虹がよければなんですが、分からないところで僕が分かるところがあれば、お教えしますけど…。」
「!」
「虹も、僕が分からないところは一緒に考えてくださいね。」
「ありがとー、かいちょー!」
後半の発言が適うことは、恐らく有り得ないと思うが。
「!? 九条! 俺も分からないところを教えて欲しいんだが…。」
「え? ぼ、僕に分かるところなら構いませんけど、…でもあなた、分からないところなんてあるんですか? 聞きましたよ。編入試験、殆ど理事長の意地悪によって作られるあのテストで、初の満点をとったそうじゃないですか。」
“!”
驚いたのは要だった。
横で聞いている虹は、へぇー、如月って頭いいんだ、などと呑気なことを言っているが。あの問題を実際に見て、そんな悠長な感想を口に出来ようか。
零夜の言うとおり、あれは理事長の“意地悪”により、あちこちの難関大学の試験問題をかき集めて作成された、編入希望生への嫌がらせテスト。実際は無回答でもない限り、そんなものの成績関係なく受け入れてくれる筈(それも問題)だが、そのテストで満点を取ったとなれば…、これはもう、優等生どころのものではない。
「…つくづくいけ好かない男だ。」
「負け惜しみか?」
「違う!」
「七瀬うるさい。」
先程うるさかったことを注意した本人にして返され、要はさも面白くなさげに舌打ちする。何で俺だけが、とは思ったものの、それを口にすれば再び負け犬扱いされそうで。
すました様子の斑葉を睨みつけながら、イオン結合の組成式を覚えることに専念することにした。
−−…
「…?」
部屋の本棚に並んでいた動物図鑑を引っ張り出し、読みふけっていた紗嗚がそれに気づいたのは、それからまた30分程の時間が経過した頃。先刻自分たちが通った門から一台の車が入ってくるのを、視界の端に捉えた。
道の材質か、或いはこの部屋の構造のためか、タイヤが転がる音は僅かでしかない。机に目を落とす彼らを見やっても、気づいた素振りは見られない。
ふと窓辺に視線を移すと、口元に笑みを浮かべた執事と、不意に目が合った。
彼の唇の前には人差し指が一本、静かに立てられ、その目は何やら胡乱げに細められている。
「−−?」
その意味を察するよりも早く、耳が、パタパタと慌ただしく階段を駆け上がる足音を拾う。
「ん? 何だこの音。」
「え?」
数秒遅れて、その場の全員がそれに気づいた時には、既に足音はかなり近く、大きくなっていた。
…ガチャッ!
『!』
「はぁ、はぁ、…零夜の友達が来てるって、ホント!?」
・・・・・誰?
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