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「七瀬君は、きっと誰に対してもそうなんでしょうね。」
「?」
「厄介なことに、自分から首を突っ込んで、お節介なくらいに人の世話を焼いて…」

“…お節介って”

「肉親でもない、恋人でもない、まして友人と呼べるかどうかも分からない、そんな赤の他人のために、どうしてそこまで出来るんですか?」


要の顔を正面から見据え、穏やかに問いかけるその瞳は、綺麗に澄んだ色をしていた。

「あ、えっと…」

驚いたような、それでいて戸惑ったような表情を要から一瞬垣間見たのは、その時の彼女が、いつもとどこか違った雰囲気を纏っていたからかもしれない。
何事にも関心が薄く、淡々と与えられた仕事をこなす柚那も、家族の為に気を張り、刺々しい態度をとる柚那も、そこにはいなかった。

「…誰にでもって、わけじゃない。」


「え?」

「神崎が、一生懸命だから…。誰に言うでもなく、一人で頑張ろうとするから…」
「……。」
「だから、放っておけないっていうか…」

そこまで言った時、要がはっと口を噤んだ。何かを誤魔化すかのように髪をかき乱しながら、要は気まずそうに目を背ける。

「悪い、自分でも何言ってるのか分からない。
…けどな、お前は俺をまるで非常識人みたいに言うが、」

柚那の問いにどう答えるべきか、彼女がどんな答えを期待しているのか、要には分からなかった。しかし、それでも言えることは…

「会長や枢木だって、お前のこと知ったら、多分…いや、絶対放ってはおかないと思うぞ?」
「! …あ、」

「確かにお前にとっては、俺たちなんて仕事の同僚みたいな認識かもしれないけど、…少なくともみんな、心配する位には神崎のこと、仲間みたいに思ってるからさ。」


ふと、息を飲むような気配に、ハッとして顔をあげる。そこでは柚那が目を大きく見開いたまま、茫然とした様子で自分の顔を見つめていた。
途端、自分の言った言葉が、急に恥ずかしいものに思えてくる。

「…ま、まあ、会長たちなら、俺なんかよりもっと上手く支援する手立てとか見つけそうだけど。」
“な、何言ってたんだ俺、こんなこと言ったら、きっとまた神崎に

『ウザいです』

とか言われる…っていうか今絶対思われてる。一刻も早くこの場から逃げたい、っていうかもう帰らなければ、よし帰ろう…”

「じゃ、じゃあ神崎、俺ほんとにそろそろ帰らなきゃいけないから、…あ、小鍋に卵粥作ってあるから、適当に食ってゆっくり休んで、…明日は、無理しないで学校もバイトも休めよ。会長や先生には俺の方から伝えておくから。」

履きかけだった靴を慌てて履き直し、矢継ぎ早にそう言うと漸く家を出ることが叶った。しかし、

「……行きますよ。」

自分の背に向け小さく呟かれた言葉。その言葉の意味を要が理解するのに、暫しの時間を要した。

「お前、またそんな無茶を…」
「明日までに回復して、学校にもバイトにも行きますから。…それに、
生徒会室にも。」

「…!」
「止めても、無駄ですから。」

暗がりに立つ柚那の表情は要の方から見えやしなかったが、ふてぶてしく言い放つ彼女が、なんだか妙に可笑しくて、

「…ふっ、」

自然と笑みが零れてしまった。

“確かに、止めても聞かなそうだ”


「ああ、

…待ってる。」

 

 

 

 

 

−−…。

“うう、寝不足だ…”

あの後要が家に帰ると、時計の針は日付を変えようとしていた。
共働きで帰りが遅い両親も既に帰っていて、そんな時間まで外出したことがかつてない要に対する、訊問のような説教が始まった。

“あげく夜食は作らされるし、わけがわからん。…今日はせめて、会長がスムーズに仕事を進めてくれることを願うしかないな…”

ガラッ、

「おはようございま…」
「おはようございます。」
「!」

生徒会室のドアを開けると、自分が言い終えるより早く、挨拶が帰ってくる。いつも返ってくる筈の会長とは違う声に驚き、顔を上げると、朝日に包まれた室内に佇む、柚那の姿があった。

「神崎…、体調はもういいのか?」
「はい、だから言ったじゃないですか。ただの貧血だって。」
「そっか。まあ、よくなったんならよかった。…ところで、会長は?」
「会長なら先程までいましたけど、どこかに行ってしまいました。」
「…今日は朝から目を通してほしい書類があるって言ってあったのに。」

“逃げたな…”

たった今自分が入ってきた、そして先刻零夜が出て行ったであろうドアを横目に、要は内心で小さく舌打ちする。

「そういえば、神崎がこんなに早くここに来るの珍しいな。何か急用でもあったのか。」
「いえ、急用という程のことではないのですが…」
「…?」

珍しく歯切れの悪い態度を見せる柚那に首を傾げる。一瞬の沈黙が、やけに長く感じられる。やがて、覚悟を決めたように顔を上げると、すぐさま柚那はその頭を深く下げた。

「その、…ありがとうございました。」
「え?」
「助かりました、…色々と。」

“…色々?”

柚那が顔を上げると、要はポカンとした表情をしていた。彼女の予想外な行動にただ驚いているのか、それとも何に感謝されているか、解っていないのか。

「? 昨日バイトを変わったことなら、気にするなって言っただろう。」
「……。」

後者だった。

「それより神崎がそんなこと言うなんて、…やっぱりまだ体調が、」
「七瀬君て、結構失礼ですよね。」

呆れて息を吐く。だがその一方、内心では苦笑していた。
溜め息なんて、以前は滅多に吐かなかったのに、…どこかの苦労性からでも移ってしまったのだろうか。

「それだけ、言いたくて。」

まだ何かを真剣に考えている様子の要の横をすり抜け、失礼しますと一言、生徒会室を出る。

「おい、神崎、ちょっと待っ…」
“あ、”
「一つ、言い忘れてました。」
「わ!?」

言いたいことだけ言ってさっさと出て行こうとした柚那を咄嗟に追うと、ちょうど部屋を一歩出たところで何やろ思い出したように、柚那は再びクルリと振り返る。ぶつかりそうになった至近距離の互いの顔に、要は思わず声を上げた。

“び、ビックリした…”

「今日の夕飯はスパゲティがいい。」


「………は?」
「螢と魁からの伝言です。螢はナポリタン、魁はミートソースで朝から大喧嘩していたので、どうにかうまくお願いします。」
“うまくって…”
「それから、以前から言おうと思っていたんですが、一食にかけられる費用は320円です。愛華の食事はこちらで用意してるんで、…あのコ(弟)たちをあまり美味しいものに慣れさせないで下さいね?」

それでは、と。
何故に彼女はいつも自分の言いたいことだけ終えると行ってしまうのだろうか。

“320円? 愛華は除くわけだから、一人頭、80円……”
「・・・。」

 

 
…どうしてだろう。
昨日の今日で、神崎が随分と強かになったような気がする。

だが、それよりもっと不思議なのは、そんな神崎を見て、どこかホッとしている自分がいることだった。

 



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