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「…生徒会ってのは、随分暇なんだな。」
だが、生徒会長なんてものが直々に来るようでは、自分も相当危ないかもしれない。
そんなことを思いつつ、薫が皮肉じみた言葉を投げたかければ、零夜は苦笑し肩を竦めた。
「だからそう睨まないで下さいって。…君には分からないと思いますが、僕は君に、感謝すらしてるんですよ。」
「? 俺はアンタに会うのも初めてだぞ。」
「紗嗚のことですよ。」
「…!」
予想外の言葉に、薫はハッと目を瞠る。
「君の事を一任してからというもの、紗嗚の遅刻は明らかに減っていますし、徐々にではありますが日本語も上達しているように見受けられます。」
「それは、アイツがアンタに頼まれたからそうなっただけで、俺は…関係ない。」
「そうでしょうか?」
一体何がおかしいのか。クスクスと微笑する零夜は、それを訝る薫へと、静かに歩み寄る。
「紗嗚のこと、よろしくお願いしますね。」
「…。」
「紗嗚は、君を気に入っているようですから。」
すれ違い様、独り言のように囁かれた言葉。
最後にニッコリと笑みを浮かべ、零夜はそのまま路地の外へと歩を進めた。
暫しその場に立ち尽くしていた薫が、ハッとし振り返った時には既にその姿はなく…
「…なんだってんだ、一体。」
無造作に髪を掻きあげ、背中に感じる薄ら寒さを払拭するように、クシャクシャになったタバコをくわえ火をつける。
破けた巻紙から葉が零れ、口の中に苦味とも何ともいえない味が広がった。
“………………マズ”
−−…。
「……で、」
二日後。
「どこだよ、ここ。」
「……」
いつも通り数時間遅れで登校してくると、授業は丁度休み時間に入っていた。自分のクラスに入れば、黒板に走り書きされた「移動教室」の文字。
『チッ、第3実験室なんて知るわけねーだろ。』
休み時間はあと五分あるものの、既に教室内はもぬけのもぬけの殻。
−−サボるか。
人一人いない教室で、少なくとも一時間は惰眠を貪れる筈だ。
普通なら決して芳しくない状況に、むしろ幾らかモチベーションが上がった薫は、そのまま席に着こうと椅子を引いた。
が、『!?』
『クンクン、授業に、出る』
『なッ、…んてとこにいんだ! テメェは!!』
自分の席の下に身を潜めていた謝嗚につかまり、半ば強引に授業を受けさせられるはめになったのだ。
そして−−
「お前分かるっつったじゃねーか。」
「…言ってない」
「ぜってー言った。」
「“たぶん”、て言った」
「……。」
『徐々にではありますが、日本語も上達して…』
“確かに、減らず口だけは上達してるようだな”
初めのうちは人形のようだと思っていたその顔も、(不本意ながら)連れ立って歩くようになり、微かだが喜怒哀楽が読みとれるようになった。こうやって言い合いをすれば、どことなくムッとした表情を見せるし、慕っていると思われる生徒会長の話をするときは、やはりどこか楽しそうだ。
“…? アイツ、どこに…”
気がつくと、横にいた筈の謝嗚の姿が見えなくなっていた。ハッとして辺りを見回す。
というか本当にここは学校なのだろうか。横手に広がるだだっ広い田畑を眺めながら、薫は呆然とそんなことを思う。
チチチチチッ…
“ん?”
なにやら囀る鳥の声に、何事かと目を向ければ、数十羽の鳥に囲まれ立っている謝嗚の姿を見つけた。
逃げることもなく、むしろ彼に寄ってゆく鳥たち。薫が近づくと、鳥たちは一斉にバサバサとその場を飛び立ってしまった。
「おい、何してんだよ。」
「……道、…きいてた」
小さく息を吐き、謝嗚はゆっくりと目を開ける。
「…こっち」
そう言うと、二人には既に分からなくなっていた道を辿り、紗嗚の足は確かに校舎の方へと歩き出していた。
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