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「…あ? またテメーかよ。」

校舎の影に隠れるように煙を漂わせ、彼の姿はあった。


「ンミィ〜…」


茂みから聞こえる鳴き声。
どうやら猫がいるらしい。

薫が足元で煙草を消すのと同時に、猫はガサッと音を立てそこから出てくる。

「お前…メシならさっきやっただろ。これは俺のだ。」

尾を振って近づいてくる猫から、薫は膝の上に置いていたパンを取られまいと遠ざける。
それを追いかけるように、猫は入れ違いに膝に飛び乗り、パンに手を伸ばした。

「……ったく、しょーがねーな。」

今日の分はやったのに、余程腹が空いているとみえる。薫は手にしていた総菜パンから、味のついていない箇所を幾らか摘み、猫へと差し出した。

ガツガツとそれを頬張る猫を見ながら、薫もパンを口にする。


「……。」

空が青い。
ぼんやりと天を仰ぎ見ながら、パンを食べ終え身を寄せてくる猫の背を、そっと撫でた時だった。


「………見つけた」

「!」


ハッと我に返る。驚くのと同時に、勝手に身体が動いた。跳ね起きるように上体を立て直せば、足元で喉を鳴らしていた猫も、慌てて逃げ出した。

「フシャーッ!!」
「……。」

先程まで懐いていた猫に牙を剥かれ、薫は僅かに眉を顰める。

“何だ? このガキ…”

自分の休息を邪魔され、どんな奴かと面を上げたが、そのあまりの身長差に、彼は拍子抜けする。
てっきり“また”他校の連中が昼間から喧嘩を売りにきたと思ったのだが…。

「誰だ、テメェ。」
「………紗嗚」



それが、


「李…紗嗚」


同じクラスである筈の2人が、初めて言葉を交わした瞬間だった。













−−…。


スタ、スタ、スタ…

テク、テク、テク…


「……。」
「………」


タッ、タッ、タッ…

テクテクテクテク…


「〜〜っ、ついてくんなって、」
「……」
「言ってんだろ!!」



3日。
2人が初めて言葉を交わしたあの日から、紗嗚は片時も離れず薫が学校にいる間傍にいた。

「无理」
「あ? ワケわかんねーこと言ってんじゃねーぞ。」
「……」
「目障りなんだよ、失せろ。」
シッシッと虫を払うように手を振る薫を、紗嗚はジッと見上げる。


「不准…零哥、ぼく、頼んだ…薫々、逃学不准」
「ハァ?」

「……じゅぎょー…出る」


クイッと彼の裾を掴み、紗嗚は力弱く引っ張る。
それを冷たく振り払いながら、薫は紗嗚に向け、鋭く睨みをきかせた。

「…チッ、」

だが、どう見ても子供にしか見えない紗嗚を相手に、威圧しても仕様がない。
尚も後についてくる紗嗚に苛立ちを感じつつも、薫は無視することを選択した。





筈だったのだが…

「吃食不好」
「は!?」
「…面包……あげるの、よくない」
「???」

珍妙な人間を無視するのが、これほど難しいとは…。
風戸薫は16年間生きてきて初めて、それを痛感していた。

“クソ、またワケわかんねーこと言いやがって…、何なんだよコイツ、…つか何語だ? コレ…”

「? ……それ、」
「あ?」

薫が疑問符を浮かべているのを見て、紗嗚まで首を傾げる。指さした先に目を向ければ、自分が与えたパンを食べる、いつもの猫がいた。


「何だよ?」

「あげる、よくない」

「はぁ? テメェ、ノラにはエサあげんなってのかよ。」
「……。」


僅かながら、言葉に怒気が含まれる。紗嗚は黙って首を横に振り、猫が食べ終える前のパンを一欠片つまみ上げた。

「…これ…あげる、の、よくない」
「パン?」

コクコク、

「しょー、か? よくない…あげすぎ…だめ」
「……。」

薫の目が、驚いたように見開かれた。

「そう、なのか? …ワリ、知らなくて。」


不良とは思えぬ、素直すぎる反応である。尤も、それは教えてくれた紗嗚に対するものではなく、その事を知らずに与えてしまっていた、猫へのものだったわけだが。

「…………やさしい」
「…! おい、誰が…」

無意識のうちにそんなことを呟いていた。薫が珍しく狼狽し、心なしか顔が赤くなっている気がする。

……照れている?


「薫々」

「は? ちょっと待て、そういやさっきも言ってたが、“クンクン”って何だ。」

さっきの廊下でも、その言葉は聞きとれた。紗嗚が指を一本立て、薫に向かい指し示す。

“……俺?”

「薫々」(※以下:クンクン)
「変な呼び方してんじゃねーよ!」
「クンクン、…やさしい」
「! 優しくねぇ!」




その日は、全授業終了の鐘が鳴るまで、何をするでもなくそこで時間を潰した。
授業に出ようという紗嗚の言葉を、薫が聞き入れることはなかったが…











“同(やっぱり)…他很温柔(彼は優しい)”

生徒会活動の最中、紗嗚は、帰った筈の薫が、再びあの校舎裏に現れたのを見ていた。
その手に握られているネコ缶と、それを美味しそうに食す猫。


二階のこの部屋で、紗嗚がこの光景を見るのは、初めてではない。
結構前に、教室にすら来ない時でも、薫は学校が終わった夕方、こうやって猫にエサをやりに来ていたから…。
紗嗚ですら、顔を覚えてしまう。


「どうですか? 紗嗚。最近の彼は。」
「仍然(まだ)……再…一点(もう少し)」
「そうですか。紗嗚も、熱心なのは結構ですが、早く授業に戻れるよう、頑張って下さいね。」
“今のところ先生方へ話は通してありますが…”
「……」

階下の様子を見下ろしたまま、紗嗚は深く頷いた。

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