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『…ねぇねぇ、あそこの親、また帰ってないそうよ?』
『児童相談所にでも通報した方がいいんじゃないかしら。』

 

 
『お前の家が大変なのは分かる。けどな、他の親御さんたちが不審に思っているんだ。担任である俺の立場も考えてくれ。』
 

 

『おーい、ビンボー! そこに金が落ちてたぜ、拾ってこいよ。』
『ハハッ、十円だけどなー。』
 

 

 

 

 
−−「世の中お金が全て」というのは決して間違いではないと、私は思う。

お金がなければ日々の生活だってままならない。あの子たちだって学校に行かせてあげられないし、それどころか満足に服も着せてあげられなくなってしまう。
他人はいつだってあてにならない。口は挟んできても、何かをしてくれるわけじゃない。何とかするのも、できるのも、自分しかいないのだから。

…本当は、 高校になんていかないで働くことを第一に考えた。でも、この先あの子たちをしっかり養っていくことを思えば、バイトをしながらでもちゃんと高校に通って、安定した仕事に就いた方がいい。
ありさには大好きな部活を続けてほしいし、螢と魁には、家が原因でいじめられるようなことはないでほしい。愛華にも栄養のあるものを食べさせて、早く大きくなってもらわないと…。





お金が足りない。



『バイトっていっても…女にはキツい仕事だぜ?』
『1日でも休んだり、遣えないと判断した際は、クビにして頂いて結構です。』



もっと稼がなきゃ。もっと頑張らなきゃ。
そうすればきっと、周りも何も言わなくなる。


惨めな思いだって、しなくてすむんだ−−。

 

 

 

 

 

 

 
−−…。

「……ん、」

やけに重たく感じる瞼を持ち上げ、目を開けると、辺りはすっかり暗くなっていた。

「……。」

まだ頭がぼんやりしている。一体何時……


ハッとして、家に唯一ある壁時計へと目を向ける。長針が影になっていて正確な時間までは分からない。けれど、短針は確かに、11と12の間を指していた。


「………」


言葉も出ない。

バイトに間に合わないどころじゃない。バイトなど既に終わって、帰ってきていてもおかしくない時間まで、眠ってしまっていたんだ。
堪らなくなって、ため息を零す。元々、どれだけ過大視しても決して頑丈といえた身体ではない。そんなことは、自分が一番よく分かってる。



「…ん〜、」
「!」
「ゆなね〜…」

「……」


寝言…?
そこでようやく、弟たちが横で俯せるように眠っていたことに気づく。視線を落とせば、自分の体には毛布がかけられていた。

「…自分にもかけないと、風邪ひくよ?」

時間が時間だから仕方ないだろうけど、今日は相当疲れたはず。何といっても姉がいきなり目の前で倒れたのだから。

“ご飯、ちゃんと食べたのかな? 七瀬君が作ってくれたはずだけど…”


覚醒してきた柚那の脳裏に、倒れる直前の情景が過ぎる。感情が高ぶり、ムキになって声を荒げてしまったこと。体調が悪かったとはいえ八つ当たりとも云える行為に、今頃になって忸怩たる思いが募る。

“どうかしてた…”

明日会ったら、謝らなくては。そう思った時、不意に柚那の耳が、玄関の方から小さな物音を捉えた。

「?」
“何だろう”

自分の膝にもたれていた頭をそっとおろす。様子を見に行こうと立ち上がった時、カラ、と控えめな音を立て、居間の戸が開けられた。

「え?」
「! 神崎…、気がついたのか。」

驚きに丸くなった目と、そのすぐ後にホッと胸を撫で下ろす、要の顔が視界に飛び込んできた。

「な…」
「具合はどうだ? 熱はないようだったけど…、倒れたんだから、まだ寝てた方がいい。」
「なんで、ここに…」

「?」

『なんでここに』というより『なんでこんな時間に』だ。現在、時刻23時47分。当然のことながら、もうとっくに帰ったものと思っていた。
柚那の質問の意が解らず、首を傾げた要が、ふと時計に目をやり、あ、と声を上げた。

「わ、悪い。もうこんなじかんだったんだな。終わってすぐに戻ってきたんだが、時計くらい見るんだった。」

申し訳なさそうに頭を抱える要に、今度は柚那の頭に?が浮かぶ。
戻ってきた、というのは…

「本当に悪い。これ置いたらすぐ帰るから。」

要のポケットから一枚の封筒が取り出される。自分に向けて差し出されたそれを、よく分からないまま恐る恐る受け取った。

「じゃあ、確かに渡したからな。」
「え、あ…」

すぐさま踵を返し部屋を出て行く要を見て、柚那は慌てて封筒を開ける。中を覗くと、そこには数枚の紙幣と硬貨が。

「! 七瀬君、これ」

いない。

「ちょっ…と、待って下さい。」
「うわ! な、なんだ神崎…」

玄関で靴を履こうとした時、唐突に肩口を掴まれ後ろにぐいっと引かれた。何事かと思う。

「このお金、何なんですか。」
「何って……バイト代?」
「まさかとは思いますが、私のバイトに?」
「……。」

他に誰がいようか。
気まずそうに視線を逸らし、どうにかこの場をやり過ごそうと考えていた要は、射るような視線を痛い程に感じ、う、と言葉を詰まらせた。

「いやその、これはなりゆきで…。そこのカレンダーにバイト先の住所とか電話番号書き込んであったし、神崎が今日行けないことだけでも電話しようと思ったら向こうがずっと通話中で、…そんなに離れてないから、直接伝えに行ったら、なんやかんやあっていつの間にか……」

なんやかんやとは一体何だ。

「わ、分かってる。また『迷惑です』とか『お節介です』とか『七瀬君には関係ありません』とか言うんだろ? でも、向こうも人手が足りなくて困ってるって言ってたし…」
「断ればよかったじゃないですか。」
「ぅ、…そうはいってもなぁ…」


本当に、呆れてしまう程のお人好し。


−−ああ、そうか。
その時、困ったように目を伏せるその顔を見て、柚那は漸く分かった気がした。

「…七瀬君。」
「な、なんだ。」

強張ったような声が返ってくる。
文句を言われることを覚悟し、気を張っている様が、なんだかひどくおかしかった。

 



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