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「ハァ、……ハァ、……」
拳を握り締め、肩で息をする零夜。
そこにいた全員が、一瞬何が起きたのか解らずにいた。
あの紗嗚までもが、目を見開いている。
…廊下までぶっ飛んでいった斑葉の身体。
壁にめり込むようなかたちのソレを見て、漸く要は、恐る恐る零夜へと声をかけた。
「……あ、あの……かい、ちょう…?」
「!!」
するとその呼びかけに、零夜の体がビクッと揺れ、
再び暫しの沈黙が流れた…。
「……ぁ、あはははは、…へ、変ですねぇ? 突然どうしたんでしょうか? 慌てて廊下に出て行かれたように見えましたが…。」
そう言って、先程まで握っていた拳をヒラヒラと振って笑う零夜に、要達は全員、薄ら寒いものを感じるのだった…。
「……それで、…どうするんですか? …この男…。」
「ぁ、」
…−−。
…次の日。
「ハァ〜〜〜〜〜…」
朝の教室。
零夜は、未だ取れない疲れに特大の溜め息を吐いていた。
「昨日は大変だったみたいだね、零夜。」
「…もう知ってるんですね。」
声をかけてきた伊織に、零夜は苦笑した。
「まぁね。けど、そんなに凄かったのかい? 僕の情報だと、『如月 斑葉』という人物はかなりクールで知的な性格だったと思ったけど…。」
「……。」
一体彼の情報網はどこまで広がっているのだろう。
そんなことを思っているうちに、HR開始のチャイムが鳴り響き、担任教師が教室に入ってきた。
「さぁみんな! 今日も一日、頑張ろぉ〜!!」
とても教師とは思えない、幼児体k、…ゴホン、小柄な体型で、いつものようにはしゃぎながらHRを開始するのは、2年3組の担任、『小熊 林檎』。
零夜も気を取り直して、視線を前に向ける。しかし…
……ゾクッ、
「…?」
ふと零夜は、背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。
“…何でしょう?”
自分でも分からない悪寒。
風邪でもひいたんだろうか、などと考えていると、教卓で出欠をとっていた林檎が、
「アァーー!!」
と、叫び声を上げた。
「?」
「そーだ、そーだ! 今日は転校生がいるんだった!」
「!」
“転校生? そんな連絡は入っていませんが…、それ以前に、こんな中途半端な時期に転校生?”
戸惑う零夜をよそに、教室の生徒たちの盛り上がりよう。どうして学生とはこんなにも『転校生』に弱いのか。
「もう入っていいよぉー!」
…ガラッ、
林檎の言葉を合図に、静かにドアが開けられる。そして、転校生と思しき生徒が、スタスタと教室に入ってきた。
「……!?」
その転校生の顔を目にし、零夜は瞠目する。
横で伊織が「お〜!」などと呑気な声を上げ、周囲からは女子達の黄色い声が上がっていた。
「え……と、お隣の律桜学園から来た、……にょ、にょげつ……『にょげつまだらは』君!」
「…きさらぎ、ふようです。」
「え、…あ! きさらぎ ふよー君だって! みんな、仲良くしてあげるんだよ〜!」
「……。」
「な、な…」
わなわなと震える零夜。
すると、教室をぐるりと見渡していた斑葉が、こちらに目を向けパアッと目を輝かせた。
「九条!」
「!?」
大声で名指しされ、零夜は隠れるように身を縮める。
が、斑葉はまたしても目にも留まらぬ速さで零夜に近づき、ガッ!と強く手を包み込んできた。
「俺も今日からここに通うことにしたんだ。これで毎日お前に会えるし、愛を囁くことが出来る。…あ、俺のことは『如月さん』なんて他人行儀な呼び方じゃなく、是非とも『斑葉』って呼んでほしい。」
「…。」
矢継ぎ早に言う斑葉。
ハッとして零夜が辺りを見回せば、いつの間にか教室は静まり返り、痛いほどの注目を受けていた。
「!」
「ここの理事長に頼み込んでこのクラスにしてもらったんだ。席もお前のすぐ近くだし、…これからずっと一緒だからな、九条♪」
「…………。」
「なぁ、九条。あとで校内の案内を…グハッ!!?」
斑葉の言葉が途中で途切れる。
鳩尾への左ストレート…。
他の生徒に気づかれぬようキメた零夜は、倒れ込んだ彼を床に捨て、もとい置き、周りに爽やかな笑顔を向けた。
「ああ、転校の緊張で貧血を起こしてしまったようです。…すいませんが、ごみす…保健室に連れて行ってもよろしいでしょうか?」
「……う、うん、…いってらっしゃい。早く、戻ってくるんだよ…?」
“い、今一瞬『ゴミ捨て場』って言おうとしてるように聞こえたけど、…気のせいだよね? うん、気のせい気のせい…”
引き攣った笑みを浮かべながら見送る林檎を背に、零夜は黒い笑顔をはりつけ、彼を何処へともなく引きずって行くのだった…。