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「…ねぇ、如月ってさ、ひょっとしなくてもお金持ち…だよね?」

九条邸の門を潜り足を進めていくと、ふと前を歩く斑葉を薄目で見やりながら、虹が誰へともなく小声で訊ねる。先程の車といい、老翁の執事といい。並みの家柄とは思えない。
何の気なしに聞いてみると、しょうから「はぁ?」という声が上がった。要も驚いたようにこちらを振り返っている。

「お前それマジで言ってんの?」
「え、な、何?」

何が何だか分からない様子の虹。自分は何か非常識なことでも言っただろうか。慌てふためく虹に、二人は頭を抱え溜め息を吐いた。

「お前…如月財閥は聞いたことあるか?」
「え? んー、そりゃまぁ名前だけ。…え、まさか、」
「如月財閥といえば日本に存在する財閥の中でも屈指のものだからな。さすがに枢木でも聞いたことくらいはあるだろう。」
「で、でも如月がソレとは限らなくない? ただ名字が同じなだけかも…。」
「虹、お前バカか? 如月は“あの”律桜に通ってたんだぞ。そもそも『如月』なんて姓はそうありふれてるもんでもねえし、虹だってたった今、あのいかにもな車とじいさん見たじゃねえか。」
「う、」

それが何よりの証拠と云わんばかりに。返す言葉もない。
それにしょうが言った通り、斑葉は確かについこの間まで、“あの”律桜学園の生徒だったのだ。この辺りの私立の中でも、奏梗のような学園とは違い、律桜はその家柄を重んじる。つまり、端的に云ってしまえば、家格の高い金持ちだけが入ることが許される、お嬢様(お坊ちゃま)学園なのだ。

「世の中不公平だねー。」
「全くですね。」
「神崎先輩までそんなこと。」
「しょうの家だってデカいじゃん。」
「…ここほどじゃねーよ。」

そんなやり取りを交わしながら、綺麗な庭園に挟まれた私道を進んでいく。門から屋敷までの距離は、当然一般家庭よりは長いが、遠いという程のものではなかった。
咲き誇る花々に目を奪われていると、庭園の中を通る遊歩道に、一つの人影が視界に入る。…否、一つに見えた人影は、荷車のような物を押している。人影が正面へと振り返ると、すぐにそれが車椅子であることが分かった。

「……零くんの、お客様?」

そこには、銀とも白とも云えない、美しい髪の女性が、慎ましやかに腰掛け、笑顔を浮かべていた。「こんにちは。」

「…あ、」
「こ、『こんにちは。』」

“うへー、キレイな人…”

「ただいま帰りました、お母さん。」
「お…!」

“お母さん!?”

その場にいた全員が、驚きに目を瞠る。車椅子に座った女性は、朗らかに笑んで我が子に向かい、「おかえりなさい」と返す。そのあどけなさの残る笑みは、母親と呼ぶには幾分幼いように感じる。だが、彼女の髪色や表情を見れば、それは確かに、二人の血の繋がりを表していた。

「ゆっくりしていってくださいね。」

終始微笑みを浮かべ、零夜の母はメイドと思しきもう一人の女性と共に、再び庭園の中へと戻っていた。

「会長のお母さんって、やっぱり外国の人だったんだね。すごいキレイ…。」
「イギリス人なんですよ。僕の目と髪の色も、母譲りで。」

そう言ってはにかむ零夜からは、母親への深い情が見てとれた。が、それと同時に要は、零夜のその言葉に先程の彼女の姿を重ね、ある違和感に気づく。
零夜は髪と目が母親譲りだと言った。しかし、さっき会った彼女の目は、ずっと…

「ところでお母さん、足でも悪いんすか?」
「あ、いえ。あれは…」
「足ではなく、目。」
「…!」
「違うか?」

口を開いたのは、斑葉だった。
意表をつかれたかのように、要の目が見開かれる。当の零夜はといえば、それに驚くでもなく、ただ静かに「ええ」と頷いた。

「母は全盲なんです。元々目は悪かったようですけど、今は全く…」
“−−?”

一瞬、零夜の瞳が揺らぐ。その笑顔に翳りを見たような気がし、要は首を傾げた。決して楽しい話ではないのだから、たとえそうであっても不思議はない筈なのに、なんだか、それだけではないような気がした。

 
「お待ち致しておりました。」
「!」

ハッとして、要は顔を上げた。既に戸口のところまで来ていたのに気づかなかった。
控えめながらよく通る声の元を辿ると、男が二人、一揖した姿勢でそこに佇んでいる。先程の老翁執事と似通った装いから、二人が使用人であることが分かる。手前に立つ男が面を上げると、誰ともなく息を呑む気配がした。
成る程、美丈夫というのはこういう顔立ちを指すのだろう。零夜や斑葉と並んでも遜色ない端正な顔立ちと、スラリと長い手足。まだ若いことは見てとれたが、モノクルの奥で光る瞳や、纏う雰囲気から、二人とはまた違った種の美形だと思わせた。

「時雨、蒼太さん、ただいま戻りました。」
「「お帰りなさいませ」」

「坊ちゃん」「零夜様」とそれぞれの呼称で声をかける使用人。「零夜様」と呼んだ方、先の男に気をとられていたが、見るとこれまた人目を引く男が後方に控えるようにして立っていた。190近くはあるのでないかという長身に、くせ毛が目立つ。顔立ちから、年は学生である自分達とそう変わらないように見えた。多分、此方が蒼太。一方、「坊ちゃん」と呼んだ顔の綺麗な男。先程の零夜の呼び名から、先刻電話の先にいたのが彼であることが受け取れた。

「お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。門扉まで迎えにも出ず…」
「あ、いえそんな、」

要が咄嗟に恐縮した様で手を振る。普通の家は外まで迎えに出たりしないものだ。そんな要の心中を悟ったのか、或いは単なる使用人への気遣いとして受け取ったのか、彼は「痛み入ります」と再び頭を下げた。
勉強しに来ただけなのに。自分より年上の男に頭を下げられるのは、なんだか居心地が悪い。

「私、零夜坊ちゃんの専属執事を務めさせて頂いている『守山』と申します。此方はフットマンの『相澤』。」

長身を折り曲げ、彼も後方で会釈。と、時雨の言葉に首を傾ぐように、虹が隣にいた斑葉にそっと耳打ちする。

「フットマンて何。」
「footman…イギリスの男性家事使用人のことを指すが、…簡単にいえば執事見習いってとこだな。」
「ふーん。(さすが)」

「さ、こんな所で立ち話もなんですし、どうぞ。」

家主である零夜の一声で、相澤が静かに扉を開ける。なかなかの大所帯で屋内に入ると案の定、またもその造りに、目を奪われてしまった。
格式高いというのか、全体的に西洋を思わせる上品な造りで、中央に待ち構える幅の広い階段が、上で二手に分かれている。奥の方にもたくさん部屋がありそうだ。玄関も、執事の守山(相澤は外に残ったらしい)を入れ10人近くいるというのに、広々としたものだった。

「♪」

虹のテンションが上がっていくのが分かる。しかし、先程の庭の造りを見ても思ったが、この家(屋敷)は確かに広いが、内装自体は別段派手なものではない。虹が学校で好き勝手にまくし立て、恐らく更なる想像をしていたであろう金持ち臭さはどこにもなく、元々の家の造りを除いては、存外質素なものだった。

「ねぇ、会長の部屋どこ?」
「え、僕の部屋ですか…?」
「そーだよ。え、ダメ?」
「ダメ、ではないですが、勉強なら他にも場所はありますし、…そうだ、サロンで」
「えー、普通友達の家に遊び来たら、友達の部屋で遊ぶでしょうよ!」

虚を突かれたように、零夜はポカンと口を開ける。
瞬間、自信満々に言い切った虹の頭上に、軽い手刀が落とされた。

「でッ、」
「こら、遊びじゃなくて勉強だ勉強。」
「油断してるとまた赤点になるよ、虹。」
「お前次赤点とったらヤバいんじゃねーの?」
「う、うるさいうるさーい! しょうも一年後には絶対そうなるからな。柚那は頭いーから分かんないだろうけど。って、ちょっと七瀬、痛い。」

たちまち屋敷内が騒然とし出す。人の家だということを完全に忘れているようだ。
あっけらかんとしていた零夜が、ハッとしてどうすべきか考えあぐねると、とうとうそれを見ていた守山が、小さく噴き出した。
微笑ましげにそれを眺めながら、喉奥で笑いをかみ殺し、咳払いを一つ。

「かしこまりました。では坊ちゃんの部屋へ、ご案内致しましょう。」
 

 

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