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「先程は弟たちが失礼しました。」
「いや、こちらこそ急に押し掛けてしまって。」

本当はまだ胃も背中も痛い。(鼻血は止まったけど。)

「コイツがあやしいのがわりいんだよ。」
「そうだそうだ、大体お前、何しに来たんだよ!」
「だから、さっきから何度も言ってるだろ。お前たちの姉さんが持ってる書類が必要だから、貰いに来ただけだって。」
「そんなこと言って、本当はゆな姉のストーカーなんじゃねぇの?」
「スッ…!?」
「ゆな姉は渡さねぇぞ、ヘンタイ。」

こ、このクソガキどもも神崎の弟…なんだよな? 全然似てないが。
というか、随分兄弟が多いな。妹さんに抱かれている1、2歳くらいの子供も含めて、5人兄弟ってところか。


「姉は今出ていて、帰りは遅くなると思うんですけど。」
「…バイトか?」
「多分。まだ出て行ったばかりだと思いますが。」

入れ違いになったか。

「ありさ姉、ゆな姉ならよっちゃんのとこ行ったよ。」
「“よっちゃん”?」
「ああ、お世話になってるおばさんのことです。お店やってるので、今日はそちらの手伝いに行ったんでしょう。」
「…お姉さん、一体いくつバイトしてるんだ?」

俺がそう問うと、神崎妹は少し考え肩を竦め言った。

「5つ…くらいだと思います。」
「! 5つ!?」

「姉はそういうことを話してくれませんが、知ってるだけでもそれくらいはあります。
…やっぱり、“一人で”私たち家族全員を養うのは大変みたいで。」




「………え、」












−−…。



『うち、親いないから…本来なら、まだ自立できない私たちは施設にでも預けられるんでしょうけど、お姉ちゃんがそれはダメだって…。』

「……」

『お姉ちゃん、無理して身体壊さないといいんですけど。』



淡々とした語り口は、やはり姉譲りか…。
あまりにあっさりと言われた言葉は現実味の欠片もなくて、


『小遣いなんて、親から貰う微々たるもので充分なんですから…』
「……っ、」

数時間前の自分を無性にぶん殴ってやりたくて、俺は無意識のうちに、神崎の妹から貰ったメモを握り潰していた。






………ここって、

メモの地図が記す通りに行くと、神崎家からそう遠くない場所に、先程話に聞いていた“よっちゃん”がやっている店という所に着いた。

『よっちゃんって、看板にも書いてあるから、きっとすぐ分かると思いますよ?』


…確かに、書いてある、“が”

俺は紫地に黒で書かれている、『“スナック”よっちゃん』の看板を見て、唖然とした。こんな店に神崎が?
と、その時、裏から回ったことが功を奏したのか、裏口の戸がガチャリと音を立てて開かれた。


「神崎!」
「!」

出てきたのは神崎だった。
突然名前を呼ばれたことに驚いたのか、それとも呼んだのが俺だったから驚いたのか。こちらを振り返り、ハッと息を呑むのが分かる。

「…七瀬君? どうして、ここに…」
「妹さんから聞いたんだ。」
「!」
「それより神崎、これは何だ。…いくら兄弟のためとはいえ、未成年が、ましてや学生が、こんな店でバイトしていいと思ってるのか。」

「……。」

「神崎?」

そこまで言った時、俺は神崎の表情が徐々に強張ってゆくのが分かった。



「……私の家に…行ったんですか?」
「…ぁ、」
「どうしてそんな、」
「ち、違う。俺はただ、会長に言われて神崎が提出し忘れた書類を貰いに行っただけで…」
「……。」
「そしたら、妹さんや弟さんに会って、その、少し話を…」

本当のことを言っているのに、何で弁解じみた言葉になっているのだろう。
それを聞くと神崎は、暫しの沈黙の後、踵を返し、再び店の中へと入っていく。が、それも束の間のことで、すぐに戻ってきた神崎の手には、俺が貰いに来た筈の書類があった。

「うっかり、してました。…すいません。」
「いや、ミスは誰にでもある。気にすることはな」
「用が済んだら、早く帰って頂けませんか?」

「……そういうわけにいくか。」


生徒会、これはどちらかといえば執行部の仕事だが、その中の一つに、『本校生徒のバイト取締り』がある。
基本的に奏梗は生徒のバイトを禁止していないが、そのために学生としてよからぬバイトをする者がいないか、見回る必要がある。その“よからぬバイト”の代表というのが、風俗店や一部の娯楽施設。無論、アルコールを扱う店も同様だ。

「お前も生徒会役員である以上、それくらいは解るだろう。」
「私がここでしているのは、食器洗いや会計など裏方の仕事です。接客はしていませんし、何の問題も無いはずですが。」
「そういう問題じゃないだろう。大体神崎、二日も続けて休んで…」
「……。」

提出すべき書類も忘れて。
今までそんなことはなかったのに。

「…そんなに働かなきゃならないほど、困窮しているのか?」
「七瀬君には関係ないでしょう。さっきから何なんですか。私は仕事に戻りたいんです。」
「だからこの店で働くのは…」

「それとも、この店で得る筈の収入を、七瀬君が払ってくれるとでも言うんですか?」
「! そ、れは…」



あの兄弟たちにとって、神崎がやる一つのバイトの収入が、どれほど家計を支えているかなんて、
俺には、分からない。

「…一つ、言っておきます。」
「……?」

何の言葉も返せなくなった俺に、神崎は更に重い一言を俺に告げた。


「私が生徒会に入ったのは、役員となることにより奨学金が帳消しになるという話を聞いたからです。」

「……!」

「だから生徒会自体に特別な思い入れはありませんし、役員だからといってバイトを辞める義理もありません。」

生徒会も、私にとっては仕事でしかありませんから。
と、そう続ける神崎の目は、とても冷めた深い色をしていて…彼女が、自分以外を決して頼ろうとしていないのが、痛いほどに分かった。

「け、けどそれならそれで話してくれれば、…何か、力になれることだって、」
「…七瀬君、お願いですから…」


俺はつくづく、人の気持ちを汲み取れない奴だと思う。

「一時の同情や関心で、これ以上私たちに関わらないでください。







…迷惑なんです−−。」






 
 


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